37.分からないこと
突然のうめき声に、私は椅子から立ち上がって、上皇后様の方へ駆け寄り……。
「上皇后様……? 大丈夫ですか?」
「……っ。触らないでちょうだい」
自分を嫌う人とは言えど、体調が悪い人を放っておくのはよくない。
そう思って、上皇后様へ近づいたのだが――本人から、触るなと言われてしまったので距離を取った。
「いったい、何が……もしかして、ジェイドが……? まさか……」
どうやら気が動転しているようで、上皇后様はブツブツと呟いている。
(つい言葉にしちゃうところは、母と子で……陛下と似ているわね。というか、身体は本当に大丈夫かしら? 誰か人を呼んだほうが……)
私はあくまでOLの知識しかなく、医療はからっきしだ。
しかも上皇后様は、近い未来に死期が迫っていると知っていることも相まって――いったいどこが悪いのか、慎重に診てもらった方がいいようにも……。
やっぱり専門の人を呼ぶべきだと思った私は、ジェイドが下がらせた執事や侍女を呼ぼうとした――その時。
「ふっ、いいわ。息子が反抗すると言うのなら――私は容赦をしないわ」
(え? 上皇后様の顔色が元に戻った……? すぐに元気になったの?)
オロオロとしていた私をよそに、上皇后様は呼吸を整えたと思ったら……すぐに姿勢を直してそう言い放った。
自分の見間違いかと思って、上皇后様の方を向きながら。
「あの……体調はもう大丈夫なのですか?」
「……心配をしてくださって、どうもありがとう。あなたの言う通り、気分が悪いから……私は自分の宮に戻らせてもらうわ」
「そ、そうですか……その念のため人をお呼びしましょうか?」
「――結構よ、私の近くにいるので」
「!」
上皇后様がそう言って、背後に視線をやった方向に……私も目を向ければ、確かに侍女がいた。
はじめ庭園に上皇后様が現れた時は気づかなかったが、ずっと背後に控えていたのだろうか。
(でも、上皇后様が呻いた時に――駆け寄りもしないなんて……それが普通、なのかしら……?)
侍女の態度もそうだが、彼女の容態は結局のところ――よくわからないままだ。
しかし本人がもう帰ると言っており、彼女の意向を邪魔すると……立場上、良くないことが起こりそうだと思い、身を引けば――。
上皇后様は、ジェイドに背を向けて庭園から去っていく間際に、私の耳元に近寄って。
「王妃よ」
「は、はい……?」
「あなたがノエルを生んだ功績は感謝するけれど……それ以上のでしゃばりは、よくないわ。この意味が分かるかしら」
「!」
ほの暗い声で言われた忠告に、ハッとなって上皇后様の方へ顔を向けようとするも――すでに彼女は、スタスタと庭園の出口へ行ってしまった。
(……怖い脅し文句ね)
彼女こそ、王宮を牛耳っている権力者なのだと――今日のこの出会いで、よーく分かった。
やっかいすぎる権力者の登場に、頭が痛くなりそうな時……背後から声がかかる。
「母上は、行ったか?」
「あ! ええ、行きましたわ……! それよりも、陛下……上皇后様の側に行かなくて良かったのですか?」
ジェイドに声をかけられて、先ほど――侍女もそうだが、ジェイドも上皇后様の側には行かなかった。
確かに険悪な雰囲気ではあったが、そこまで根深く確執……また事情があるのかと、彼の方に視線をやって聞こうとすれば。
私は目を見開く――だって。
「へ、陛下! どうしたのですか!?」
私の目に映ったジェイドは、額から汗をかいており……椅子に座りながら、ぐったりとしていたのだ。
慌てて彼の方へ駆け寄って、声をかける。
「陛下っ! 顔もこんなに青くなって……人をすぐに呼びますので……!」
「……っ待て!」
「え?」
「人を、呼ぶな……」
「で、でも……どう見ても……」
「まだ母上が、宮から出て行っていない」
「は、はい……?」
(何? 上皇后様に知られたくないからってこと……? でも、今の状況が命に関わる可能性だって……)
ジェイドの眼光は鋭いものの、唇が青くなっている様子を見て――私は迷ってしまう。
確かに上皇后様は、突然体調不良になって、突然元気に戻った。
だからジェイドも、遺伝の力で突然元気になるのかもしれない。
(けど、あれは――本当にすぐに元気になったから、呼べなかっただけで……)
今のジェイドの様子を見ると、とてもじゃないが良くなる様子はない。
彼の言う通りに、誰も人を呼ばないまま……もし彼の容態が悪化したら。
そんな悪い予感が脳裏をよぎり、近場にいる使用人や執事を探しに行こうとした矢先。
――ギュッ。
「!?」
「……行くな」
歩き出そうした私の腕を、ジェイドがぎゅっと掴んだ。
そんな力を使うことですら、余計に体調が悪くなってしまいそうなのに。
「……頼むから、人を呼ばないでくれ。本当に、少し時間が経てば……治るから」
「……っ」
切羽詰まったジェイドが、こいねがうように――下からじっと見つめてきた。
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