第083話
翌朝、ニコラは昨日に引き続き市場調査へ、ユーリとフィオレは一縷の望みにかけて浜辺を散策していた。
何故か朝から宿の近くをウロウロしていたレイも一緒である。
「なぁユーリ。ダイオウクラゲをどうしたいんだ? 錬金術に使うってのは聞いてるけど」
「中和剤として使うの」
「中和剤?」
「うん。クラゲの仲間は錬金素材の属性値を弱める効果があるんだ。クラゲの中でもダイオウクラゲはその効果が高いの」
「ふーん?」
聞いては見たものの、レイはいまいち理解して無さそうだ。
「んで、その中和剤ってのが手に入ったら何を作るんだ?」
「誰でも全ての属性の魔法が使えるようになる魔導具」
「へ?」
ユーリの言葉を聞き、呆気に取られた顔になるレイ。しばらくして大笑いし始めた。
「全ての魔法が使えるようにって、あははは! そんなの無理に決まってるじゃねぇか! あんまり詳しくない俺でも知ってるぜ。自分の属性以外の魔法は使えねぇってさ! 今までたくさんの研究者が何人も何年も実験して来て出来なかったんだろ? できるわけ無いじゃねぇか!」
真っ向から全否定されたユーリだが、特に気を悪くした様子はない。そんな反応はもう慣れっこである。
誰に笑われようと自分は成し遂げる。その為の努力をし続ける。それだけである。
そんなユーリの真剣な顔にレイは笑うのをやめた。
「……えっと、本気か?」
「うん」
「そうか。笑ってごめん。本気で言ってるとは思わなかったぜ」
「ううん。難しいってことは分かってるから。レイはさ、いろいろな魔法を使いたいって思わないの?」
「うーん、そりゃ簡単に使えるなら使ってみてぇけど、別に困ってねぇからなぁ。魔法が無くたって火は起こせるし、水は汲んでくればいい。土は掘ればいくらでも手に入るし木々は勝手に大きくなる。そんなことより、俺は早く立派な漁師になりてぇ! 片腕が無くったって村一番の漁師である父ちゃんみてぇにな!」
レイの言葉にユーリは少し驚いた。ユーリにとって魔法は全てだと言っていい。魔法を使えるようになることに全霊を捧げるつもりであるし、そのためならどんな苦難でも超えるつもりだ。そしてこの世界の人達は皆、魔法に憧れを抱いているものだと思っていた。
しかし目の前の褐色に焼けた少年は違う。自分の夢を追うのに必死で魔法なんて視界にも入れていないようだ。
「そっか。凄い漁師になれるといいね」
「ああ!」
そんな会話をしていると、桟橋に船が何艘か帰って来た。
「あれ、今日の漁はもう終わり? まだ昼前だけど」
「……おかしい。昼前に帰ってくることはあるけど、早すぎる。何かトラブルがあったんだ!」
言うが早いか。銛を置いて全力で駆け出すレイ。ユーリも後を追う。
大急ぎで桟橋まで来ると何やら非常に騒がしい。怒号にうめき声も聞こえる。レイの言う通りトラブルが起こった様だ。
「どうした!? 何があったんだ!?」
レイが近くの漁師に話しかけると、焦った声が返ってくる。
「レイか! 慌てずに聴け! お前の父ちゃんが!」
「父ちゃん!?」
話を最後まで聞かずに騒ぎの中心に向うレイ。大人たちをかき分けて行くと……
「な!? と、父ちゃん!!」
そこには、一本しか無かった腕を失ったカッドの姿があった。
二の腕の真中あたりから切断しているらしく、布を巻き出血を抑えているが、それでも赤い液体がドンドン溢れてきている。
「ハァ……ハァ……レイか……ぐぅっ!」
「なんで、どうしたってんだよ! なぁ!!」
取り乱すレイに、隣に立つ漁師の男が答える。
「……色無鮫が出たんだ。カッドが網を下ろした瞬間、その網に噛み付いてカッドを海に引き摺り落とそうとしやがった。ちょうど腕に網を巻き付けていた時だ。かなり腕に食い込んじまってて……切断するしかなかったんだ」
