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38.考えた結果



(絶対に人を呼んだほうがいい……! 絶対に呼んだほうがいいのに……っ!)


私は、ジェイドに腕を掴まれながら――現在、迷いまくっていた。


目の前に体調不良の人がいたら保健室に運ぶ、救急車を呼ぶ……そんな行動をするべきだと、前世で学んでいる。


それなのに、いつもは冷たく近寄りがたいオーラを放っているジェイドが――「頼む」と言って、私に願っている。


ジェイドの立場ゆえに、本当に彼が求めていないことをしていいのか……という迷いがあるのだ。


(どう見ても体調は悪そうだし、安静にした方がいいのに……)


叶うことなら、医者を呼んだほうが絶対にいい。


けれど、当の本人であるジェイドが嫌がっていて――加えて意識がハッキリとある。


呼吸は荒いままだが……こうも、きちんと意思表示をしている人の願いを無視するのは気が引ける。


(しかも相手は国王――私が彼の思いを無視して、行動をした結果――最悪は処刑……?)


ジェイドの容体悪化という嫌な想像から、自分が投獄される嫌な想像が頭の中をかすめる。


(そもそも、ジェイドが病気を患ってる様子なんて……元の物語に書いてなかった……)


しかし彼が先ほど言った「時間が経てば、治る」という発言から、ジェイドは何度かこうした症状を経験しているということだ。


良く読んでいた小説を思い出しながらも――。


(でも結局、ジェイドが何も言わなかったから分からなかったわけで――本当は、こうだったっていうこと?)


先ほど彼は、私に言い淀んでいる様子だったこともあり……少しだけパズルのピースがはまっていったようにも思う。


しかし問題は今だ。


(そろそろ――ジェイドが言っていた……上皇后様も宮から出たんじゃない? もう呼んでもいいんじゃない?)


もたもたと待っている時間が怖いのもあって、次なる手段に出るべく考えていれば。


「……レイラ」

「! は、はい……」

「……大丈夫だから、人は呼ばないで、くれ……」

「でも、息が苦しそうですし――そろそろ時間も経ったので、今からでも……」


ジェイドは先ほどよりかは、いくぶん――顔色が少し……ほんの少し良くなったようにも見えた。


けれど上皇后様の異常な回復力を見た私からすると、そんな彼女と比べると全然な状態だ。


「私だけでは、陛下の状態は良くなりませんから……だから――」


問答無用に人を呼ぶにしては、意識がありすぎる彼に対して――どうにか説得しようと試みれば。


ジェイドは私の目を真っすぐに見つめて。


「お前がいれば、治る」

「だから人を……え?」


彼が言ったことに理解が追い付いていない中。


ジェイドは続けて――掴んでいる私の腕から、手の方へ場所を変えて……。

そのまま彼は。自身の方へ、グイッと引き寄せる。


「え、ちょ……」

「……お前が、撫でてくれるのなら――治る」


彼はあろうことか――私の手を、自身の頬へと導き……ピトッとくっつけたのだ。


「っ……!?」

「もし俺のためにと思って――人を呼ぼうとするのなら……それよりも」

「……!」

「お前に撫でられて、いたい」


彼の逞しい手のひらと、彼の頬に、私の手は挟まれる。

体調が悪い彼は、私よりも体温が低いためなのか――だいぶひんやりとしていて。


(ど……え? どういうこと――!)


自分の手がゆたんぽのように、扱われていることだけは分かったが……それ以上は全く頭が働かない。


まさに思考停止状態だった。


そんな私におかまいなく、ジェイドは私の手の温度が良いのか――先ほどの頭を撫でてきた時と同様に。


すりすり、と頬ずりをしてきた。

そして私の頭はパニック状態になる。


(何を言っているのこの人は……!? 体調悪い中、触れば治る……!? もしかして、ジェイドはそういう性癖の持ち主だった……!?)


目の前のジェイドに対して、心配していた気持ちから――疑いの気持ちが増えていく。


あの上皇后様の件もしかり、私が知っていた物語で知らなかった……「ジェイドが実は変態だった説」が浮上していく。


ギョッとした気持ちで、まじまじと見つめていれば。


彼は至って真剣に、それが正解というばかりの態度だった。

まだ呼吸が整いきらないのか、眉間に皺を寄せながら自身の頬に私の手を押し当てている。


そんな彼を見ると――変態説は違うのではないかと……そう思った。


(突然のことすぎて、ジェイドを疑ってしまったけれど……彼は冗談でこんなことはしないだろうし……)


パニックだった自分の脳が、段々と冷静さを取り戻していく。

そして数分ほど時間が経ったのち。


まだ彼の手は、幾分か冷たい状態だったのだが。


ジェイドはゆっくりと、私の手を放して――。


「もう、大丈夫だ」


そう声をかけてきた。


ゆっくりと放された手を、私は自分の方へ引き戻してから……そう言った彼の様子を見る。


彼の言葉に偽りはなく、確かに先ほどよりも顔色に体温が戻っているように感じた。


(本当に私の手で、症状が緩和したの……?)


