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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第090話

「箱の中身はなんだろな? なんだろなんだろ、なんだろな?」


 ニコラの少し音程の外れた歌が研究室に響く。

 ニコラに魔力鍵の話をしてからおよそフタ月。冬は深まり空には雪がちらついている。今年ももう終わりである。

 ユーリが学園で授業を受けている間も、ニコラはどこそこと魔力箱を探し回り、購入し次第ユーリの元へと持ってきていた。

 金庫や財布のような使い方をされていたのだろう。当たり外れはあるものの、やはり金銭価値が高いものが多い。

 あたりの部類で言えば、最初のときのような金貨等の貴金属類、指輪や宝石と言った貴重品だ。

 ハズレは写し絵の入ったロケットといった、当人にとっては大切なものだが、他人からしたらどうでもいいものなどだ。

 たまに何かの種子であったり薬のようなものであったり判断に困るものもあるが、ひとまずエレノアの研究室の棚に置いてある。

 ハズレもあるとは言うものの、八割以上はあたりである。ニコラの読みは大当り、懐は潤いウハウハで大喜びだ。


「箱の中身はなんだろな? 金銀財宝ざっくざく!」


 最近はユーリに開けて貰うときに変な歌まで歌い始めた。そこそこ音痴である。集中力を乱されながらも、的確に通力し魔力箱を開けるユーリは流石である。

 浮かれ気分のニコラとは対照的に、ユーリの目は死んでいる。なかなか前に進まない研究に加え、音痴な金の亡者のために魔力箱を開ける日々だ。お宝の分配は半々であるためユーリの懐はかなり潤っているはずだが、研究が進まないのであれば金があっても喜べない。

 ユーリが死んだ目のまま魔力を流すこと数十秒。


「箱の中身はなん――」


 ――カコリ。


「キャー! お宝ちゃーーん!」


 開いた途端に飛びつくニコラ。浅ましい。

 5センチ四方の魔力から出てきたものは果たして……


「羊皮紙?」


「ちぇっ、ハズレねー」


 ニコラは小さく折りたたまれた羊皮紙を広げ、さっと目を通すと、興味なさげに机に放り投げた。


「どっかの誰かさんの日記帳の隠し場所。誰もあんたの日記になんて興味ないっての」


 ユーリは羊皮紙を手に取り眺める。


『私の人生を綴った日誌の隠し場所を記す。パーシヴァル・アウグスト』


 見覚えのある名前に、ユーリの興味が惹かれる。が、大きな音を立てて入ってきた一人のエルフによって思考が中断された。

 驚いて扉の方を見るユーリとニコラ。昼過ぎだというのにソファーで寝ていたエレノアも跳ね起きた。


「ど、どなたですか……?」


 エレノアの問いには答えず、そのエルフ……セレスティアは部屋を見回し、ユーリに目をとめる。


「……いた」


 ズンズンとユーリに近づくセレスティア。


「セレスティア、どうしたの?」


「頭」


「へ?」


 ズバァーーン!!


 久々にセレスティアのハリセンが炸裂した。



「……ごめんなさい」


「許さない」


「うぅー……」


 セレスティアがエレノアの研究室に来てから小一時間。ユーリは説教され続けていた。

 いや、説教とは言わないかも知れない。何故ならセレスティアは特に言葉を発することなく、ただ腕組みをしてジッとユーリを見ているだけだからだ。

 時々ユーリが謝罪の言葉を口にしても、セレスティアはただ一言『許さない』としか言わない。

 普通に説教されるよりも体感時間が長い分、むしろ余計に辛いかもしれない。

 ちなみにセレスティアが怒っている理由だが、最近さっぱりセレスティアの所に訓練に来なくなったからである。

 以前は毎週必ずと言っていいほどの頻度で訓練に来ていたのに、シグラス村から帰ってきてから来る頻度が激減し、ここ一ヶ月の間は一度も来ていない。なんの連絡も寄越さずに。

 つまるところ、麗しの銀級冒険者セレスティアは寂しかったのである。

 ようやく怒りが落ち着いたのか、セレスティアが『許さない』以外の言葉を発する。


「なんで、来なかったの」


「……錬金術の研究に行き詰まってて、考え込んじゃって」


「ちゃんと身体動かさないと、良くない。健全な心、健全な生活から」


 セレスティアの口から出てきたとは思えないセリフに、ここまでセレスティアを連れてきたオリヴィアが絶句する。ザ・不健全な生活をしているセレスティアを、何とか真人間(真エルフ)に更生させるために日々奮闘している身からすれば絶句くらいするだろう。


