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第008話

「ここがこれから通う学校かー」


 翌日ユーリは一人で魔法学園に来ていた。

 ここまで連れてきてくれた行商人のおじさんとは朝別れ、フィオレは寮に戻らなければならないため昨日ご飯を食べたあとに別れた。


「これから9年間、お世話になります」


 重厚感のある巨大な校門にペコリと頭を下げる。

 ここベルベット魔法学園の修学期間は9年間。7歳から入学でき、初等部3年、中等部3年、高等部3年である。高等部のさらに上には研究院があり、4年間の履修期間という一応の定めはあるが、卒院しなければならないという定めはない。過去には貴族の三男坊が、老衰で死ぬまで院で研究し続けたという記録もある。

 集合の時間は午後一の刻。まだ時間はあるので、ユーリは学園を見て回ることにした。


 ベルベット魔法学園は、ベルベット領都の中の、貴族の多く住む第一区画と平民街である第二区画の間に位置する。

 南に向かって大きく扉を開く校門をくぐると、まっすぐに大きな道が伸びており、右手には女子寮、左手に男子寮が構える。男子寮、女子寮は三棟あり、手前から高等部、中等部、初等部だ。

 その奥に大きくそびえるのがベルベット魔法学園の校舎であり、校門から続く太い通路をアーチ状に跨ぐように建っている。

 まるでトンネルかのようなアーチを抜けると、広いグラウンドへと続く。

 グラウンドの右側に研究等と菜園場、左側に体育館と訓練場。グラウンドの奥には大きな湖畔がある。

 

 広い。ユーリはただただその圧倒的な佇まいに気圧されていた。

 昨日は余裕がなくてまともに見て回ることはできなかったが、こうやって見回すとここがベルベット領で一番大きい学園であることに納得ができる。

 マヨラナ村の住人全員がここに来ても、まだまだスカスカなのだ。

 しばしば圧巻されていると、研究等から人影が現れた。黒いローブを来たその人はフラフラと歩くと、パタリと倒れた。


「…………えっ!?」


 学園の大きさに圧倒されて呆けていたユーリだったが、ようやく現実に戻り、その人影の方に走り出す。

 倒れていたのはボサボサの緑髪の女性であった。

 丸顔童顔で目は大きく垂れ目、身長低めの可愛らしい女性だが、出るとこが大きく出ている。さぞかし男性に人気がでそうではあるが、その顔は窶れて黒く所々汚れている上にくまがひどい。薄く開いた唇もカサカサである。


「あ、あの! 大丈夫!?」


「……あ、み、水を……」


「水!? え、えっと、どこにあるんだろう……」


 今日入学したばかりのユーリである。水場がどこにあるかなど分かろうはずも無い。


「う……水……」


「えっと……ちょっと分かんないから、人がいるところに連れていくね!」


 人を呼んでくるにしても、この人をこのままにしておくのはまずいと思い、ユーリは学園の医療室的な所に連れて行くことにした。

 魔法強化をかなりの出力で発動し、おんぶ……しようとしたがユーリの身長が低すぎてローブの人を引きずってしまうことに気が付き、お姫様抱っこの形で連れて行くことにする。


「舌噛まないように気をつけてね!」


「み、水……ってキャアアアアアァァァァ!!」


 女性は叫んだ。

 喉が渇いていることなど忘れて。

 小さな子供であるユーリの細腕に抱えられて、スポーツカーのような加速度で走られたら怖いに決まっている。

 女性はユーリにしがみつき、絶叫し、そして失神した。


「多分ここだ! 医療室!」


 しばらく学園内を走りまわり、ユーリはようやく医療室らしき部屋にたどり着く。


「お邪魔しますっ!!」


 ノックもせずに扉を開けると、窓を開け春の陽気にボケーっとしていた保険医エマの肩が跳ねた。


「っっっくりしたぁ〜〜! もぉー、ちゃんとノックしないと駄目よぉ。ってあら、昨日のいい声で鳴く子じゃない、入学おめでとぉ〜」


 ユーリはエマの顔を見て、昨日の激痛が脳裏をよぎり身震いした。しかし今は腕の中の患者である。自分の過去の怪我より、今病気になっている人優先だ。


「さっき研究院から人が出て来て! ふらふらーってして倒れて! なので連れてきたの!」


「あら〜、急患〜? って、エレノアじゃない。また倒れたの〜?」


 ユーリが運んで来た緑髪の女性の名は、エレノア・ハフスタッター。去年高等部を卒業し、そのまま院に進学した研究大好き人間だ。

 今までにも寝食を忘れて研究に打ち込みすぎて、過度の睡眠不足、脱水症状、低血糖など、不摂生が原因で幾度と無く医療室に運ばれて来た不健康優良児である。

 もう院生になったのだから、『児』とは言わないかもしれないが。


「って、失神までしてるのは珍しいわね〜」


「最初は『み、水……』って呻いてたんだけど、急いで連れてきてる途中で悲鳴を上げて意識をなくして! だ、大丈夫かな……」


「悲鳴を上げて失神……変な薬物でも作って飲んじゃったのかしら〜」


 失神の原因はただの恐怖である。

 エマはエレノアの呼吸を見たり、瞳孔を確かめたりしたあと、


「うん、大丈夫大丈夫、ちょっと刺激すればすぐ起きるわ。脱水と栄養失調もあるから、エマちゃん特性激ニガ健康薬を飲めば、意識を戻して栄養も取れて水分も補給出来て一石三鳥ねぇ〜」


 ふんふーんと鼻息混じりに取り出したのは、紫と緑が混ざった得体のしれない液体である。ゴポリゴポリと音を立てているのが不気味だ。


「ふふふ、この健康薬、劇薬すらしのぐほど苦くてまずいのよね~。エレノアちゃんはどんな顔を見せてくれるのかしら〜。あ、ユーリ君も見てく〜?」


「あ、い、いえ。結構です……」


「あらそう〜? もったいないわね~」


 ユーリは離れていても鼻を突く劇臭に後ずさり、そのまま保健室を出ていく。

 エレノアという女性だって、年下とはいえ異性にあられもない姿を見せたくはないだろう。


「お邪魔しましたー……」


ユーリが医療室の扉をしめるとすぐに


「んがっ!! んぐぅぅぅ!! おぼろぇッ!! くぶふ! んーーーー!! んーーーーーー!!」


 激しい嗚咽の音と、ベッドの上でバタバタと激しく暴れるような音が響いてきた。


「もー、最後まで飲まないとだめよー?」


 恐らく、押さえつけられているのであろう。あの白衣の悪魔に。苦しみにあえぐ患者を押さえつけて、得体のしれない物を無理矢理……

 ユーリはそれ以上考えるのをやめた。そして誓った。

 健康には絶対に気をつけようと。


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