半信半疑で自分の手を見つめるも、よくわからない。


「治ったようなら……良かったですわ」

「ああ、助かった――感謝する」

「っ! あ、いえ、お力になれたのなら……それで……」


ジェイドから感謝の言葉を貰えるなんて、思ってなかった私はビックリしてしまうものの。


彼の様子をあらためて、見る。

息切れはなくなったように思うが、どう見ても先ほどの様子は普通ではなかった。


私とジェイドが話し合っていると、庭園の茂みから――子犬が草花をかき分けて現れた。


子犬はしょんぼりとしながら、ジェイドの方へすり寄って……足元にお座りをしていた。


「くぅん……」

「――大丈夫だ」


妖精の言葉は分からないので、あくまで想像に過ぎないのだが――。

きっと子犬はジェイドのことを心配しているのではないのかと思った。


「――陛下、確かに今は症状が良くなったように思うのですが……お医者様に診てもらったほうが良くありませんか? 別に今じゃなくとも、この庭園から帰ったあとでも」

「……医者には、すでに診てもらったことがある。だが、原因不明で、対処のしようがなかった」

「え……」


ジェイドの言葉を聞いて、私は思わず驚きの声が漏れてしまった。


医者に診せたが治らなかったという事実に、返す言葉が見つからない。


(もしかして、彼は――不治の病を患っているの?)


上皇后様もしかり、ジェイドもしかり……この世界では、原因不明の病でもあるのだろうか。


ファンタジーな妖精が出てくる世界なのだから、前世の現代社会とは――医療で治せる分野も違うのかもしれない。


(でも、それを聞くと余計に……私の手で撫でるだけで良かったのかしら……)


ジェイドの方に視線を向ければ、彼は――確かにいつも通りの彼に戻りつつあるのだが。


思い出すのは、私の手を放す前に……まだ冷えていた彼の手や頬のことだ。


国のトップに君臨する彼のことだから、沽券にかかわることをずっとはしていられないのかもしれない――ゆえに、強がって私の手をすぐに放したのだろうか。


ジェイドという人物は小説内でも謎に包まれ過ぎたキャラだった。

いったい何を考えているのか、分からないところが多い――しかし。


子犬の様子を見ると――未だに心配の瞳で、ジェイドを見つめている。


(そうよね、きっとまだ――元気になったというわけでないものね)


そんな私の視線を受けてなのか、ジェイドはおもむろに口を開き。


「――お前を縛りすぎたな。ノエルと専属騎士が、訓練場で待っていることだろう、今日は仕舞にして……お前を、安全に騎士たちに送らせよう」

「……」

「突然、母上が来て――お前に心労をかけさせて……すまなかったな」


ジェイドにこうした言葉をかけられて、いつの間にか庭園の日差しは昼から夕方へと変わりつつあることに気が付く。


訓練場で待ってくれているノエルとセインのことを考えると、二人に会いたい気持ちが生まれる。


しかし一方で、私の中で、もやもやとした気持ちが生まれていた。

もちろん、彼と結局のところ話がうまくできなかったという現状にも思うところはあるのだが。


(それよりも、ここで帰ってしまうことに……釈然としないというか……)


彼には常日頃、冷たくされていたイメージもあって……何かを話すのも、するのも少し億劫な気持ちがある。


けれど――最近、彼がしていたことを思い出すと……。


(審問会では、子犬ちゃんと共に――私の無実を証明してくれた。今日だって、上皇后様に……私の無実を伝えてくれてもいたわ。それに今後はノエルと向き合うことだって、少しずつ尽力してくれるって……)


まだ彼には秘密が多いし、話してくれない壁だってある。

でも、このまま帰ってしまって本当にいいのだろうか。


「――陛下、私の手で……本当に、体調不良がよくなったと思っていいですか?」

「? あ、ああ……そうだが――それよりも、帰りの……」


彼が言い切る前に私は、言葉を紡いだ。


「今から、私に……」

「――なんだ?」


すると彼は私の言葉を聞き、疑問を浮かべてこちらを見る。

そんなジェイドの目をしっかりと見つめながら、私は――。


頭の中に彼がしてくれたこと――そして、子犬の悲しそうな表情を思い出した私は。


ぐっと自分の手に力を入れて……意を決して。


「今から私に、陛下の背中を……撫でさせてください!」


彼と視線を交わしながら、私はハッキリと……そう、言った。




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