第093話
「本物の魔剣、レディエイターを作った鍛治師か。わしは知らんのう」
次にユーリが来たのはドワーフの鍛冶屋、ボルグリンの店である。
絵物語の中で魔剣レディエイターを作ったのがドワーフの鍛冶師だったため、同じドワーフのボルグリンならば何か知っているのではないかと思ったのだ。
残念ながら、冒頭の通り有益な情報は無さそうだが。
「そっかー。うーん、やっぱりお城に忍び込んで、魔剣を調べるしか無いかな……」
「やめておけ。最悪打首じゃぞ」
目的の為なら手段を選ばないユーリである。本当にやりかねない。それを知ってか知らずか、ボルグリンはユーリを止める。
「でも、他に手がかりがないんだよー」
「そもそも城にあるのは模造品じゃ。調べても意味は無かろう」
「……へ?」
思いがけないボルグリンの言葉にユーリが固まる。
「え? え? 模造品? 本物じゃないの?」
「もし本物の魔剣レディエイターがあるとすれば、こんな平和なベルベット領じゃなく、敵国と接している場所に置くべきじゃろうが」
それもそうである。
もしもの時に使えなければ、どれだけ強力な魔剣であったとしても意味などない。ベルベット領の城に飾っておくなど宝の持ち腐れでしかないのだ。
「でもでも、どうして模造品だって分かるの? 本物の魔剣かもしれないじゃん!」
「分かるに決まっとる。ありゃ儂の爺さんが打った剣じゃからの」
「……へ?」
「何百年前かは忘れたが、式典の為に作ってくれと依頼されたのがレディエイターの模造品じゃ。儂の父も良く手入れの為に城に行っておった。子供の頃連れて行ってもらったことがあってな。あの頃は儂も、爺さんが魔剣を作ったと勘違いしておったわ」
ボルグリンの言葉に、ユーリはガックリと肩を落とした。
「そっか、偽物なのかー……」
「バカタレ。偽物じゃなくて模造品じゃ。滅多なことは言うな」
城に飾ってあるものを『偽物』と言うなど、不敬罪と捉えられてもおかしくない。
ユーリは口を噤みつつも、その表情はしょんぼりとしている。
幼子が悲しむ顔を見て不憫に思ったのか、ボルグリンが少しでも助けになればと口を開く。
「坊主の求める魔剣とは少し違うかもしれんが、鍛治師ギルドで『妖刀』と呼ばれるものが、あるにはある」
「そうなの?」
「ユーリは刀という武器は知っておるか?」
「うん。片刃で細身の剣でしょ?」
「そうじゃ。刀の中でも妖刀と呼ばれる類のものは、持ち主の生気を吸うと言われておる。そして生気を吸えば吸うほど、斬れ味が増すらしい。儂も見たことはないがの」
生気を吸う。どこか『魔力を使う』と似た雰囲気である。
「実在するの?」
「さぁの。じゃが、ただの噂にしては内容が具体的すぎる。曰く、妖刀は持ち主に使われる時しか本領を発揮しない、曰く、使用しすぎると生気を吸われて最悪死に至る、曰く、最高の鍛冶の腕と最高の錬金術の腕が無ければ作れない、等な」
ユーリは最後の言葉に身を乗り出した。
「錬金術が関係あるの!?」
「儂も詳しくはしらんがの。坊主は錬金術に興味があるのか?」
「うん。一応錬金術師だよ」
「ほう」
ボルグリンは驚いた表情になるが、その瞳に疑いの色はない。
「では坊主に問題じゃ。錬金術師が鉄を作ることは出来るか?」
「うん。第一の錬金術派閥が作ってるから」
「うむ、では錬金術師が『剣』を作ることは出来るか?」
ボルグリンの質問にユーリが少し悩む。
「えっと、出来る、と思う。金属を剣の形状にすればいいから」
「そうじゃの。では最後の質問じゃ。錬金術師が『最高の剣』を作ることは出来るか?」
「でき……る?」
ユーリの答えにボルグリンが首を横に振った。
「答えは『否』じゃ。錬金術師が出来るのは鉄を剣の形状にすることだけ。鍛えもしていない剣で切り合えば、すぐに刀身が折れるじゃろうな」
しかし、とボルグリンが続ける。
「最高の鍛冶の腕と、最高の錬金術の腕があれば話がかわる。鍛冶の知識を持ち、剣を打ちながら錬金を施せば、それはどんな剣よりも強く、鋭くなるだろう。そうやって作られた剣は、『魔剣』と呼ばれるにふさわしいかも知れん」
ボルグリンの言葉を聞きながら、ゴクリと息を飲む。
考えたことも無かった。
ユーリにとって鍛冶は鍛冶であるし、錬金術は錬金術である。その2つを同時に行うという発想がなかったのだ。
城にある魔剣レディエイターは模造品ではあったが、ユーリはまた一つ糸口を見つけた。
ワクワクと期待に目を輝かせてユーリが言う。
「ボルグリン、僕に鍛冶を教えて!」
「……教えるつもりはない。弟子はとらん主義でな。習いたいなら勝手に盗め。儂が使っとらん時に炉と金床は貸してやるが、その他の道具は自分で揃えろ。それで良いなら勝手にしろ」
「ありがとう! あと、燃料代も払うね!」
「ふん、可愛くない子供じゃな」
燃料台くらいは大目に見てやろうと思っていたボルグリンが苦笑する。
錬金術、冒険者に続いて、今度は鍛冶に手を出すユーリであった。




