第089話
「――という訳でね、ニコラから貰った魔力箱を開けることが出来たんだ。だから、中身どうしようかと思って」
「……うん」
エレノアの研究室に呼び出され、ユーリから一通り話を聞いたニコラは頭が混乱していた。
色々と突っ込みたいところが多い。多すぎる。
「あのさユーリ」
「なに?」
「とりあえず、ほっぺた抓ませなさい」
「え? う、うん……」
ふにふに。ふにふに。
ニコラはユーリのほっぺをつまむ。さわり心地はつきたてのお餅のようだ。たっぷり3分ほどそうしていると、ようやくニコラも落ち着いてきた。
「ふぅ、落ち着いた。それじゃあまず確認ね。この事、私以外の誰かに話した?」
「ううん」
「それじゃ、この事は、ぜっっっったいに誰にも話さないこと。絶対よ?」
「お姉ちゃんにも?」
「そう。お姉ちゃんにも、オリヴィアにも」
ニコラの言葉にユーリが口をとがらせる。
「みんな言いふらしたりなんかしないよ」
彼女らのことを信頼しきっているのだろう。そんなユーリに少しだけ苦笑いして、ニコラは表現をすぐに引き締める。
「別にフィオレ達を信用していない訳じゃないの。反対よ。フィオレ達が大切だから黙っておくの」
「どういうこと?」
「前にも行ったけど、高い技術を持っていると狙われるのよ。魔力箱、だっけ? 今まで誰も開けることの出来なかった遺物を開ける技術があると知られたら、どんなやつが何をしてくるか分からないわ」
一呼吸置いて、ニコラが言う。
「それこそ、ユーリの大切な人を人質にしてでも欲しがるでしょうね。『宝箱の鍵』であるユーリをね。それほどの発見だと思いなさい。分かった?」
ニコラの真剣な表情に気圧されて、ユーリはコクリと頷いた。
「エレノアさんもいいですね?」
「は、はひ!」
ニコラはユーリとエレノアの顔を何度か見て大仰にうなずく。
そして重たい空気を壊すように一つ手を叩いた。
「はい! 重たい話はここまで! ユーリ、エレノアさん、これは大発見よ! うまくやれば大儲けできるかもしれないわ! 早速だけど、その金貨とやらを見せなさい!」
今までの真剣な表情が嘘だったかのように、ニコニコ……いや、ニヤニヤしながらニコラが言う。頭の中ではまだ得てもいない大量のお金で溢れかえっているのだろう。
「はい。これなんだけど……エルドラード王国の金貨とは違うみたい」
ユーリは蓋の空いた魔力箱から金貨を取り出してニコラへと渡す。ニコラはその金貨を様々な方向から眺め、指でさわさわと触る。……触り方がいやらしい。
「おひょ、おひょひょひょひょひょ。んひ、金貨ちゅわん……ほひょひょひょひょ、こりゃまた大層な、大層な……」
まるで娼婦を目の前にしたスケベオヤジみたいになってしまったニコラに、ユーリとエレノアがドン引きする。
自分たちの専任になってくれた商人は本当に大丈夫なのだろうか。目が逝っている。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、ユーリはそっと目を逸らした。
「あ、あの、ニコラさん?」
エレノアが問いかけるとようやく正気に戻ったようだ。垂れかけた涎をジュルリとすすり、ニコラが真面目な顔で言う。……その手はまだいやらしく金貨を撫で回しているが。
「コホン。ごめんなさい。この金貨、確かに今使われているエルドラード王国の金貨では無いわね」
「やっぱりそうですよね。残念でしたね、ユーリくん」
「別にどうでもいいよ」
ユーリに慰めるような声をかけるエレノアと、興味なさげなユーリ。
「全然残念じゃありませんっ! そしてどうでもよくないっ!」
そんな二人にニコラが激昂する。
「これ、確かに『今の』エルドラード王国の金貨ではないわ。『旧』エルドラード王国の金貨よ。いえ、『旧旧』かしら。ともかく、とても古い時代に使われていた金貨であることは間違いないわ。考古学的な価値はもちろん、単純に金としての価値も当然高い。正確な価値は分からないけど……確実に現エルドラード金貨、十万リラよりは価値があると断言できるわ!」