「また、欲しい素材、ある?」


「ううん。そういうわけじゃないんだ」


「話して」


 言葉少なに催促するセレスティア。ユーリはことの詳細を話す。

 錬金術のこと、中和剤の事、シグラス村に行った目的、波長の事、等々。


「――というわけで、どうにもならない状態なの」


「……そう」


 ユーリの話を聞いたセレスティアはしばらくの間黙り込み何かを考える。

 そして一つ頷くと思いがけない言葉を発した。


「ヒントになるようなこと、知ってる、かもしれない」


「えっ!」


 錬金術など全くかじっていなさそうなセレスティアからの意外な言葉に、ユーリの目が期待で輝く。


「ほ、本当に!?」


「多分。でも、知ってるだけ。教えても、解決にはならないと思う」


「それでもいい! 何でもいいから教えて!」


 藁にもすがる思いで縋り付くユーリ。この膠着した状態から抜け出せるかもしれないのだ。


「一個、条件ある」


「何!? 何でも言って!」


 セレスティアは手に持ったハリセンをパシンと叩いて言った。


「次の訓練、合格できたら、教える。着いてきて」


 研究の扉から出ていくセレスティア。ユーリがついてゆく。

 放課後のグランドにユーリとセレスティアが対峙した。セレスティアの手にはハリセン。

 ハリセンを構えると同時にセレスティアが言う。


「左腕」


 スパーン!


「右足」


 スパーン!


 やっていることは以前の訓練と同じだ。セレスティアが口にした所を、可能な限り早くユーリが偏重強化する。

 十分ほど経って、セレスティアが大仰にうなずいた。


「うん。なまっては、ない」


「ねぇ、セレスティア。これ、前の訓練と何が違うの?」


 ユーリが当然の疑問を口にする。前回とやることが同じなら、既にユーリは合格をもらっているのだ。ならば早くヒントを教えてほしい。


「違うのは、ここから」


 セレスティアはシャランとハリセンをもう一本取り出した。


「どこに隠し持ってたのよそれ……」


 オリヴィアのツッコミを無視して構える。そう、二刀流である。……ハリセンの二刀流なのでなんだか間抜けだ。

 それでユーリは気が付いた。セレスティアが何をしようとしているのかに。


「まさか……」


「……右腕と左足」


 ズババァーーーン!


 ユーリが宙を舞った。

 ユーリは前回の訓練で、咄嗟に偏重強化をする術を身に着けた。しかし、それが2箇所ともなるとそう簡単には行かない。魔力を分割、異なる場所への集中、そして強化。

 最初から2箇所を意識していれば難しいことではない。現にユーリも両足の偏重強化は既にやっている。

 しかし、それが直前に指定された2箇所となると、難易度が跳ね上がる。右手と左手等であれば出来ないこともないが、頭と右足等の2箇所となると難易度がさらに上がる。


「ユーリ、咄嗟の偏重強化、できるようになった。けど、攻撃が一箇所とは限らない」


 どこか楽しそうにセレスティアは言う。


「2箇所出来れば、反撃にも応用できる。これができたら、ヒント、教える」


「……アハハ」


 ユーリは仰向けに寝転がり、思う。偏重強化を使いこなした気になっていた。これである程度は強くなれたと自惚うぬぼれていた。しかし、セレスティアからすればまだまだ基礎を身に着けた程度でしかなかったのだ。

 己の浅慮せんりょを恥じると同時に、胸が高揚する。高みは遥か先。これが興奮せずにいられようか。


「立って」


「うん!」


 ユーリは反動をつけて跳ね起きる。

 さぁ、楽しい訓練の始まりだ。



「じゃあ、今日はここまで」


「ありがとう、ございました……」


 宵闇よいやみが漆黒に変わる直前で、ようやくセレスティアによる訓練が終了を迎えた。

 汗と土でドロドロのユーリと、どこか満足げなセレスティア。

 結局、今日の訓練でユーリは成果らしい成果は得られなかった。それでもユーリは清々しい気分であった。毎日毎日研究室に籠もって淀んだ心が、スカッと洗われた様な気持ちだ。


「研究するな、とは言わない。けど、身体動かすのも、大切」


「うん」


「また、来ること」


「うん!」


 相変わらず研究は先に進んでいない。結局セレスティアからヒントも得られなかった。

 それでも、ユーリは久々に清々しい気分になったのであった。


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