第095話
鍛冶と錬金術を同時に行うにあたっての課題は主に2つ。
ひとつめは先日の失敗の通り、鋼を打つ際に触媒が飛び散ってしまうこと。
ふたつめは定期的に炉の中に鋼を入れて温めておく必要があるため、錬金を中断しなければならないこと。
ふたつめについては技量次第でなんとかなりそうだ。錬金反応の途中で手を離すと、鋼から込めた魔力が少しずつ抜けて行ってしまうが、魔力の流出をそっと押し返す様にすれば再び錬金反応が始まったのだ。
かなり難しいが、出来ないことはない。
目下の課題はひとつめである。
一振りごとに触媒を継ぎ足せば何とかならないことはないか、そんなことを延々と続けるのは流石に無理がある。
触媒が飛び散った鍛冶場でユーリが悩んでいると、背中から声をかけられた。
「おんしは誰じゃ! 人の鍛冶場をこんに散らかしおって!」
親父臭い喋り方だが、その声は幼気な少女のそれだ。ユーリが振り返ると、背の低い女性が一人。
第一印象は風変わりで快活な少女といった印象だ。
オレンジの髪をツーサイドアップにし、編み込んで輪っかにするというあまり見ない髪型。肌は冬だというのに小麦色に焼けており、幼く見える顔に大きなツリ目ガチの赤みがかった瞳。
エキゾチックで露出の多い服装に大きなコートを羽織り、背中には鉱石の入った大きな籠を背負っている。
「……誰? ここはボルグリンの鍛冶場だよ?」
「それはワシのセリフじゃ! このタワケがっ!」
少女が怒るが、小さな子供が喚いている様で全然怖くはない。
しばらくギャーギャーと騒いでいると、奥からボルグリンが起きてきた。
「朝っぱらから何を騒いでおる……なんじゃ、ラウラか。帰っておったのか」
「帰っておったのかじゃないわ! 爺! この小童は誰じゃ! こんなに鍛冶場を散らかしおってからに! なんじゃこの粉は!」
ラウラ。紛うことなきボルグリンの孫娘である。
「ラウラ。この小僧はユーリじゃ。訳あって鍛冶場を貸してやっとるんじゃ」
「なんじゃ。爺は弟子はとらん主義じゃなかったんか?」
「弟子じゃないわい。ただ好きにさせとるだけじゃ。そうじゃな、ラウラ。お前が鍛冶を教えてやれ」
ボルグリンの言葉にラウラが激昂する。
「阿呆なことを抜かすな! 何故ワシがこんなひよっこに鍛冶を教えてやらにゃならんのじゃ!」
「ユーリは錬金術師じゃぞ」
「なっ……」
ラウラは目を見開いてユーリを見、そしてまた激昂した。
「こんな幼子に錬金術が出来るわけが無かろうがっ! こんな5歳ほどの幼子にっ!」
「もう9歳だよっ!! それにラウラだって子供じゃんかっ!」
「たわけっ! たかだか百年ほどしか生きられぬ人間とワシを同じに考えるでないっ! お主の3倍は生きとるわっ!」
ボルグリンの孫娘ということは、当然ラウラもドワーフである。
ドワーフの女性は種族柄小柄で童顔の者が多い。それにラウラはドワーフの寿命から見ればまぁまぁひよっこである。しかし、それはドワーフから見ればである。当然人間の幼子であるユーリよりは人生経験は長い。
「やって見せる方がはやいじゃろう。ユーリ」
ボルグリンは金床を顎でしゃくるが、ユーリはあまり乗り気ではない。
「でも……全然上手くできないよ?」
「それでも良い」
有無を言わせぬボルグリンの言葉に、ユーリはしぶしぶといった様子で金床の前に座り、鋼の塊を炉へと入れる。
鋼を温めている間に金床に触媒を置く。この触媒だが、粉末ではない。水でこねて粘度と混ぜ合わせた物である。これであればそうそう飛び散ったりはしない。ユーリの試行錯誤が垣間見える。
胡乱な目で見るラウラの前で、ユーリは赤く光る鋼を金床へ。熱した鋼が触媒に触れてジウという音を立て、微かな焦げ臭さが広がる。
そしてそのまま動かなくなるユーリ。
「小童。何を……」
言いかけるラウラの前にボルグリンが手をかざして止める。
ラウラは一つため息を吐き、再び胡乱な目をユーリへと向け、徐々にその目を驚きで大きく開く。
ユーリの手が光っている。いや、正確に言うと触媒が、粘度状に加工した触媒が光っている。
粘度という不純物が混じっている分、通力は桁違い難しくなる。魔力の通りが悪くなる上に、抵抗が大きく触媒が焼き切れやすくなっているのだ。
絶妙な魔力加減でユーリは通力を行う。ところどころプスプスと煙を上げつつも、それでも錬金反応は途切れない。
ユーリが金槌を振り下ろす。
カーーーーン……
今度は触媒が飛び散らない。数度叩いて、鋼を炉の中へ。ここで一度錬金が途切れる。しかし、ユーリは熱した鋼を再び金床に置いて再び錬金を再開した。
ラウラが目を丸くする。
あり得ない。いや、あり得なくはないが信じられない。錬金を途中で止め、また再開するなど。しかもそれを、あんな不純物ばかりの触媒を用いて。
途中、乾いてしまった触媒を新しいものに変えつつ鍛冶を続けるユーリ。傍から見れば順調に見える。
