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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第三章、魔法への二歩目~ダイオウクラゲと中和剤~
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第084話

「命の恩人、ユーリとフィオレに捧げる! カンパーイ!!」


「「「カンパーイ!!」」」


 砂浜に声が響き渡る。

 ユーリがカッドの腕を治したあと、その日の漁はそれで終いとなり、日もまだ高いうちからカッドの快気祝いの宴が執り行われていた。

 唯一の腕を失い、漁師生命どころか命さえ危うい状態からの回復である。それはそれは喜びもひとしおであろう。

 漁師だけでなく、その妻子までもが浜に集まり酒に魚に舌鼓を打つ。

 ちなみに乾杯はさっきので20回は超えた。


「カッド、腕は治ったけど無くなった血は戻ってないんだから、あんまり無理しちゃ駄目だよ」


「がはは! だからこうやって酒と魚で血肉を増やしてんだよ!」


 ユーリがたしなめるも、聞く耳は無いようだ。

 そんな宴会に市場調査を終えたニコラが合流してくる。


「村がやけに静かだと思ったらこんなところにたくさん集まって……何? 今日も宴会やってるの?」


「あ、ニコラお帰り。あのね……」


 カクカクシカジカ。

 ユーリは今日の出来事を簡単に説明する。


「ユーリあんた、第三級位ポーション使ったの!?」


「うん」


「お代は貰ったんでしょうね!?」


「貰ってないよ。僕が勝手に使ったんだもん」


「勝手にってあんた……」


 またしてもユーリの行動に絶句させられるニコラである。


「第三級位ポーションの市場価値、知ってるの? 末端価格で五十万リラはするわよ?」


「カッドの腕が治ったならそれでいいもん」


 この子は、昨日あったばかりの、しかも頼みを断られた相手になんと優しいことか。いつかこの優しさを利用されるのではないかとニコラは心配になる。

 しかし、ニコラ自身もユーリの優しさに助けられたのも事実。あまり強く言うことは出来ないなと内心で苦笑する。


「いや、商人の姉ちゃんの言うとおりだ。こんな大恩を受けておきながら礼もしねぇとあっちゃシグラス村の恥だ」


「別にいいよ」


「ユーリが良くても俺が良くねぇんだ。ただ、五十万リラなんて大金、とてもじゃねぇが準備できねぇ」


 シグラス村は小さな漁村だ。売買は基本的に物々交換である。通貨を溜め込む風習などあるはずがないのだ。


「だから村の漁師全員でダイオウクラゲの捕獲でもしようかと思ったんだが、しかしなぁ……」


 カッドは腕を組み難しそうな顔で考え込む。


「色無鮫が出たとあっちゃ、しばらく漁自体ができねぇかもな……」


「色無鮫?」


「ああ。気性の荒い鮫だ。その名の通り透明な鮫でな。ダイオウクラゲが大好物だ。昔の漁で網にダイオウクラゲが引っかかったとき、奴がやってきたんだ。大口開けて大事な網と、そして俺の左腕も一緒に食いちぎって行きやがった」


 カッドは今はない左腕を庇うように身を縮ませる。


「とっさに銛を投げたが、背びれっぽいところに刺さっただけで致命傷には程遠かった。あいつ、どっかでくたばってくれてたら良かったのによ。生きて復讐にでも来たつもりなんだろうな。失った物はこっちの方がでけえってのに」


