第070話
「試合、開始っ!!」
審査員の声に観戦者達がドッと湧く。
「水の精霊よ、壁となって私を守りなさい」
「火の精霊、火球となりてあの不埒者に襲い掛かれ!」
ナターシャは守りのために分厚い水の壁を作り、フィオレはいくつもの火球をナターシャへと飛ばす。
流石に水の壁には突破できないのか、少し蒸発させるものの火球は消えていく。
「中々に厚い壁ね。いいよ、それごと燃やし尽くして上げる! 火の精霊よ、大きな大きな火球となぁれ、もっともーっと大きくなぁれ!」
フィオレは総当たり戦のときにも使用した魔法を唱える。どんどん大きく熱量を増す火球にナターシャは顔を引き攣らせる。
「火の精霊よ、火球となりて襲い掛かれ!」
水の壁を維持しながら、ナターシャは火球を作りフィオレへと飛ばす。
「水の精霊よ、水球となり向かい打て!」
しかしフィオレは水魔法で相殺する。あの大きさの火魔法を使いながら、水魔法の詠唱と的確な対応。
フィオレの魔法を中断させられると思っていたナターシャが焦る。
「火球よ、あの不埒者を燃やし尽くせ!」
フィオレは大きくなった火球をナターシャの方へと動かす。ズズズ、とゆっくりと近づいていく火球。
水の壁があるとはいえあの熱量だ。ぶつかればただでは済まないだろう。医療チームがいつでもかけ出せるように身構える。
「光の精霊よ、弾けろっ!」
ナターシャが叫びながら目を瞑る。フィオレの前で光が激しく瞬いた。光魔法である。
「くっ!」
激しい光に目をやられるフィオレ。見えないまま火球をナターシャへと落とす。水の壁が激しく蒸発する音とともに、火球が弾けた。
光で目がくらんでいるフィオレはうまく周囲を把握できない、が。審判の声が聞こえないということは試合が続行しているということだろう。
「水の精霊よ、私を守る壁となれ!」
フィオレが魔法を発現するとすぐに、水の壁に無数の火球が降り注ぐ。間一髪である。
火球がやむ頃に、ようやくフィオレの視力が戻る。目に映るのはびしょ濡れのナターシャの姿。目眩ましと同時に水の壁を抜け、フィオレの火球から距離を取ったのだろう。
「ふーん、やるね」
「……貴女もね」
両者、互いに舌を巻いていた。
フィオレは正直、今年は余裕で優勝できると思っていた。去年苦戦した人達は今年から中等部なので戦うことはないし、大賢者ヘフマン・ホフマンのもとで修行をつけてもらっているのだ。苦戦する相手がいるとは思えなかった。
一方ナターシャも苦戦を強いられるとは思っていなかった。
二学年上と言えども、相手は田舎村出身だ。幼少のころから宮廷魔術師団の師団長直々の指導の元、魔法の腕を磨いてきた自分に、負ける要素などないと思っていたのだ。
「それじゃ、次で終わりにしてあげる。君、体力無さそうだし」
連日の連戦、そして先程フィオレの火球を避けるために全力で走ったため、それだけでナターシャの体力は尽きていた。
「火の精霊、幾本もの槍となりて降り注げ!」
火球ではなく火槍として魔法を放つ。難易度は火球よりも一つ上がる。詠唱を聞いたナターシャも慌てて詠唱を始める。
「水の精霊よ、厚き壁となりて私を守れ!」
己の頭上に最初よりも分厚い水の壁をドーム上に展開する。こちらもただの平面の壁よりも難易度は上がる。
火槍であればこれで防げる。そう思って上を見たナターシャは驚愕した。
「なっ!? 氷槍!?」
おかしい、確かに詠唱は火槍だった。しかし事実、目に映るのは、氷の槍である。氷の槍を水の壁で防ぐのは心もとない。
「くぅっ!」
水の壁では攻撃を防ぎ切れないと判断したナターシャは急いで水の壁のドームから出る。しかし、それは判断ミスであった。フィオレの氷槍は水の壁を通れば幾分か鋭利さが無くなるものの、そのまま当たれば大怪我をする。
ザンッ
氷槍の一本がナターシャの脹脛に刺さった。
ナターシャは激痛に耐え氷槍を引き抜く。遠くから審査員が駆け寄ってきた。
まだだ、まだ負けてない!