サワサワと、金貨を撫で回し、大きく頷いてニコラが続ける。
「金の含有量は……少なくとも99%以上、おそらく純金ね」
何でもないことかのように言い切るニコラにエレノアが驚愕した。
「え? さ、触っただけで純金だって分かるんですか?」
エレノアの質問に、ニコラが当たり前のように答える。
「大体分かりますよ。まぁ貴金属じゃないと判別出来ないんですけど。それでも金を間違えることなんてあり得ないです」
「いや、それってかなりすごいことなんじゃ……」
流石は金の亡者ニコラである。
「それにしても流石はフォンティーニ一族ね! 魔力箱に旧金貨を入れておくなんて、分かってるじゃない! 私は今日ほど自分に流れるフォンティーニの血を誇らしく思ったことは無いわ! ユーリ、私に任せなさい! この金貨、私が高値で売りさばいてあげるわ!」
自分の先祖が残してくれた財産をなんの躊躇いも無く売り捌こうとするニコラ。この女、血より金なのである。
「と、ところでその、マージンについて、何だけどね……に……35パーセントでどうかしら?」
「え?」
「あーー! そうよねそうよね! 取りすぎよね! 分かってるわ! ユーリの言いたいことは勿論分かってるわ! でもほら、私の商人としての腕と人脈をフル活用すればだいぶ売上もあがるわよ!? ユーリだと買い叩かれる可能性もあるわけだし! だから私の腕を買うと思って、に……28パーセントなんてどう!?」
ユーリに莫大な借りがあるニコラだ。いつかきっと返そうと思いながら、しかし大金を前にしてしまうとどうしても浅ましい商人の顔でが出てきてしまう。
そんなニコラに対し、ユーリはあくびをしながら言う。
「ニコラにあげるよ、それ。元々ニコラのものだし」
「キョーーーーーーーー!!」
突然奇声を発するニコラに、驚いてユーリのあくびがとまった。
「ユーリ! あんたってやつは! あんたってやつは!」
ニコラにだって『もともと自分のものだったのに』という気持ちがもちろんあるのだ。しかし歳下の子供に1度『あげる』と言ったものを『返せ』だなんて言えるはずがない。
かといって簡単に諦められる金額でもなく、内心は非常に複雑な思いだったのだ。
そんな自分のぐちゃぐちゃな気持ちをもはや馬鹿にしているかのようなユーリの一言。
ニコラは涙目になってユーリの肩を揺さぶる。
「あんたっ! 私の心を弄んで楽しいっ!? 楽しいのかしらっ!? 楽しんでいるのねっ!?」
ガックンガックンとユーリの首が揺れる。
「おち、落ち着いてくださいニコラさん! ユーリ君の首がっ! 首がっ!」
「落ち着けるわけ無いでしょ!」
ニコラはユーリの肩から手を離し、指先をビシリとユーリに突きつける。
「よし分かった! その金貨を元手に荒稼ぎするわよ! そして稼いだ金額は五分五分! それで良いわね!?」
「う、うん……」
「見てなさい! あんたは大金を前にして私に泣いて感謝することになるんだから!」
ニコラは乱れた髪もそのままに、ユーリ腕を掴んで引っ張る。
「さぁ、行くわよ!」
「行くって、どこに?」
「骨董市に決まってるでしょ! 誰も開けることのできない魔力箱を買い集めて、中の財宝をすべて頂くのよ! ぐふ、ぐふふふふふふ、待ってなさい未知のお宝たち……一攫千金、大儲けよ!」
涎を垂らしながらニヤけた笑みを浮かべるニコラ。最初にニコラが言っていた『宝箱の鍵であるユーリに、どんなやつが何をしてくるかわからない』という言葉が説得力が増していた。今ユーリが魔力箱を使っての金儲けに『協力しない』と言ったら、ニコラはどうするだろうか。恐らく、どんな手を使ってでも協力させるだろう。例え悪魔に魂を売ってでも。
ユーリはフィオレやオリヴィアに、決して魔力箱の話はしないでおこうと心に誓った。