しかし
ボジュッ
「あっ」
繰り返すうちに、遂に鋼から溢れる魔力の逆流に触媒が耐えきれなくなり焼き切れた。失敗である。
これ以上はどうあがいても錬金を再開できないのだ。
「うーん……錬金が完了するまでは鋼が不安定な状態なんだよなー。何とか魔力を押し止められれば良いんだけど……」
ぶつぶつとつぶやきながら触媒を手で触るユーリ。既にボルグリンとラウラの事は頭から消えていた。次の一手を模索中なのだ。
そんなユーリの姿を呆然と見るラウラに、ボルグリンが声をかける。
「どうじゃ?」
「鍛冶の方はただのど素人じゃな。しかし……」
しかし、面白い。
ラウラも昔考えたことがあった。鍛冶と錬金術の併用を。
見様見真似で錬金術に手を出して、通力、飽和まで出来るようになり、そこで諦めたのだ。
魔力を流しながらイメージを送り込んでの錬金反応。ラウラにはそれがどうしても出来なかった。
それなのに、この小童は。鍛冶を行う片手間でこなしてみせた。
「弟子に取る気にはなったか?」
「ふん。使い物にならんかったら炉の燃料にしてやるからの。おい、小童!」
ぶつぶつ言うばかりで全くこちらを見もしないユーリにラウラが声をかける。
「あ、何?」
「その金床、彫るぞ」
「へ?」
「鋼を打つのに平らな場所はそう多くはいらん。溝を彫ってそこに触媒を詰めてみろ。そうすれば吹き飛ばんじゃろうが。そのような粘度みたいな触媒で上手く出来るはずがなかろうが。それと触媒も換えよ。泥鰐の歯の粉末でも使えばまだマシになるはずじゃ」
口早に指示するラウラ。
「ラウラ、錬金術も出来るの?」
「昔ちょっと学んだだけじゃ。それよりも何じゃあの打ち方は! あんな腰の入っとらん打ち方で鋼が鍛えられるわけ無かろうがうつけ者が! まずは金槌をもう少しまともに振れるようになってからじゃ!」
「で、でも……」
「良いからその焦げた触媒を捨て置け! 良いか? まず金槌の握り方からじゃ!」
さて、人間とドワーフの若者二人がどんな改革を起こしてくれるか。
どこか楽しそうな孫娘を見て、老後の楽しみが増えたと微笑むボルグリンであった。
◇
それから学年末特別試験までの間、ユーリは鍛冶にセレスティアとの訓練にと大忙しの日々を過ごした。
学年末特別試験は別に適当に作ったポーションでも提出すれば良いのは良いのだが、そこはユーリである。何としても鍛冶と錬金術の融合作品を作ると決めていた。
一ヶ月ほどはラウラの指導の元、鍛冶のみに専念し、ようやく及第点をもらえたため錬金術を併用する。
当初は早く錬金術との併用をしたくて時々駄々をこねていたユーリだったが、鍛冶をするうちにそれが間違いであったと気が付いた。錬金術で鋼を固くするだけでは強いナイフは作れないのだ。
芯は硬く強く、刃先に行くにつれ、硬くも粘り気を出す。そうすることでナイフはより強くなるのだ。
なので芯を打つ時は強く硬く、刃の部分は粘り強くなるように錬金術を施しながら打つ。
そうして出来上がった刃物は……
「これは……すごいの……」
ラウラはユーリが作り上げたナイフを見てほぅとため息をついた。
勿論ユーリの鍛冶の腕はまだまだ未熟も良いところだ。鍛造は甘く、焼入れもヌルい。鋼のポテンシャルの全てを引き出せているとは到底思えない。
それなのに、ユーリの作ったナイフは、強くて鋭い。
ムラがあり均衡が取れていないのに、それでもそこら辺のナイフよりは出来上がりが良い。
錬金術で鋼をそれ以上の『何か』へと昇華している様にすら思える。当然、ここまで到達するまでに様々な試行錯誤があった。
強固に作られた特注の金床に溝を掘るのに苦労したし、錬金の中断と再開のコツを掴むのに何日もかかった。
鋼を硬くしすぎて鍛造中に何度も割ったし、逆に柔らかくしすぎてぐちゃぐちゃになったこともしばしば。
それでも、たかだか数ヶ月でここまでの物が作れたのだ。
このまま鍛冶と錬金術を続ければ、鍛冶師として大成することが出来るだろう。
感心するラウラとは対照的に、ユーリの表情は明るくない。
確かに凄いことをやっているのであろう。ラウラの顔を見ればそれは分かる。しかし、ユーリが作ったナイフはあくまでも『凄いナイフ』でしかない。
光線も水も出ない、ただのナイフなのだ。鍛冶を極め、錬金術を極めていけば、魔剣に一歩近づけるのだろうか。
何はともあれ、鍛冶と錬金術の併用にはひとまず成功である。
錬金術品評会に提出する作品も完成した。
なお、ユーリの錬金術品評会の結果は2位とまずまずの成績となった(参加者は8人のみであるが)。
ちなみにこの年の初等部魔法実技大会の優勝者はナターシャであり、学園が始まって以来初めての鉛クラスからの優勝者であった。
フィオレは中・高等部の魔法実技大会で決勝トーナメントまで駒を進めるも、運悪くトーナメント一回戦で前回大会で三位の上級生とあたり敗北した。