男は手に持った布を巻かれた長いもの……カッドの腕をレイに渡す。
「そんな……父ちゃんの腕が……」
レイの両目から大粒の涙がボロボロとあふれる。
「な、泣くなレイ……命があっただけで、儲けもんだぜ……」
痛みのせいか油汗を浮かべながらも、カッドがニヤリと笑う。
「ぐぅ……父ちゃん……父ちゃん……」
◇
カッドの腕が切断されていると理解した瞬間にユーリは全力で走り出していた。泊まっている宿の扉を勢い良く開けて、ポシェットを引っ掴む。
「ユーリ? そんなに慌ててどうしたの?」
「お姉ちゃん、来て!!」
ポシェットを肩にかけ、フィオレを抱きかかえる。身体強化を発動しているユーリにとっては造作もない事だ。
そのまま勢いよく走り出す。
「ちょ、ちょっとユーリ! 怖い、怖ってば!」
ユーリはフィオレの静止も聞かずにかける。
あっという間に桟橋までたどり着くが、何人もの漁師建達カッドを取り囲んでいるため前に進めない。
「どいて!!」
フィオレを抱えたまま無理矢理割って入り、なんとかカッドのもとにたどり着く。
「な! カッドさん!?」
フィオレもようやく緊急事態だと理解した。
「レイ! カッドの包帯を外して脇のところで縛って!」
「な、なんだよ! そんなことしたら傷口が!」
「いいから早く! 腕の包帯も外して! お姉ちゃんは水魔法で傷口を綺麗にして!」
「分かった!」
「な、何だってんだよ!」
ユーリの剣幕に押され、レイはカッドの腕に巻かれた包帯を解く。
「ぐあぁ!」
痛々しい傷口が露わになる。肩口で止血しているため出血はそこまで酷くないが、早く治療しなければ大変なことになるだろう。
「水の精霊、清らかなる水となり彼の者の傷口を洗い流せ」
フィオレの魔法によりカッドの傷口が浄化される。しかし、当然純水が傷口に触れればかなり滲みる。
「ぐあぁぁぁ!!」
「な、このガキ共! 何をしやがる!」
傍から見ればユーリとフィオレのやっていることは、重傷人をいたぶる行為である。当然漁師仲間が止めに入る。が、
「邪魔を、するなああああぁぁぁ!!」
ユーリは近寄ってきた漁師達を突き飛ばし、桟橋を思いっきり蹴り壊して近づけないようにした。
「このクソガキがぁ!!」
こうなってしまうと漁師達は手が出せない。
「レイ! 腕をくっつけて!」
「な、何だってんだよぉ……」
半べそになりながらも、レイが切れた腕をくっつける。そしてユーリがポシェットから取り出したものを見て目を丸くした。
「ユーリ、お前、それ……」
「動かさないで!」
ユーリが取り出したもの、それは以前エレノアに作ってもらった第三級位ポーションである。そうそう手に入れることが叶わない貴重なポーションを、躊躇うことなくカッドの傷口に垂らす。慎重に、タラタラと。
垂れたポーションは、シュウという音と共に、切断された腕を修復し始めた。
騒がしかった漁師たちも、今は静まり返ってその様子を見ている。
ポーションを使い切る頃には傷口から音もしなくなり、切断面はまるで何もなかったかのように綺麗に結合していた。
「……動かしてみて」
「あ、あぁ……」
途中から痛みが消え、腕が治っていくさまを呆然と見ていたカッドが恐る恐る指先に力を込める。
動いた。
「……ふぅ〜〜〜」
ユーリはぺたりと座り込む。
第三級位ポーションが欠損部位の結合効果があることは知ってはいたが、実際に使ったのは初めてだったのだ。
そんなユーリをよそに、カッドは手を何度も握り、肩を回したり、背中をかいたり……
「治った……治った! 治ったぞおおおおぉぉぉ!!」
「うわっ!」
片腕でユーリをヒョイと持ち上げて掲げて叫ぶ。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」
漁師達とレイの歓声が、シグラス村に轟き響いた。