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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第096話

 学年末試験が終わり、年に一度の長期休暇が始まった。

 鍛冶に訓練にと忙しいユーリではあるが、今年の長期休暇は一度マヨラナ村に帰ろうと決めていた。

 去年は魔力鍵の解読や魔力の波長の研究に没頭していたが、今年は研究が停滞している。研究室でもんもんと考えた続けるよりも、一度初心に立ち返ろうと思ったのだ。

 ……などど色々理由を考えているが、単に父と母に会いたくなっただけである。

 家に帰る旨をフィオレに伝えると、どうやら彼女も一度帰ろうと思っていたらしい。


「だけど、帰りの馬車の手配どうしようか。マヨラナ村に行く乗り合い馬車なんて無いだろうし、辻馬車を出してもらうとなるとお金がかかるし……護衛も必要だよね」


「僕、結構お金持ってるから大丈夫だと思うよ」


「そうなの? 危険なことはしてないよね?」


「ニコラの商売を手伝ってるだけだから大丈夫」


「それでも、もし危険なことになりそうだったらすぐにお姉ちゃんに相談すること。分かった?」


「うん」


 むしろ、ニコラの手伝いを止めると言った方が危険なことになりそうである。金の亡者ニコラ、何をしでかすか分かったものじゃない。


「あとは護衛だけど……」


「今のお姉ちゃんと僕なら必要ないんじゃない?」


「うーん、それもそっか」


 ユーリの実戦姿を見たわけでは無いが、セレスティアやオリヴィアと訓練している姿は何度か見たことがある。

 後衛であるフィオレにはあまり良くわからないが、ユーリが度を超えて強そうだということは把握できた。

 あのセレスティアやオリヴィアと打ち合えているのだ、弱いはずがない。


「それじゃ、ニコラに馬車の手配を頼んでおくね」


 ユーリは2年ぶりの、フィオレは4年ぶりの里帰りである。



 無口な御者と共に十日間馬車に揺られ、ようやくマヨラナ村が見えてきた。

 見覚えのある道と村の入口が見えたとき、二人は郷愁の念が弾けて胸が締め付けられる気持ちでいっぱいだった。思わず駆け出したくなる。

 門番なんてものは存在しない門……というよりも、二本の立てられた丸太の間をくぐり、何もないマヨラナ村の広場で御者が馬車をとめる。


「お姉ちゃん、早く行こうよ!」


「ユーリ、ちょっとだけ待ってね」


 駆け出したくてウズウズしているユーリをなだめ、御者のおじさんに一礼するフィオレ。


「ここまでありがとうございました。何もない村で恐縮なのですが、数日は滞在するので、ゆっくり過ごされてください」


「気にしなくていい。その分の報酬は貰っている」


「お姉ちゃん、はやく!」


 待てなくなったユーリは姉の手を引いて走り出す。


「キャッ! ちょっ、ちょっとユーリ! は、はやいはやい!」


 走る走る。姉の手を引いてぐんぐんと加速する。

 小さな村だ。ユーリの家はすぐに見えてきた。家の前では薪を割っている父の姿。我慢できなくなったユーリがフィオレの手を離し加速する。偏重強化を使用しての加速。早い。


「ただいまーー!!」


「ん?」


 いるはずのないユーリの声。幻聴でも聞こえたかなとユーリの父シグルドが振り返ると、目の前には猛スピードで突っ込んでくる可愛い息子の姿が。


「どわああぁぁぁぁぁ!!」


 流石は元冒険者シグルド。咄嗟に身体強化を使い何とかユーリを受け止め……切れずに、派手な音を立ててユーリ共々地面に転がる。

 丁度扉を開けて外に出ようとしていた母フリージア、我が子に旦那が吹き飛ばされて行く様を目撃し目を丸くした。


「お母さん、ただいま!」


 呆然としていると、ポフンと自分の腰に抱きついてきた紫の髪の子供。条件反射でその頭を撫でる。フリージアは突然帰ってきた二人の子供、ユーリとフィオレを交互に見て、そして思う。