「カッドの腕を食べた鮫と同じ鮫なの?」


「一緒だろうな。やつの身体に黒い点があった。俺が刺した銛の跡だろう」


「倒せないの?」


「倒そうとはしたさ。村出身の冒険者の奴に頼んでよ。だけど駄目だった。ダイオウクラゲを食ってるからか知らねぇが、あんまり魔法が効かねぇんだ、あいつはよ」


『魔法が効かない』。その言葉にユーリがピクリと反応する。もしかしたら良い中和剤になるかもしれない。


「あいつがいるうちは漁は中止だなぁ」


 漁を中止するということは、この村の主産物の製造がストップするということである。

 カッドは苦々しい顔でため息をついた。


「……ねぇ、倒そうよ。色無鮫」


「は?」


「倒してしまえば漁ができるんでしょ? これから怯える必要もないし」、や


「いや、それが出来たら1番だが、出来ねえから困ってんだよ」


「多分出来るよ。ね、お姉ちゃん」


 ユーリはフィオレを見る。その目は自分とフィオレの力があれば絶対に成し遂げられると確信している目だ。

 フィオレは知っている。この目をしているときのユーリは絶対に譲らない。

 反対するだけ時間の無駄である。


「どうやって色無鮫を倒すの? 説明してみて」


「うん! あのね、まず用意するものがね……」


 酒に酔って若干頭の回らないカッドを、ユーリは無理矢理納得させるのであった。



 二日後の朝。

 一日かけていろいろと準備を終えたユーリ達は桟橋に集まっていた。

 今回、色無鮫討伐作戦に参加するのは五人だけだ。

 ユーリ、フィオレ、レイの乗る舟と、カッドと副漁師長のヘリングの乗る舟の2隻での出航となる。

 3隻以上になると、フィオレが水魔法で動かせるか懸念が残るため、確実に動かせる2隻での出航となったのだ。


「言っても無駄だと思うけど言っておくわ。良い? ぜっっったいに無茶はしないこと。絶対よ?」


「うん、分かった!」


「うん、分かってないわね。行ってこい!」


 ニコラの念押しに元気よく返事するユーリ。返事だけは良いユーリの背中をバシンと叩いて送り出す。

 カッドとヘリングも激励してくれる漁師仲間に言葉を返し舟に乗り込んだ。


「お前ら行ってくるぜ! 今日の晩飯はサメ料理だ、楽しみ待ってろよ!」


 鮫退治の開始である。


 作戦をシンプルに説明すると以下となる。

 ・ダイオウクラゲのいる海域に行き、引き網でダイオウクラゲを捕獲。

 ・フィオレの水魔法で推進力を得て浜まで戻る。

 ・村で1番視力の良いレイが見張り、色無鮫が向かってきたらダイオウクラゲに喰らいつかせる。

 ・紐付きの銛を色無鮫に刺し、浜まで引き上げる。

 といった感じだ。

 色無鮫が来なければ来ないで、ダイオウクラゲが手に入るのでまぁよしといったところだ。

 そしてこの作戦の肝となるのが……


「すげぇ網だな、これ」


 ユーリが昨日作成した網である。

 1から作ったわけでは無いが、カッドが使用している網に錬金術で剛性と粘性を付与したものだ。

 重量は増加しているが、ちょっとやそっとじゃ破けたりはしないだろう。たしかにこれなら鮫の歯にも耐えられそうだ。


「……あのクソ鮫にようやく復讐ができるぜ」


かしら、やったりましょう」


 静かに闘志を燃やすカッドとへリングであった。

 そんなカッド達とは対象的に、ユーリ達の舟はのんきなものである。


「わぁ、すごい!」


 船から水中を覗き込んで歓声を上げているのはフィオレだ。ユーリが作った水中を観察する道具を夢中で覗き込んでいる。

 作ったと言っても別に錬金術を使っているわけではない。ただ大きめの筒にガラスをくっつけて、光の全反射を抑えただけのものである。

 しかし、それがあるだけで水中のみやすさには雲泥の差が出る。色とりどりの珊瑚が揺れる世界がはっきりと見えるのだ。はしゃいでしまうのも無理はない。


「お姉ちゃん、僕も! 僕も!」


「もう少し、あとちょっと見せて!」


 普段大人ぶってはいるが、フィオレとて十歳の子供である。歳相応のやり取りだ。


「あのなぁ……もうちょっと緊張感持ってくれよ……。ていうかユーリは漕ぐの手伝ってくれ」


 これから父の腕を奪った憎い鮫とやり合うにしては、少々空気がゆるすぎる。

 2つの舟の間に温度差はあるものの、順調にダイオウクラゲのいるところまでやってきた。

 ユーリの目線で何とか浜が視界に入る。陸から2キロと言ったところか。


「よし、このあたりだろう。レイ、見つけられるか?」


「うん」


 レイは揺れる船の上で立ち上がり、キョロキョロと周りを見回す。

 目的のものは数秒で見つかった。


「あっち、二百メートルくらいかな」


「でかした」


 レイが指差す方をユーリが凝視するが、特に何も見つけることは出来ない。

 しかし、舟を近づけて見ると……


「すごい! 大きい!」


 ニメートル程の大きさで、長い触手をユラユラと漂わせているダイオウクラゲが見つかった。

 想像よりも大きなクラゲにユーリは歓声をあげる。


「よし、ユーリ。網を頼む」


 近づいてきたカッドが腕を伸ばしてユーリに網を握らせる。

 2つの舟の間に網を張る形となる。


「……本当に大丈夫か?」


 一昨日ユーリに作戦を聞いた際に、ユーリの膂力りょりょくは確かめたが……それでもやはり不安が残る。何せ見た目はただの少女なのだ。


「大丈夫だよ。カッドもちゃんと網を握っててよね」


「はっ、海の男を舐めんじゃねぇ。だが、危ねえ時は網を離せよ。命より大事なもんはねぇんだからよ」


「うん、分かった」


 ユーリとカッドが網を広げ、ヘリングとレイが舟を漕ぐ。網はゆっくりとダイオウクラゲに近づいていき……


 ズムン


 ただでさえ重たい網に、二百キロほどの重量のダイオウクラゲが引っかかる。

 ユーリとカッドの腕に負荷がかかるが、耐えられないほどではない。

 さて、次はお待ちかね、フィオレの魔法の出番である。


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