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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第三章、魔法への二歩目~ダイオウクラゲと中和剤~
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第080話

 宿と聞いて想像するのは、大きな建屋にいくつも部屋が区切られている様子だが、シグラス村の宿はそういうものではない。

 豊富な土地と資材があるため、わざわざそんな建物を作る必要が無いのだ。

 丸太で出来た小さなログハウスがこの村の宿である。ちょっとしたリゾート気分だ。砂浜が見える場所にずらりと20は並んでいるだろうか。

 ユーリとフィオレがはしゃいでいる間にニコラが手続きをすませて、鍵を持って来る。


「あ、僕もお金払わないと!」


「いいわよ。ユーリには道中の護衛してもらってるし、フィオレには水の確保をしてもらってるんだから」


「でも……」


 申し訳無さそうな顔をするユーリ。ニコラはそんなユーリの額を人差し指で突き呆れた様に言う。


「はぁー。あんたにはいつか金勘定ってのを教えなくちゃいけないわね。別に遠慮して言ってるんじゃないんだから。私は自分が損をすることが、死ぬことの次に嫌いなの。それよりもほら、さっさと荷物を置いて温泉に行くわよ!」


 荷物をログハウスに放り込みいざ温泉へ。

 宿からそう遠くない、モクモクと白い煙の上がっているところへと向かう。

 温泉を管理しているであろう建物に入ると、番台らしきお婆ちゃんが一人、カウンターで眠っていた。

 一応男湯と女湯で分かれているらしく、向かって右が女湯、左が男湯のようだ。


「お婆ちゃん。三人お願い」


「んあ? お客さんかい? はいはい、女のコ三人だね。一人五百リラだよ」


 ニコラがお金を払い、フィオレがユーリの手を引き、三人は右側の女湯へ……


「ねぇ、僕は男だから左側だよ?」


「いいの」


 ユーリのもっともな意見はフィオレにピシャリとさえぎられる。


「え、でも……」


「いいの。ユーリ、いいの。分かった? いいの」


 フィオレはなんの根拠もない主張を、勢いだけで押し付ける。


「ニコラさんも構いませんよね?」


「まぁ別に、私はユーリのこと男として見たことはないから構わないわよ。でも他のお客様もいるかもだから……」


 ニコラの意見を聞いて、フィオレは番台のお婆ちゃんに問う。


「お婆ちゃん。この子、男の子に見えますか? 女の子に見えますか?」


「何じゃ? めんこいおなごに決まっとるわい」


「ありがとうございます。それじゃユーリ、ニコラ、いきましょう」


 これまでになく強引なフィオレである。どうしたと言うのか。


「あんたねぇ、ちょっと強引すぎない?」


 呑気にそんなことを言うニコラの肩をガッと掴み、フィオレは顔を近づけ真剣な眼差しで言う。


「男湯はケダモノの巣窟そうくつです。そんなところにこんなに可愛いユーリが入ったらどうなりますか? 全身を舐め回す様に見られ、事故を装って触られ、そのままあんなことやこんなことをされるに決まってます! 変態教官ノエルの様に!」


 ノエルの件は冤罪である。


「いやぁ、流石にそんなことは……」


 言いながらニコラは思い出した。以前、奴隷売買の現場を見たときのことだ。

 男達は皆いやらしい目で女奴隷を見ていた。その胸を、尻を、陰部を。しかし、そんなゲス野郎達の目が一層真剣になったのは美形の少年が現れときだった。

 何を想像してか、変態共は美少年の体を血走った目で視姦し、鼻息荒く、股間を膨らませ……

 ニコラは身震いし、真剣な目でユーリに言う。


「ユーリ、一緒に入るわよ」


「えっ」


「大丈夫、あんたはフィオレと私で守るから」


「え、いやでも」


「身体は大切にしなさい」


 よくわからないまま、ユーリは女湯へと引きずられて行くのであった。



 もっともシグラス村は観光客の多い村ではないし、今日は平日でさらに早い時間だ。先客は一人もいなかった。


「あっはああぁぁぁ〜〜。長旅で凝り固まった身体に染みるわぁ〜〜」


 ニコラが16の少女らしからぬ声を上げる。

 三日間の馬車旅、しかも手綱を握っていたものだからニコラの肩は凝り固まっていた。そこにこの塩泉である。気持ちよくないはずがない。


「温泉、素晴らしいですね。領都に無いのが悔やまれます」


 最初は乗り気でなかったフィオレも、すっかり温泉の虜のようだ。キメの細かい白い頬を上気させてご満悦だ。


「なんだろうこれ。汚れじゃなさそうだし……錬金術に使えるかな」


 ユーリは温泉よりも、漂う湯の花に興味津々のようだ。まだまだ子供である。

 しばらく温泉を堪能した後、ニコラがユーリに声をかける。


「ユーリ、明日からの予定について話したいからちょっと近くに来なさい」


 ニコラの呼びかけに、湯の花を集める手を止めて何でも無いかのようにニコラに近寄るユーリ。

 あどけなく可愛らしいその顔に、ニコラはお湯をかけた。


「ワプッ! ……何するの!」


「あんたねぇ。少しは躊躇ためらいなさいよ。十六の乙女が柔肌を晒してるってのに。だいたい何で私より可愛いのよ、腹立つわねぇ」


「ニコラの方が可愛いよ?」


「ッ! ……うるさいっ! それよりも明日からの予定!」


 ニコラの顔が赤いのは温泉のせいか、はたまた別に理由があるのか。

 自分から話をふったくせに、ニコラはその話をぶった斬った。


「私は2日くらい市場をぶらついたり商品を売りまわったりするつもり。二人はどうする?」


「私は基本的にユーリと行動をともにします」


「僕はとりあえず漁師さんたちに話を聞きに行ってみる。ダイオウクラゲ、獲れてるといいな」


「了解。ダイオウクラゲに限らず売買の話になったら必ず私を呼ぶこと。勝手に契約しないこと。良い?」


「はーい」


 三人は温泉でゆっくりと疲れを取り、明日の散策に向けて休むのであった。


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