第069話
順調に勝ち進むナターシャと別れ、ユーリはまたふらふらと歩く。次の目的は姉フィオレである。いくつもの試合会場があるが、目的の場所はすぐに見つかった。会場に大きな火球が出現したのである。どよめく周囲の観客達。
「おい、あれみろよ!」
「初等部の子供が使う魔法じゃねぇだろ……」
「今年も優勝はフィオレかなー。2連覇とかいつ以来だ?」
どうやらあのドでかい火球の下にフィオレがいるようだ。群がる観客達を掻き分け掻き分けユーリは進む。
小柄な身長を生かし、最前列の生徒の懐に潜り込むようにして入り込む。
「勝者、フィオレ!」
案の定、そこには姉の姿があった。ふぅと一息つき、フィオレは額に浮かぶ汗を拭う。
「お姉ちゃん!」
ユーリが声をかけるとフィオレは勢いよくこちらを向き、ユーリを見つけると花が咲いたような笑顔になった。
「ユーリ!」
フィオレが駆け寄ってきてユーリを抱きしめる。
「うれしい! 見に来てくれたのね!」
「うん。だけど来たときにはもう終わっちゃってたー」
「そっかそっか。時間ある? このあとすぐ試合なんだ」
「ほんとに!? じゃあここで見とく!」
「ユーリが見てるなら、お姉ちゃん張り切っちゃお!」
フンス、と気合を入れるフィオレ。それを見ていた次の対戦相手は顔を引きつらせていた。
一試合間に挟んだのちに、フィオレの試合がやってくる。
相手は初等部二年の女子生徒である。始まる前から腰が引けている。総当たり戦で昨年の優勝者フィオレに当たるとは運がない。
「試合開始!」
審査員の掛け声で詠唱を始める二人。
「つ、土の精霊! 壁になって私を守って!」
女子生徒は慌てた様子で詠唱する。少女の周りの土の精霊が盛り上がり、簡易な盾をつくる。
「火の精霊よ、大きな大きな火球となぁれ。もっともーっと大きくなぁれ」
フィオレは両腕を上げ、火球を作り出す。
最初は小さかったそれに魔力を注ぎ込み、より大きくより熱くしているのだろう。大きさは直径5メートルほど。
髪が焼けそうなほどの熱が周りの生徒にも伝わる。
「そしてあの子を焼き付く……」
「はわわわわわ! 降参! 降参です! やめてください! たすけて! 殺さないでー!」
半べそをかきながら女子生徒は審査員の方へとかけていった。相手の降参によりフィオレの勝利である。
「お姉ちゃんおめでとう!!」
「ありがとうユーリ!」
駆け寄ってきたユーリをまたもきつく抱擁するフィオレ。
「お姉ちゃんすごかった! あんなに大きな魔法使えるなんて、お姉ちゃんすごい!」
「お姉ちゃんも糞エロジジ……師匠に教えてもらってるからね。ユーリが冒険者の仕事をするときは、お姉ちゃんもお手伝いするね」
「うん、ありがとう!」
フィオレはこれで総当たり戦3勝目。当然ながら決勝トーナメントへと駒を進めた。
◇
四日後。決勝トーナメント最終日。決勝戦の行われる日である。天気は晴れ。乾いた寒い空気が吹く。
しかし、特設会場は熱気に包まれていた。
「それでは、初等部魔法実技大会の決勝戦を行います!」
風魔法により拡散された実況者の声が響き渡る。
「一人目はお馴染み去年の優勝者、三年金クラス、フィオレ!」
紫色の髪を揺らし、手を振りながらフィオレが登場する。ドッと会場が湧いた。
「昨年は二学年ながらも、三年の先輩方をコテンパンに倒し見事優勝を掴み取りました! その実力はお墨付き! 一部の生徒からは、初等部ではなく中・高等部の大会に出るべきではないかという声も上がるほど! それほどの実力者です! 二年連続の優勝となるか、見どころです!」
実況者の声に、観客の激励の声が交じる。
「さて、対する挑戦者は……なんと、一年鉛クラス、ナターシャ・ベルベット!」
ナターシャがどこか不機嫌そうに登場すると、会場はどよめいた。
「ななななんと、紛れもなくベルベット家のご令嬢です! 先輩達を押しのけて、なんと一年、しかも鉛クラスからの決勝進出です! 過去に一年鉛クラスからの決勝進出者はおりません! もしかするともしかするのか!? 伝説が生まれようとしているのかー!?」
実況者が煽りに煽り、会場は大盛りあがりである。ナターシャは至極迷惑そうな顔をしているが。
フィオレとナターシャが歩み寄り握手をしようとしたとき……
「お姉ちゃーん! ナターシャー! どっちもがんばれー!!」
二人にユーリの声援が届いた。あどけない声援にフィオレの頬が緩み、ナターシャは苦笑いする。
少しして、二人は自分だけではなく相手も応援されていることに気がつく。
ガシッとナターシャの手を握り、フィオレは満面の笑みで問うた。
「はじめましてナターシャさん。さっそく聞きたいのだけれど、貴女はユーリとどういう関係なのかな?」
何処か凄みのあるフィオレの笑顔に、ナターシャの顔が引き攣る。
「た、ただのクラスメイトよ」
「そ。ユーリと仲がいいのね」
「……別に、知り合いってだけよ。特に仲が良いわけではないわ」
「ふーん」
フィオレの目線がナターシャの髪の毛……もとい、髪飾りに向く。
小さな白い花飾りの付いた髪飾り。
自分の髪に付けているものと同じ髪飾り。
ユーリが大切な人に渡すと言っていた、異国の髪飾り。
フィオレの笑みが深まった。
「とっても素敵な髪飾りね。どこで買ったの?」
「こ、これは……」
ナターシャの顔が更に引き攣った。
思わず手を引こうとするも、フィオレががっちりと掴んで離さない。
「良い試合にしましょう。手加減は……しなくていいよね」
「……もちろん」
フィオレは最後に強く強くナターシャの手を握ってから離す。要らぬところでフィオレに火をつけてしまったナターシャであった。