 フィオレ、大きくなったわね。ユーリは相変わらず無邪気で甘えん坊ね。

 そんなことよりも、


「ゆ、ユーリが私に突っ込んで来なくて、本当に良かったわ……」


 元気に育ちすぎている可愛い息子に、少しだけ恐怖していた。



「あうあー! うあー!」


「……ぅー」


 子供達の突然の帰宅に大層驚いた後、今度はユーリとフィオレが大層驚かされる番となった。

 一歳になろうかという二人の赤ちゃん。双子の妹と弟を見て目を輝かせている。

 どうやらシグルドとフリージアは、ユーリが学園に行った後にお楽しみだったようだ。

 赤い髪の女の子、ルビィ。青い髪の男の子、ラピス。

 ルビィは興味津々といった様子でユーリとフィオレに手を伸ばしており、一方でラピスはそんなルビィの影に隠れている。


「わぁー、すっごくかわいい!」


「僕、お兄ちゃんになったんだ……」


 魔法学園に行く直前に自分がけしかけた事とは言え、本当に弟と妹が出来ているとは。今までは可愛がられるだけであったが、これからは可愛がる方にならなければ。

 いろいろな思いが頭をよぎるも、ユーリはルビィとラピスの髪の色を見てホッとしていた。おそらく、それぞれ水と火の適性がありそうだ。


「さあ、ルビィとラピスはおっぱいを飲んでお休みの時間よ。また明日いっぱい遊んであげてね」


「はーい」


 フリージアが双子を寝かしつけて、晩御飯の時間となった。

 久しぶりの母の手料理を食べながら、ユーリとフィオレは学園であったことをあれやこれやと話し出す。

 ユーリが冒険者活動をしているくだりで、フリージアとシグルドが大変心配していたが、信頼できる師匠がいることと無理はしていない事をフィオレが説明してなんとか場を収めた。


「それで、ユーリの師匠ってのは誰なんだい?」


「セレスティアっていうエルフの冒険者だよ」


「セレスティアって……もしかしてティアのことか? 美人だがだらしなくて面倒くさがりの」


「うん。お父さん、ティアのこと知ってるの?」


 ユーリの質問にシグルドは頭をポリポリとかきながら答える。


「知ってるも何も、父さんが冒険者をやってた頃の仲間だよ」


「そうなの!? じゃあ、レベッカのことも知ってる? 学園の教官なんだけど、セレスティアを紹介してくれたんだ」


「レベッカ……ベッキーか。あいつ教官なんてやってるのか。柄じゃないなぁ」


 どうやらシグルドはレベッカとも知り合いのようだ。


「もしかしてお父さんもセレスティア達と同じクランだったの? 団長が急にいなくなったせいでバラバラになっちゃったってレベッカが言ってたけど」


「そうだな、はは……まぁ、同じクランだったよ」


 どこか言いにくそうに、ひきつり笑いをするシグルド。


「いやー、実は父さんが団長だったんだ」


 意外な事実である。


「そうなんだ! どうして団長をやめちゃったの?」


「そりゃあ、母さんに一目惚れしたからに決まっているだろう。母さんがマヨラナ村に帰るって聞いて、すぐにクランをやめることにしたんだ。まぁ、色々と悶着があったけどな……。でも父さんは後悔してないぞ。全てを捨てるつもりでマヨラナ村に来て、こんなに幸せな人生を得たんだ。母さんがいて、フィオレが産まれて、ユーリが産まれて。さらに今度はルビィとラピスも」


 シグルドがフィオレとユーリの頭を撫でて、フリージアの頬にキスをする。


「父さんは自分の夢に向かって一直線に走ったから、こんなに大切なものを手に入れることができた。ユーリも欲しい物があるなら、それに向かって突っ走るんだぞ」


「うん!」


 どうやらユーリの目標に向かって真っ直ぐに突っ走る性格は、父親譲りのようだ。


「フィオレは、その、もし良い人が出来たら、まずはお父さんとお母さんに報告だ。いいな?」


「お父さん……せっかくいい話だったのに……」


 シグルドの言葉にフィオレが呆れたような声を出す。笑い声の絶えない団欒の時間。

 ユーリとフィオレは久しぶりに家族の暖かさを、たっぷりと堪能したのだった。



「それじゃ、お父さん、お母さん、行ってきます」


「行ってきまーす!」


 フィオレとユーリが馬車に乗り込む。楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。


「ああ、頑張ってこい」


「あまり無茶しちゃだめよ」


 フリージアも今回は駄々をこねずに見送っている。赤子を抱いている姿は強き母そのものである。


 馬車から身を乗り出し、父と母に向かって大きく手を振るユーリ。その顔は晴れ晴れとしている。

 心の充電は完了だ。また領都に戻り研究に鍛錬にと打ち込むのだ。

 ユーリの目標は遥か先、ゴールすら見えてない。

 それでもユーリは、再び目標に向かって走り出すのである。


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