第098話
「そしてこれがそのグレゴリアの書紀なのですっ!」
ジャーンと、ユーリはグレゴリアの書紀を自慢気に掲げる。錬金術の研究中だったエレノアがポロリと手に持っていたロック鳥の羽を落とした。
「え、え、ま、まさか、本物なんですか……?」
「多分。セレスティアが直接本人から預かったって言ってたし」
無表情のままズズズイと近づいて来て、穴が空くほどグレゴリアの書紀を見つめるエレノア。ちょっと怖い。
「私にも読ませてください、お願いします!」
「うん、もちろんだよ。そのために持ってきたんだし」
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
平身低頭で感謝の意を表すエレノア。よほどグレゴリアの書紀を読みたいのだろう。伝説級の魔導具を作った錬金術の書紀である。錬金術に関わる者であれば読みたくなるのは当たり前かも知れないが。
エレノアはユーリから手渡されたグレゴリアの書紀を齧りつくように読み始めた。
「なるほど。今の錬金術の土台って、もうこの時代から確立されてたんですね」
「うん。それは僕も驚いた」
グレゴリアの研究内容についてあーだこーだと話し合いながら、エレノアは書紀を読み進める。
そのうち遂に水を生み出す盃、グレゴリア曰く『命の盃』の研究内容にさしかかり、エレノアは無言になった。書紀に夢中になっているのだ。
グレゴリアはユーリと同じように、手頃な魔法素材を使って水を出す魔導具を作ろうとする。しかし成功しない。
通力、魔力飽和、そして錬金反応。全て手応えがあり、失敗しているとは思えない。
当時は物体を生み出す魔導具が何故作れないのか解明されておらず、グレゴリアもそこで随分と悩んだようだ。『夜空を儚く流れ散る星のような色の御髪』に『白く輝く絹糸』が混じるくらいに。要するに白髪が出来るほど悩んだということである。
理論は間違っていないはずだと考え、グレゴリアはより属性値の大きい素材を追い求めるようになる。
冒険者になり、魔法を覚え、仲間を得て、火竜の討伐に成功する。ちなみにこの火竜討伐の際に同行していた仲間の一人がセレスティアらしい。グレゴリア曰く『片言の麗しくも怠惰な耳長族の娘』とのことだ。
火竜の逆鱗と、大金をはたいて購入したリヴァイアサンの竜骨、触媒に大鯨の結石を使用して錬金術を行おうとする。しかし、失敗におわってしまった。
属性値の高い魔法素材を使用しての錬金術に、グレゴリア一人での魔力では足りなかったのだ。
そこでグレゴリアが考えたのが、
「二人がかりでの錬金術……」
一人でたりないなら二人分の魔力で、という単純な解決策だ。
しかし、発想は単純でも実現は簡単ではない。
そもそも現代の錬金術では複数人での錬金術は不可能であると言うのが定説だ。というのも、同じ触媒に二人の魔力が流れた時、魔力にムラが発生して触媒が焼ききれてしまうのだ。
以前、双子の錬金術師が通力、飽和までを成功させたことがあったが、錬金反応を始めると触媒が焼き切れたという。
だが、グレゴリアの書紀では成功したとの記述がある。
「複数人での錬金術って、本当に可能なのでしょうか」
「二人で錬金術をするのって難しいの?」
まだ錬金術の授業を受けていないユーリは、当然そんな定説など知らない。
「現代の錬金術理論では不可能とされています。授業では最初の方に習いますね」
「ふーん。実際にやってみたことってあるの?」
「……ハハハ」
乾いた笑い声を出すエレノア。引きこもりのエレノアには錬金術師の友達などいない。というかそもそも友達はオリヴィアだけなのだ。二人で行う錬金術など、しようと思ったことさえ無いのである。
孤高の天才錬金術師。それがエレノアだ。
「試しにやってみようよ! とりあえず簡単なのが良いよね」
そう言い蓄熱石を作る準備をするユーリ。触媒で円を描き、十二時と六時のところに油と石を設置。三時と九時のところから更に触媒を伸ばす。
三時のところにつながる触媒にユーリが触れる。
「エレノア、早く早く」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
読みかけのグレゴリアの書紀の続きが気になるも、二人での錬金術にも興味がある。
後ろ髪を引かれながらも書紀を閉じ、ユーリの用意した触媒に触れた。
「それじゃ、やってみよー!」
「が、がんばりますっ」
気楽なユーリとは異なり、エレノアは緊張気味だ。
ゆっくりと発光を始める触媒を見ながらエレノアは思う。
ふ、二人の魔力を混ぜ合わせるって……なんか、その……なんかエッチな感じじゃないですかっ!? よくわかんないけどエッチな感じがしますっ!!
そんなふうにテンパりながらも通力を続ける。
触媒を伝い、ゆっくりと流れる魔力。ユーリとエレノアの魔力が、遂に混ざりあった。
ジジジ……ボシュゥ……
「あっ」
「あっ」
魔力が混ざりあったところで、触媒が焼き切れた。
「うーん、やっぱり二人で一つの錬金術をするのって難しいんだね。まぁでも、今は魔力量で困ってないからとりあえず……」
「もう一回です」
ユーリの言葉を遮ってエレノアが言う。ユーリが目を向けると、頬を赤く染めながらも、拗ねたように片方の頬をふくらませるエレノアの姿。どうしたというのだろうか。
「でも、別に魔力量で困っては……」
「もう一回です」
「えっと……、うん」
またしても言葉を遮るエレノア。有無を言わせぬエレノアの言葉に戸惑いながらユーリが頷く。
それから何度も試してみるも、結局二人での錬金術は上手く行かず、その日は何故かエレノアの機嫌が良くなかった。