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03.想い


「え……?」


ノエルが話した言葉を聞き返すように、私は彼を見つめた。するとノエルは悲しさを湛えた瞳で、俯きながらぽつりと言葉を続ける。


「だって、ずっとお母様と仲良くなれますようにって、思っていたことが、今起きて――たとえ夢だとしても覚めてほしくないんです」

「ノエル……」

「気まぐれでも、急な変化でも――こうしてお母様の……そばに居たいんです。ぼく、変なのかな……」


彼の言葉を聞いた私は、ノエルが母親をここまで恋しがっていたことに胸がきゅっと締め付けれられた。彼が求めるレイラは一度たりとも、ノエルに愛を与えることは無く物語は終幕となった。


母親が子どもを無視する――そんなことは現実世界の話であっても、あってはならないことだ。


(ノエルが望んでくれるのなら、私は鬼にも悪魔にでもなれる……それくらい大好きな存在なの)


正直、レイラに転生したことが信じられない気持ちはある。それに最後のあの記憶で、前世の自分の人生が終わってしまったことに対する後悔だってある。


色んな「ありえないこと」だらけの状況だけど――ノエルが目の前で頑張ろうとしている姿を見たら……自分がしたいことが自ずと見えてくる気がした。


(前世では自分の子どもを持つことはできなかったし、母親の経験はないけれど……それでも)


ノエルにとって世知辛いこの物語の世界で、彼の味方になってあげたいと強く思ったのだ。ゆっくりとノエルの方へ身体を向けて、腕を伸ばす。


そして相変わらず夢なのだと、悲し気にしている彼の小さな身体を――私は抱きしめた。するとノエルは、はくはくと声を出し……。


「おかあ、さま?」

「……夢じゃないわ、ノエル」

「ぼ、ぼくの名前……」

「もちろん、覚えているわ。私もずっと夢を見ていたみたいなの――ノエルに優しくしたいのに、できない夢」


私が口にした「夢」――それは前世のことだ。ノエルの一生を物語で読んで、何回彼の側に居れたのなら……と思わずにはいられなかったか。


こうして現実で彼と会えたのだから、前世でできなかった分だけ今を精一杯生きていきたい。


「ようやっと……こうして行動に移せたの。遅くなって、ごめんね」

「っ! お母様……っ!」

「明日はティータイムを一緒に過ごすの。どうかしら?」

「……! 一緒にいたいです……!」


ノエルはおずおずと私の背中へと手を回して、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。そして涙を流しているためなのか、鼻声になっている。


そんな鼻声はノエルだけでなく、気が付けば私も同様な声を漏らしていた。二人してひとしきり、泣きながら温もりを感じるのであった。


◆◇◆


涙が止まり、落ち着いた頃に抱擁を解除してノエルと目を合わせると――最初のよそよそしさは無くなり、どこかすっきりとした様子のノエルがそこにいた。


「まだ信じられない気持ちはあるけれど、お母様と明日――会えるのを楽しみにしてます」

「ええ、必ず明日、ね」

「はい!」


嬉しそうに返事をしてくれたノエルに、忘れないようにと「足が痛んだらすぐにクリームをつけること」を伝えれば――またもや嬉しそうに笑顔になっていた。


クリームの話は執事にもよく言って聞かせれば、執事までも「こ、ここは夢の中ですか?」と気が動転している様子だった。


(どんだけ冷たかったのよ、レイラ……)


執事の様子になんともいえない気持ちを抱きながらも、不正を働いた使用人たちの代わりに執事にノエルの世話を任せ――ノエルとは明日会う約束をして、ノエルの部屋を出て自分の部屋へ戻ると、来客を告げるノックが響いた。


