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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第094話

 カーン……カーン……


 ボルグリンの鍛冶場に高い金属音が響く。

 ごうごうと燃え盛る炉の前にちょこんと座るのはユーリである。

 あれから2週間。毎日のように鍛冶場に通い詰めボルグリンの作業を見ていたユーリだったが、昨日から遂に本格的に鍛冶に取り掛かり始めた。

 2週間の間、ケンに徹したのには理由がある。一度、見様見真似で鍛冶と錬金術を併用してみたが、魔力が金床に分散してしまったのだ。

 錬金台を使用していないのだから、魔力が逃げるのは当たり前である。

 そこでユーリは考えた。金床に錬金台を合体させてみようと。

 しかし、普通の錬金台は当然ながら鍛造たんぞうに耐えられるほど丈夫ではない。赤く燃える鉄を置き、金槌で打たれることなど想定している訳がないのだ。

 もし錬金台の上で熱い鉄を打とうとしている人がいれば、そいつは阿呆か狂人である。そして阿呆で狂人であるユーリは、金床に錬金台を置いて熱い鉄を打ち付け、見事に錬金台を壊したのである。

 これでは鍛冶も錬金もできぬと、錬金台や触媒を作っている商会にオーダーメイドで強固な錬金台を作ってもらい、それがようやく昨日届いたのだ。ちなみに発注から納品までをニコラに任せた。いくらかかったかは分からぬが、魔力箱で稼いだ額と比べれば微々たるものだろう。

 この2週間、ボルグリンはユーリが見に来ている時には小型のナイフのみを作っていた。ユーリに鍛冶の基本を教えるためである。

 ユーリも目を皿のようにして技を盗み、また学園の図書室から鍛冶関連の書籍を借りて読み漁り知識を蓄えた。その甲斐あってか、ほとんど初めての鍛造であるにも関わらず、それなりに様になっている。

 昨日から合わせて4本目のナイフの焼き戻しを終えたユーリが一息つき、額に浮いた汗を拭う。

 その様子を後ろで見ていたボルグリンが唸る。

 2週間の勉強期間と2日の実践で大体のコツを掴んでいる。もちろん逸品とは到底言えないが、それでもまぁ、今焼き戻しをしたナイフであれば、露店で五百リラでならば買い手が付く程度には仕上がっている。


「最初に錬金台を打ち壊した時は、とんだ阿呆を招き入れてしまったと後悔したもんだが……」


 なかなかどうして成長が早い。本人の話では錬金術師とのことだが、鍛冶のセンスもあるようだ。

 ある程度の鍛冶の流れを掴んだユーリは早速とばかりに錬金術の道具を取り出す。取り出したのは中和剤と土属性の魔法素材、鋼甲亀てっこうがめの甲羅である。


「何をする気じゃ?」


「ボルグリンが言ってたでしょ? 鍛冶と錬金術を一緒にやってみるの」


「たった数本ナイフを打っただけじゃろうが。出来るわけ無かろう」


「物は試しだよ。何でもやってみないと」


 失敗を恐れないのはユーリの良いところだが、ボルグリンにはそれが無鉄砲な子供の行動に見えた。

 ため息を吐きつつも、不慮の事故でユーリが怪我をしないように後ろで見守っている。

 ボルグリンの視線など意に介さず、ユーリは錬金術の用意を進める。

 金床兼錬金台の上に触媒と魔法素材を置き、一方で鋼を熱する。

 やっとこ(長いペンチのような道具)で赤くなった鋼を取り出し、金床の上へ。右手は金槌を持っているため、左手の小指で触媒に触れる。

 慣れない鍛冶をしながら、並行作業での錬金術。流石のユーリでも簡単に成功するわけはなく、なかなか錬金反応が始まらない。

 後ろで見ていたボルグリンは、錬金術が分からないでも上手く行っていない事は感じ取っていた。

 やはり無茶なのだ。鍛冶に精通しているならまだしも、たった2週間しか経験していないのに、錬金術を併用するなど。

 この状態で熱い鋼を打てば、どんな事故が起こるか分からない。一度止めようとユーリの肩に手を伸ばして、ボルグリンはその手を止めた。

 ユーリの横顔から見える瞳が余りに真剣だったから。

 目の前の錬金台以外の全ての情報を遮断している。極度の集中状態。

 額の汗が目に入るも、瞬き一つしない。

 ボタタと顎から汗が落ちた。

 息をすることにすら意識をきたく無いのか、細く長い呼吸をしながら鋼を見つめている。まるで熟練の刀鍛冶の様な姿にボルグリンが息を呑んだ。

 しばらくののち、ついにボウと錬金反応の光が灯った。

 触媒を伝い、魔法素材へ。魔法素材から、赤く光る鋼へと光が届く。

 薄暗い鍛冶場に、炉の赤と錬金反応の金がユーリの顔を照らす。

 ボルグリンが驚愕で目を見開いた。まさか、本当にやってのけるというのか、この子供は。

 たった数日見て、たった数回試しただけだというのに、もう新たなステージへ、未踏のステージへと登ろうというのか。

 麒麟児。そんな単語がボルグリンの頭に浮かぶ。

 ボルグリンは己の鼓動が速まるのを感じていた。この小さな少年の大きな可能性に、高揚が止まらない。鳥肌が止まらない。この少年なら、もしかすると……

 スッと、ユーリが右腕を振り上げる。

 鋼は熱いうちに打たねばナイフにはならない。

 錬金反応を続ける赤い鋼に、ユーリがついに金槌を振り下ろす!!


 カーーーーン……………


「……」


「……」


 触媒が見事に飛び散り一面に舞う。当然ながら錬金反応は中断された。なんと鮮やかな失敗であろうか。

 ユーリはくるりとボルグリンの方を振り返り、言った。


「触媒が飛び散っちゃうんだけど、どうすればいいの?」


「儂が知るわけなかろう、このすっとこどっこいが」


 やはりそう上手く事は運ばなかった。


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