第092話
「よっこいせっと」
ユーリが親父臭い掛け声と共に、机の上に十数冊の絵物語をドンと置く。学園の図書館で借りてきた物だ。本の内容はどれもおとぎ話である。
エレノアが先日言っていた『魔剣』、それに類似した情報を集めるために借りてきたのだ。
勿論ユーリとておとぎ話はおとぎ話にしか過ぎないことは分かっている。分かってはいるが、今はおとぎ話でも良いから情報が、もしくは『発想』が欲しいのである。とりあえず一番上にあるものから手に取りパラパラと速読する。
『精霊になった守人達』
『幻の鉱物、アダマンタイトの謎』
『空を泳ぎ星を渡るクジラ』
『樹海に眠る銀の冠』
『眠り姫と悪魔落としの果実』
どれもこれも、子供の興味を引く物語ではあるが、ユーリの求める情報ではない。
しかし、次の一冊を読んでいる最中に手が止まった。
本のタイトルは――
「砂漠の国と命の杯……」
砂漠の国に産まれた少女が世界中を旅してまわり、水を生み出す杯を作り出すお話だ。話の内容としてはありふれた物ではある。
しかし、ユーリにはエレノアが話をしていた水を生み出す魔導具のことが思い出されて妙に気にかかった。
「もしかして、実話を元にしてる……?」
ありえない話ではない。おとぎ話や昔話は、実話を大袈裟にしたものや、伝承されるうちに尾ビレが付いて話が大きくなったものも少なくない。
この『砂漠の国と命の杯』という絵物語が、エレノアの言っていた国をモデルに書かれた可能性もゼロではないのだ。
ユーリは持ってきた本の中から、著者が同じものを探す。他に二冊あった。
「『眠り姫と悪魔落としの果実』と、『亡命の姫、亡国の騎士』」
前者は既に目を通してあり、求める情報がない事は確認済みである。ユーリは後者、『亡命の姫、亡国の騎士』のページをめくる。
こちらもストーリーは王道だ。
仕えていた国が滅び、守るものを亡くし生きる目的もなく彷徨う騎士が、敵国から亡命してきた姫の騎士となる話だ。
逃げ隠れし怯える毎日の姫、そんな姫の為に騎士は敵国を滅ぼすことを決意する。その過程で手に入れる物が、ドワーフの職人に作ってもらった『魔剣レディエイター』である。
柄の部分に大きな黄色の宝石が嵌め込まれた両手剣であり、まるでレーザー光線のようなものを発することが出来るように描かれている。
詳しい仕様までは分からないが、連続して使用出来ないところや、使用したあとに騎士が疲弊する描写も描かれていることから、『魔力』を動力源にしていることが想像できる。
しかし、所詮は眉唾ものの絵物語。得られた情報はそれだけである。
「今度はおとぎ話? 次から次へと忙しいわね」
教室に来たナターシャが、机の上に山と積まれた本を見て苦笑する。
「うん。魔力を動力として動く魔導具が無いか調べてるんだ」
「あなたが去年くれた、その、ぽ、ポカポカ君スプーン、っていう魔導具が正しくそうじゃないの?」
ナターシャはどうやら『ポカポカ君スプーン』という名称を口にするのが恥ずかしいようだ。
「あれは違うよー。ナイアードの毛で水流の力を熱に変えてるだけだもん」
「え、あ、そう、なの……?」
錬金術をよく知らないナターシャは、ポカポカ君スプーンを『自分の魔力を熱にする』魔導具だと思っていたが、違うらしい。
「え、じゃあ火の適性が無い人でも使えるの?」
「そうだよー。そうじゃないと僕が使えるわけないじゃん」
「それは、そうなのだけれど……」
それって中々に凄い魔導具なのでは? とナターシャは思う。目の前の少年はそんなこと微塵も思っていなさそうだが。ナターシャの屋敷のメイドたちにあげればさぞかし喜ぶことだろう。寒空の下での洗濯が、これ一つでかなり快適になりそうだ。洗濯桶の中に入れておくだけで、洗い物をしているうちに水が暖かくなるのだから。
魔導具の相場など分からぬナターシャだが、そのうち屋敷のメイドたちのためにも、いくつかポカポカ君スプーンの改造版を注文させてもらおうと心に決めた。
「それで、何か分かったの?」
「ううん。これと言ってヒントになるようなものは無かったけど。ただこの本に出てくる『魔剣レディエイター』っていうのが、もしかしたらそういう魔導具なのかなーって」
「ふーん」
ナターシャは興味なさげに絵物語の挿絵を横目で見て、そして言った。
「それ、お城に飾ってあったわよ」
「ふぁ?」
思いがけない一言にユーリの思考が停止する。
しばし停止した後、ナターシャに詰め寄り叫ぶ。
「貸して!」
「無理に決まってるじゃない」
一蹴。当たり前である。
ベルベット領主の住む城に飾られている魔剣、そんな大層なものを田舎者生まれの少年にホイホイ貸せる訳がない。貸すような人間が領主であれば、その領はとっくに滅びているであろう。
しかしそんなことをユーリが知るはずもない。ユーリにとって親とは子供を甘やかす存在なのだ。例えそれが領主であっても。
「ナターシャがお願いーって頼んでも駄目なの?」
「無理よ。そもそも父に謁見することすら難しいわ」
「お父さんなのに?」
「父の前に領主なのよ」
「領主の前にお父さんだよ。お父さんに会えないの、寂しいね」
ユーリの無垢なセリフにナターシャは小さく微笑み、そして思う。自分は寂しいのだろうか。父に会いたいのだろうか。そんなこと、考えもしなかった。
もし自分が名もなき村に産まれたただのナターシャだったら。それは今よりも幸せだっただろうか。分からない。分からないが、素朴な幸せの中で暮らす自分を想像して、何故か胸が締め付けられた。
「今度マヨラナ村においでよ! お父さんもお母さんも歓迎してくれるよ! 絶対!」
そう言い切るユーリ。ナターシャは素直に行ってみたいと思った。この少年が育ったという村に。さぞかし牧歌的でのんびりとしているのだろう。素朴だが温かいご飯を食べて、他愛のない話で笑い合う。それはとても幸せそうだ。
そこまで考えて自嘲気味に笑う。ベルベット領主の娘である自分が歓迎などされるわけがない。変に気を使わせて、気まずい思いをさせて終わりだ。
ナターシャは湧き上がりかけた願望を頭から振り払う。
「行けるわけないじゃない。それよりもその『魔剣レディエイター』ってどういうものなの?」
「レディエイターはね、自分の魔力を光の力にして敵を倒す魔導具だと思うんだ。どんな構造なのかなー。見てみたいなー、触りたいなー」
言いながらチラチラとナターシャを見るユーリ。
「私だって出来るのなら貸してあげたいわよ。でも無理なの、諦めなさい」
「そっかー……魔剣レディエイター……」
せっかく見つけたヒントなのだ。ユーリだってそうそう簡単に諦められるものではない。
その後授業が始まるも、上の空で聞き流すユーリ。たまにぶつぶつと
「夜に忍び込めば……」
などと物騒な事を呟いている。領主の城に忍び込むなど、捕まったら打首ものである。
もしユーリが捕まったら、自分の首を差し出してでも止めようと思うナターシャであった。