146.道
「……揺るがないのね?」
「ええ! まったく揺るがないわ!」
レイヴン卿が確認するように、私にそう尋ねてきたので――真っすぐとそう返事をすれば。
彼はガシガシと自分の髪をかいたのち。
「はぁ……あ~~~もう! ジェイドもレイラ様も私を困らすのがお上手なんだから……っ」
「レ、レイヴン卿……?」
彼が先ほどの雰囲気と打って変わって、くだけた物言いになり……私が困惑した声を出すと――。
「騎士団長のレイヴンは完全に降伏したわ! 今からは、陛下の命令とか――かたっ苦しいことはなし! ただの……あなたたちを想うレイヴンよ」
「!」
「ノエルの炎を奥まで届ける風が欲しいって? その答えは、バッチリ決まってるわ……もちろん、やるわよ!」
「レイヴン様、ありがとうございます!」
「もう……っ、ノエルにはアタシ、とことん弱いんだからっ! もうっ!」
「団長、カッコいいですね。さすがです」
「セインちゃん……! はじめてそんな言葉を聞いたわ……うぅ……アタシの部下だった時にも聞きたかったのに……」
「ほら、団長……時間がありませんから」
レイヴン卿は、いつもの明るい口調に戻って――どこかすっきりした様子で、言葉を紡いでいた。そして私の方へ向き直ると。
「レイラ様……申し訳ございません。度重なる無礼をお許しください」
「! 無礼なんてそんな……! むしろ私やノエルのことを思って、言ってくださったのだから……謝らないでくださいね」
「……っ!」
「それに、レイヴン卿には協力いただくのだから……むしろ私からは感謝しかないわ……本当にありがとうございます」
私がレイヴン卿への感謝を伝えれば――彼はどこか感極まったような様子で、鼻からすする音が聞こえていた。
そして彼は自分の隊服の袖をまくると――。
「さっ! いっちょやるわよ~! アタシの準備はいつでもバッチリよ! ノエル、指揮は頼んだわ」
「はい! では……セスはレイヴン様の側へ行ってね」
「かしこまりました」
「妖精の力を使う順番はこうだ……僕が炎で溶かし、セインが土壁で水が下に落ちないようにする。そしてレイヴン様とセスが……風で僕の炎をより奥へ運んでほしい」
「承知しました。殿下」
「気合入れていくわ!」
ノエルから行動を指示された面々は、舞踏会の会場の前部にある分厚い氷に視線を集中させていた。
「お母様……僕たちは今から――お父様の妖精の力がある場所に向かって……道を作り、お父様を覆っている氷を溶かすつもり……ですが」
「ですが……?」
「僕たちは妖精の力を使って、道を維持するために……奥へは行けません。だから、どうなっているかは……本当に未知です」
「そうなのね……心して行くわね」
ノエルの言葉に私がそう返事をすれば。
「では……お母様は、僕が合図をしたら――できた道を進んでください。きっとお父様がいる部分は……かなり丈夫な氷でできているので……炎がぶつかる音が変わると思っています。なので、それを聞いたら――僕がお母様に合図を出しますので」
「分かったわ……! ありがとう、ノエル」
「……僕は必ず――お母様が帰ってくるのを信じてますから」
「! ええ、必ず……帰るわ」
私の返事を聞いたノエルは明るく――ニコッとほほ笑んだ。そして続けて。
「では、始めます……! 火炎で燃やし尽くせ……!」
ノエルがそう宣言をすると、彼の妖精であるライオンが口から……ゴオッと大きな炎を勢いよく吐き出す。
その炎によって、分厚い氷がすぐに溶けていく。
それを見たセインが、素早く察知し――言葉を紡いだ。
「土壁を作り出せ……!」
するとセインの妖精であろう大きな馬が、地面をけり上げ……氷がドロッととけた場所ピンポイントに土壁を覆っていく。
どうやら土は炎に強いようで、ライオンの口から出た炎をものともしてなかった。
その次にレイヴンとセスが反応して。
「ノエルの執事ちゃん、行くわよ」
「承知しました! 公爵様」
二人は「風よ……」と言葉を唱える。
すると二人の上空を飛んでいる二種の鳥たちが、竜巻を作り上げ――それを炎の進行方向へ、横向きの竜巻として炎の火力を増加させ……さらに炎を奥へと誘導していた。
そうした妖精の力による連携が、数分続いたのち。
「……! お母様……! 今です……! 今から僕たちは妖精の力を止めますので……この道の先へ向かってください……!」
「分かったわ……!」
「お父様が力を行使していると――氷がまた再生成しますので……僕たちはお母様の後ろから退路がなくならないように、道を維持しております……!」
「ノエル、そしてセイン、セス……レイヴン卿……ありがとう……!」
私は妖精の力を使っている四人に感謝を告げた。そして、ノエルが言った通り……一度、妖精の力が止まった瞬間。
彼らが作ってくれた道……トンネルのような道へ足を進める。
すると後ろから――。
「レイラ様、どうか……ジェイドのことを頼むわ……!」
レイヴン卿の大きな声が聞こえてきた。その声にすぐさま――。
「! はい……! 全力で頑張ってきます!」
そう返事をして……私は人一人はゆうに入れる――トンネルの奥へと足を進めて行った。
◆◇◆
氷の奥へと続くトンネルは、想像以上に長かった。
もちろん見た目からして、分厚い氷になっているため――長い距離を予想はしていたが……数分ほどすでに歩いている状況だ。それに、奥に行けば行くほど……ひんやりとした冷気が漂っている。
背後からはノエルの妖精の炎が、届けられているためか少し暖かいものの。
(氷の中だから、さっきよりも……ぐんと冷えたわね)
温度が下がってしまうのは仕方ないのかもしれない。
しかしそんな中でも――勇気づけられたことがあった。
それは……ノエルの妖精の力の炎のきらめきが、土壁に残っていて、トンネル内だというのに優しい光を放つ――イルミネーションのように輝いていたこと。
ここまで道を作ってくれたみんなと――そしてノエルの妖精の炎の明かりによって、私はしっかりと周囲の様子を窺いながら、歩みを進められる。
あらためて、協力してくれたみんなに感謝を抱きつつ。さらに数分――歩き続けていれば。
私は思わず立ち止まってしまった。
「これは……どういうこと……なの?」
だってそこには……氷漬けになったジェイド――ではなく。
薄い水の膜が目の前にあったのだ。
水の膜の奥には――凍らなかったのか、水中が広がっている。
まるで水族館のガラス越しの前に立ったような……変な感覚を持つのと同時に――。
「ジェイド……!」
その水中内に――身体を浮かべているジェイドがいた。
そしてジェイドだけではなく――彼の身体にまとわりつく黒い靄が……そこにいるのであった。
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