「光の精霊よ、癒やしの光となりて怪我を治せ!」
癒やしの光魔法。そうやすやすと習得できる物ではないはずだ。フィオレは驚愕する。火、水に加えて光魔法まで。自分よりも2つも年下なのにそれらを実践レベルまで習得している。
おそろしい程の才能である。体力が無いのが惜しい。
足の治療を終え、再び臨戦態勢を取るナターシャ。しかし、
「まだ、やる?」
治療の時間をフィオレが待ってあげるはずもない。
二重詠唱で発現した夥しいほどの火槍と氷槍が、穂先をナターシャに向けて取り囲んでいる。
今から詠唱など間に合うはずもないし、これほどの物量を防ぐことのできる魔法など今のナターシャには使えない。
「……まいり、ました」
「勝者、フィオレーー!!」
会場が湧いた。
フィオレ、去年に続いて二度目の優勝である。
◇
一方その頃、華々しく騒々しい訓練場とは打って変わって、静かで暗い部屋で錬金術品評会が行われていた。
今年の参加者は十二人。初等部から高等部まで、すべて合わせて十二人である。なんと人気のないことか。
審査員はロマンを求める第一の錬金術派閥の長、堅実な第二の錬金術派閥の長、変人の集う第三の錬金術の長の3人である。
皆、爺。平均年齢は80を超えるであろう。
参加者十二人のうち、七人がポーション、四人が金属、そして残る一人、ユーリだけが魔導具での参加である。
「ほう、エレノアが卒業したので今年はポーションと金属だけかと思えば、また変なものを作ったやつがいるようだの」
「ふん、くだらん。貴重な素材を無駄にしおって」
「ほっほっほ、今年も変人がおったか。良きこと良きこと」
ポーションや金属の性能調査などすぐに終わる。話題は自然とユーリの作ったポカポカ君スプーンが中心となる。
「飲み物を混ぜれば暖かくなる、だと? 利便性は高そうじゃの」
「温かいものが飲みたいのなら湯を沸かせばよかろう」
「そもそも効果が本物かも分からんのぅ。どれ、試して見るかの。教官さんや、コップに水をついできとくれ」
第一の錬金術派閥の長は入り口に座っていた教官に言う。
「こちらに用意しております」
教官は事前に準備していたコップを手渡す。
「ふん、用意がいいな。どれ、ワシが試してやる」
第二の錬金術派閥の長はコップを奪うように取ると、ポカポカ君スプーンで乱暴にかき混ぜる。
スプーンの中心が光り、コップの中の水が段々と温まってきた。
「ほう。効果は嘘じゃないようだな」
そしてスプーンでお湯をすくい、フーフーと冷まして口へ……
「あっちゃあぁぁぁぁ!! はひー!! はひー!!」
口に入れた途端、第二の錬金術派閥の長は口を抑えて転げ回った。当然である。スプーンの先はそれはそれは熱くなっているのだから。
興味深そうにスプーンを見る第一派閥の長と、転げまわる第二派閥の長、そしてそれを見て腹を抱えて笑う第三派閥の長。
爺3人によるコントが行われていた。
「な、何がポカポカ君スプーンじゃ! スプーンとしての機能が全く役に立たん! 0点じゃこんなもん!」
「ホヒョヒョヒョヒョ! わしゃ十点をつけるぞい! お主が転げ回るなど初めてみたわ! それだけで価値があるわい! ホヒョヒョヒョヒョ!」
「素材はナイアードの髪に火トカゲの尻尾……コストが高すぎる。三点だな」
三者三様の評価。合計点十三点。
ユーリの初めての錬金術品評会は、十二人中十一位という結果に終わった。