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36.払うと



私に見つめられたジェイドは、目を見開いた。


「……っ」


そして何かを口に出そうとしながらも、上手く言葉が出ないようで……。


彼自身、葛藤しているような気がした。

そんな彼を急がせずに――彼が言えるのを待っていれば。


「!」

「あれ? 子犬ちゃん……?」


私の膝上で、ゆっくりと眠っていたジェイドの妖精が突然ピクッと身体を動かして――私の膝上からパッと離れた。


未だ、狼と言われても――姿形が可愛い子犬のため、私は「子犬ちゃん」と呼び続けていた。


そんな子犬ちゃんの急な動きに私が驚いていれば。

ジェイドがハッとしたように、私の背後に視線をやった。


いったい何かと、私も視線を向かわせれば。


「あら、あら……庭園でティータイムを過ごしていたの? 夫婦仲が良いのね」

「……母上」

「……!」


ジェイドの言葉に驚きつつも、近づいてくる女性の姿に私は釘付けになっていた。


彼が言った通り、彼の母親――彼とよく似た、金色の髪に青い瞳の……初老の女性が見えた。


(ジェイドの母……上皇后様……?)


大らかで、優しさで包んでくれるような笑みを浮かべながら――こちらへとやって来る彼女に、私は「上皇后」という情報が分かった瞬間、礼儀を尽くさねば……とその場で立ち上がろうとするも。


「突然、私がお邪魔してしまったようでごめんなさいね。堅い礼儀はいいわ」

「あ、ありがとうございます。上皇后様」


上皇后様は、スッと片手をあげて私にそう告げた。

その言葉に甘える形で、少しの挨拶だけで済ませたのだが……。


私の頭は、彼女のことでいっぱいになる。


上皇后様――その存在は物語であまり多くを語られなかったのだ。

どちらかというと、「光を求めて」内では空気のような存在。


ただし、セインを虐めていたマルーとは違って……ユクーシル国では「偉大な存在だった」という記述だけ覚えている。


(そう……物語にあまり登場しないのも……彼女は、もう少しで――亡くなる)


物語では寿命を全うして、老衰にて亡くなったと説明されていた。

彼女の死をきっかけに、ジェイドの政治手腕はより……冷酷さが増すようにもなるのだ。


あくまで舞台設定上の死だとしても、目の前の優し気な人物が亡くなる未来を意識するのは――暗くなってしまう。


(もしかして、ジェイドが冷酷になったのは……愛する母親が亡くなってしまったから、その想いゆえに、なのかしら……?)


多くを語らなかったジェイドの気持ちを理解するべく――上皇后様の方へ、視線を向ければ。


先ほどと同じく、優しい笑みでニコッとほほ笑んでから。


「息子を支えてくれているようで……ありがとう」

「……い、いえ」


そう言葉をかけられて、私は「確かに優しいお母様がいるのだから、亡くなってしまうのは……」とジェイドの気持ちを想像した――その時。


(……あれ? どうして急に、寒く……)


普通に会話をしていただけなのに、突如――自分の身体に寒気のような、怖気が走った。


しかしそれは一瞬のことで、自分の気をしっかり保とうと思い……手にぎゅっと力を入れれば、スッと寒気はなくなった。


(ジェイドの妖精っていうスピリチュアルなものを見たから、今になって身体がビックリしたのかしら?)


そんな風に、考えていれば――。


「……母上、どうしてこちらへ?」

「あら、私がどこへ行こうとも構わないわよね?」

「――ここはすでに、俺の宮です。たとえ、前国王である母上であれど……言伝をくださるのが、礼儀ではありませんか?」

「まぁ……言うようになったのね」


ジェイドと上皇后様との間で、冷ややかな雰囲気が形成されていた。

二人の会話を聞いた私は、目をぱちくりとしてしまう。


(さっきは、ジェイドは母親を失った悲しみゆえに……と思っていたのに、もしかして関係は良くないの?)


