135.計画
ジェイドの護衛騎士が呼びに来たのをきっかけに、私とノエルはランチを終えることにした。
もともとランチは食べ終えていたのもあって、護衛騎士が言う連絡の通りに――ジェイドの執務室へ向かうことにしたのだ。
私とノエルの後ろには、セスとセインが付いてきており……なんだか心強い気持ちもあった。
(あの夜以降……久しぶりに会うわね)
ジェイドは上皇后様の件もあり、毎日忙しくしていた。
おそらく、私と会った日以降も……レイヴン卿からの結果もあって、さらに忙しくしていたはずだ。
(ちゃんとあれから……体調は崩していないかしら……それに、顔色だって……)
思い出すのは、目元に濃いクマを刻んでいたジェイドの顔。そして、嬉しそうに私の手を握って眠って……。
(そのことは思い出さなくていいの! 私……っ!)
ジェイドのことを思い出すと、彼への心配だけでなく……彼の魅力までも思い出してしまうため、心臓が持たなくなる。自分の邪な想像を振り払うように、首を横に振っていれば……。
「お母様……?」
「ノ、ノエル、どうかしたかしら……?」
「いえ、執務室に着いたようです。けれど、やっぱり……突然のお父様からの連絡なんて……ちょっと緊張しますよね」
「! ええ、そうよね」
ノエルに呼びかけられたのと同時に、目の前にはジェイドの執務室の扉が見えていた。
再び、ノエルに言い訳しそうになっていたが――ノエル自身もどこか緊張した面持ちだったため、どうにか自分の情けない姿をさらすことは回避できたようだ。
(そもそも執務室に呼び出されるのって……あの日含めて、今日で二回目なのかしら?)
思い出すのは――はじめて執務室に呼び出された日。
あの日はたしか……マイヤードの件で、ジェイドに鋭く質問された日だった。
あの日から、だいぶ経った今……。
こうしてあらためて訪問するのは、どこか感慨深い気持ちも抱いた。
私がそんな風に考えている時――案内をしてくれていたジェイドの護衛の騎士が、ドアノックをして部屋の中へ声をかけた。
「陛下、お二人を連れてまいりました」
「ああ、入ってくれ」
――ガチャ。
扉を開ければ、見覚えのある内装に……。
部屋の奥側には、豪奢な執務机とその奥に座る――ジェイドの姿があった。
(またクマが、少し濃くなった気がするわ……)
先日の朝に別れた時に見た――彼の顔のクマよりも濃くなっていた。そんな彼の様子に、心配が募る中……ジェイドが口を開き。
「突然の呼び出しで、すまない。舞踏会の日について、先んじて話すことがあり――二人を呼んだ」
「……おばあ様の件ですか?」
「ああ、そうだ」
「!」
ノエルが言った内容について、私は反射的に身体を強張らせてしまう。分かってはいるものの、上皇后様については色んな情報を聞き――無意識のうちに身構えてしまうのかもしれない。
「レイヴンとはすでに話したが――結論として、舞踏会の日に上皇后を糾弾することにした」
「……きゅ、糾弾……」
「……おばあ様を……そうですか」
「だから、その計画を先に――二人に話す。そして三日後の舞踏会には、流れが分かったうえで臨んでほしいと思っている」
「な、なるほど……」
執務室内に緊張が走る。
(上皇后様を糾弾なんてシーン、物語では見たことがないわ……いったいどういう……)
ジェイドから言われた「上皇后様を糾弾する」という内容すら、驚きでいっぱいなのに――それを含めた計画と聞き、私は背筋をピンと伸ばして、彼の話の続きに耳を傾ける。
「別に難しい話じゃない。舞踏会で開幕のダンスが終わったのち――俺が上皇后を糾弾する」
「……」
「は、はい……!」
「だから、レイラは――守り手として、ノエルの側にいてほしい……それだけだ」
「えっ……?」
「ん? 何か難しいことを言ったか……?」
「い、いえ……内容わかったけれど……それだけでいいの?」
「フ……守り手として、ノエルを守るのは簡単すぎたか?」
「!」
「舞踏会当日は、母上がノエルに近寄る――ないしは、コンタンクトをとろうとするだろう。その場合は、お前が側にいて母上を近づかせないようにすること……それがベストだと思ったんだ」
「おばあ様が、僕に黒い物質を使ってくる可能性が……あるということですか?」
ジェイドの話を聞いて、私は身構えているよりも――重くない話だと、そう思って……あらためて聞き直してしまっていた。しかしノエルの言葉を聞き、私は眉間に皺を刻む。
(そうよね……ノエルの側からは離れないつもりでいたけれど……)
上皇后様はノエルを洗脳しようとしていたのだ。舞踏会では、洗脳できているノエルに何か命令を与えてくるに違いはなくて……。
「ノエルの言う通り、母上が何かしら力を使う可能性がある。その場合、もしノエルが洗脳されていないと分かったら……より強い力を、ノエルに使用してくるかもしれない」
「そんな……っ」
「だから、その状況を見込んで――黒い物質を除去できる……レイラが一番の抑止力だと思っている」
「! そうだったのね……」
ジェイドからそう言われて――私はノエルのほうへ視線を向ける。すると、天使な――守らなくちゃいけない存在を目にして。
(絶対に、あんな辛いことは――もうさせないわ……!)
思い出すのは、苦しそうにベッドで横たわるノエルの姿。ノエルには、もうあんなに苦しいことを経験はさせたくない。
「分かったわ……! 絶対にノエルを守ってみせるわ……!」
「お母様……ありがとうございます。僕もお母様の側にいて……迷惑をかけないようにしますね」
「! ノエルは迷惑じゃないわ……! 私ができることが……これくらいだから、手伝わせてね」
そう私が、ノエルに伝えれば――ノエルは「これくらい、だと――お母様が卑下することはありません!」と真剣に話してくれた。私のことをこうやって、大切に想ってくれるノエルに胸が熱くなる。
その一方で、ずっとノエルの側にいることを考えた際に……ふと思い出すことがあった。
「あら……? でもダンスの時間とかは……」
ジェイドは開幕のダンスが終わったのちに糾弾する――そう言っていた。けれど、あんなに練習をしたダンスはせずに……ノエルにつきっきりでいいということだろうか。
(練習が活かせないのは残念だけど……ノエルの安全第一のため……)
自分の中で結論が出そうな時……ジェイドが口を開いて。
「もちろん、レイラとダンスはする」
「え?」
「俺たちもそうだが――母上も、舞踏会では参加する貴族たちを味方につけようと考えている。数で相手を窮地に陥りさせることで、逃げ場をなくせるからな。それなのに、舞踏会の開幕の慣習であるダンス中に他ごとで動くのは……マナー違反として、貴族の顰蹙を買うんだ」
「!」
「お前にも、ノエルにも……マナーについてうるさく言ってくる者がいただろう? それほどまでに、貴族社会はマナーに重きを置いている」
ジェイドの言葉を聞いて、私はなるほど――と納得をする。
確かに、ノエルのマナー講師だったマイヤードは事ある毎に「マナー」を言い訳にして、とんでも理論を突き付けて来た。しかし裏を返せば、それほどまで……「マナー」が貴族社会で大切なものだということなのだろう。
「だから――安心して……俺とのダンスに集中すればいい」
ジェイドは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて――こちらを見つめるのであった。
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