声を聞くに使用人たちの罪を調べるようにと命じた騎士だったようなので入室を促す。


「失礼いたします。王妃様」

「……」

「先ほど命じてくださいました件につきまして、正式に調査をさせていただきましたところ……おっしゃる通り、使用人たちの部屋から盗まれた物品が出てきました」

「……そう」


いち早く報告をするべきだと、ここへやってきたようだった。目の前の騎士は跪き、使用人たちの不正を淡々と教えてくれる。


その内容は、物語で描かれていた内容だったため――原因だった彼女たちが追及されたことでノエルにあらぬ罪が被せられることがないのだと、少しほっとした。


「地下牢で拘束しておりました――該当の使用人たちは、身分のはく奪と国からの永久追放となりました」

「……」

「その……加えまして、こうした不正があったにも関わらず……王妃様を疑い時間を浪費してしまいました私にも責任があると思っております。この度は大変申し訳ございません」

「え?」


騎士から使用人たちの処遇を聞いて、ノエルに危害が来なくなることに安心していたのもつかの間。その騎士本人からも、謝罪の言葉を聞いて、思考が停止してしまう。


「責任としまして、どんなことでも甘んじて受け入れる所存です。陛下からも、王妃様のご判断をと命じられております」

「えっと……?」


未だに頭の中に疑問符がいっぱいの状況なのだが、目の前の騎士は当然とばかりに真剣な表情で跪いている。確かに、聞き取りはされてはいたが――騎士が言うほど、理不尽な扱いはうけてはいなかった。


こうしたことで、彼が処罰を受けるのは重すぎるだろう。脳内でそう答えをだした私は、おもむろに口をひらいて。


「これからも、王宮の平安を守ること」

「……え?」

「特に可能でしたら、ノエルのことをよく見守ってください。もし危険があったら、その危険を排除すること――それが私からあなたへの言葉よ」

「……」

「聞いているの?」

「はっ、はいっ! 御寛大なお言葉、誠にありがとうございますっ!」


私の言葉を聞いた騎士は、大げさなほど驚きを表して言葉を紡いだ。そして執事の時と同様に、信じられないものを見るような瞳でこちらをじっと見つめながら、この部屋から出て行った。


(レイラってそこまで横暴だったの……?)


物語では、ノエルに対する酷い仕打ちを行っていることは知っていたが……。


まさか王宮内にいる家臣にまでその行いが及んでいたのは初めて知った。そう気が付くと、もしかしてレイラは私が思うより、多くの人間に嫌われて……。


なんだか悪い想像が頭を埋め尽くされていくことに、身震いしたのち――。


(ノ、ノエルと明日ティータイムがあるから、早く寝なきゃ……ね!)


ネガティブな気持ちになる前に、休むことを決心するのであった。



■冷酷王ジェイド視点■


「……なに?」

「本日、王妃様は使用人たちの不正を追及し、ノエル様の怪我を医師に診せ……対応が遅れた騎士の罪を赦されたそうです」

「あの女が、そんな優しさを……?」


豪奢で厳かな室内には、二人の人物がいた。


一人は王の補佐をするべく、王宮の政務を担っている文官。そしてその文官の前に立つ――ノエルと同じく、輝きを放つ金色の髪を耳にかけた高身長の偉丈夫の男。


この男こそ、冷酷王と呼ばれる国の王であるジェイド・ユクーシルであった。


ジェイドは文官から言われた内容に耳を疑った。使用人の不正については、先んじて騎士から話を聞いていたので特に問題はないが――自分の妻であるレイラに関して、奇妙だと感じたのだ。


というのもレイラという女性は、下の者に対して容赦をしなかった。もし彼女の機嫌を損なうのならば、その者の罷免は免れないほどに。


(だから、もし此度の問題を対処した騎士が罷免されそうになれば――間に入る覚悟はあったのだが……)


部下から報告された内容に、肩透かしをくらった気分になる。ずいぶんと顔を合わせていない間に、心境変化でも起きたのか……それとも何か企みがあるのか……。


「今回は偶然に難を逃れたのかもしれない。引き続き、あの女の監視を続けよ」

「はっ……!」

「あの女はこの国の者ではないから、な」


ほの暗いジェイドの声が部屋の中で響くのであった。



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