会話の節々から、互いに棘があるような物言いだ。


しかもジェイドとともにいるこの宮は、もともと上皇后様のものだということで――つまり、毎回国王の代が代わるごとに、その時の王のものになるようだ。


確かに華やかで荘厳なこの庭園は、間違いなく金が掛かっているし――そもそも、王妃にはない庭園の広さだ。


それほど、この国のトップたるゆえんなのだろうが……。


ジェイドと言葉の応酬をしていた上皇后様は、呼吸を整えてから――彼をしっかり見つめて。


「けれど、相変わらず――力の制御はまだまだのようね?」

「……母上には、関係のない話ですので」

「いいえ、王を経験した私からすると――不安になってしまうもの。妖精こそが力の象徴で、なによりも大事な存在なのに……」


そこまで話した上皇后様は、あっと気づいたように……私の方へ視線を投げかけてきて。


「妖精の加護がない……王妃には退屈な話をしてしまったかしら?」

「え? そんなことは……」

「聞きましたよ? 最近、審問会で――奇妙なヨグドの道具を披露したのだとか。妖精には頼らない、すごい知識があったのね」


上皇后様に言われた言葉から、あのカメラのことだと分かり――褒められていると思った私は、感謝を述べようと思った矢先。


「けれど……妖精を軽んじるような行為ね」

「え?」

「審問会に呼ばれたのなら、妖精の力をもってして発言できないものなど――意見をするに値しないわ」


上皇后様からの言葉を聞いて、私はようやっと彼女の悪意に気が付く。

どうやら、さきほどの言葉の数々は……私を思いやってのことではなく、皮肉や冷笑の類だったようだ。


(物語で見かけなかったとはいえ……上皇后様は、この王宮の権力者で――妖精を重視している象徴そのもののようね)


この国が持つ「妖精こそが大事」という雰囲気は、文化としての定着もあるのだろうが――前代の国王である彼女がこうした思想を持っているのなら……もっと高まったはずだ。


それは他国から嫁いできたレイラが、軽んじられるほどの空気を醸成する一役にもなっているはずで……。


もしかして王宮内に、これほど敵が多い状況というのは――。

一つの嫌な予感が頭をよぎった際に、ジェイドが上皇后様に声をかける。


「母上、審問会に関しましては――レイラだけでなく、俺の妖精の証言もありました。ゆえに、何も問題は無いのです」

「……自分以外の妖精での証言、ねぇ。そもそも、妖精を持たない者は――意見を聞く必要がない……そう私は言っているのよ」

「――その考えには、俺は賛同できません」

「あら、母の言うことが聞けないわけ?」

「……っはい。今の王は――俺ですから」

「だとしても、私は……あの審問会の決定を良しにはできないわ」


場の空気の温度がさらに下がった気がする。

それになんだか、太陽の光に照らされているはずのこの空間も暗くなっているような。


(ん? 暗く……というか、大きいホコリ……?)


ジェイドと上皇后様の話を聞いている私の目の前に、煤のような靄がかかったホコリのような存在が漂っている。


いったいどうして――という疑問よりも早く、汚いし、吸い込みたくないと思った。


前世のようにマスクなんて代物はないし、もれなくこっちにフワフワと広がっているので、自分の方には来てほしくない……そう思った私は、ひとまず手で払うことにした。


だってホコリを吸い込みたくないし、気持ちばかりだが――手で払うことで少しだけ、安心できる気がして。


(……あれ?)


早速、手で払ってみたところ……黒いホコリは、サッと消えたのだ。


どこかに移動するのではなく、私が手で払った瞬間に……そこには何もなかったかのように、パッとなくなった。


(よくわからないけれど、ホコリが身体に付かないのならいいわ――他のも……)


私はジェイドと上皇后様の会話を置いておいて、近くに漂うホコリをシッシッと追い払っていれば。


「――ジェイド……息子と言えども、私の信条によって、あの決定はなしに――っう……っ」

「……え?」


うめき声が聞こえて、私は思わず疑問の声を漏らして……声の方へ視線を向ける。


するとそこには……。


ジェイドに向かって、堂々と反対意見を言っていた上皇后様が――目を閉じ、苦悶の表情を浮かべていたのだ。



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