113.呼び方
ノエルの反応に、私は慌ててしまう。
聞いてしまった後だが、「やっぱりなし」と言ってもいいだろうか――いや、まだ聞いたばかりだから、すぐにそうして言い募るのもよくないし……。
ノエルに負担をかけさせたくはないがために、あわあわと焦り考えを巡らせていれば。
「……なんです」
「え……?」
どこか――もじもじと答えたノエルの言葉が上手く聞き取れなくて、私は聞き返す。
するとノエルは、決意した様子で口を開いて。
「ち、父上が……おばあ様のことを……母上、と呼んでいるのを聞いて……」
「……う、うん」
「カッコいい呼び方をしたら、その……大人っぽくて……その……父上に認められるかな……って」
「……!」
「それで言うようになったんですが……でもその、本当は……お父様って言う機会を逃してしまって……」
話すうちに顔を真っ赤にしたノエルは、言い切るように再び口を開いて。
「今更、お父様って……呼べなくなってしまったんです……っ!」
ノエルの言葉を聞いた瞬間、私は心臓をギュッと握りしめられたかのような――大きな感情に襲われる。だって……ノエルは、背伸びをしてジェイドのことを「父上」と今まで呼んでいたわけで……。
(け、健気すぎる……っ! というか、可愛いがすぎるわ……っ! 尊くて胸が痛い……っ!)
私の胸の中では、感情が大嵐状態に。
しかし全表情筋を動員して、けしてだらしない顔を見せまいと――いたって普通の……ノエルの言葉を神妙に受け止める表情に努めた。
「お、お母様……?」
私が無言で、自分の感情と戦っていれば。
何も話さない私に、心配そうにノエルが話しかけてくる。
ノエルに声をかけられて、ハッとした私は。
「ジェイドのことをそう呼ぶのに……理由があったのね……!」
「は、はい……! 僕個人の……情けない理由なんですが……」
「そんなことないわ……! かわい……」
「かわい……?」
「いえ! 大人として認められたいゆえに、なんて立派な理由よ!」
「立派な……」
「ええ、だから――卑下することはないわ。それに……」
ノエルが……ジェイドを「父上」と呼ぶ理由が判明したのと同時に。
私はノエルに呼び方を強制するつもりはなくて……むしろ。
「ノエルの呼びやすいように、ジェイドのことを呼んでいいと……私は思うわ」
「呼びやすいように……?」
「ええ、きっとジェイドは今まで通りでも……他の呼び方でも。きっとノエルのことを大切な息子として見てくれるはずだわ」
ノエルにそう言葉を紡ぐ、私の頭の中には――ノエルが倒れた日の時に見たジェイドの姿を思い出す。
普段、家族に関しては距離を取っている様子だった彼が……自ら今後は改善したいと――反省を口にしていた。そんなジェイドの姿を見て、それと――これまでの彼の振る舞いを見て。
(ジェイドは家族に対して……想いが変わっているはずだから。それに……)
だいぶ前からも――ノエルの剣の鍛錬をじっと見つめていたりもしたのだ。
彼自身、愛情表現を今までできていなかっただけで……分かりにくいながらも、関心や想いは態度にあったように思う。
そんなジェイドの想いを信じているからこそ――私は、ノエルに安心させるように「どんな呼び方でも問題ない」と話した。すると、ノエルはおずおずと口を開いて。
「そう、でしょうか……?」
「ええ。心配しなくても大丈夫だわ」
「お母様が……そう言ってくださるのなら……」
ノエルは、私をじっと見つめてから。
「信じます……!」
キリッとした表情で、ノエルはそう言った。
そんなノエルの表情を見た私は、再び――あまりの可愛らしさに胸がぎゅっと締め付けられていた。
「……うっ」
「お母様……!?」
「ふふ、何も問題はないわ……ノエル……」
「えっ、ほ、本当ですか……?」
本日二回目の巨大感情に、思わず表情筋の動員が追い付かず……一瞬変な顔を、ノエルにさらしてしまい――心配されてしまった。
すぐに「大丈夫だ」とノエルに、説明していれば。
――コンコンコン。
「大変お待たせいたしました……! セスでございます」
扉越しにセスの声が聞こえてきた。
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