第067話
とある休みの日。ユーリは大量の触媒と火薬を持ってスラム街へと訪れた。何度も迷いそうになりながらも何とか目的地である公園に到着する。
「ふう、重かった」
ドンと触媒と火薬を置いて周りを見回す。
伺うような視線はあるものの、誰も姿を見せない。ユーリのことを警戒しているのだろう。
ユーリは触媒と火薬、そしてそこら変に転がっている石を使って、蓄熱石の錬金術を始めた。こうしていれば何人か興味を持ってくれると思ったからだ。
十個ほど作ったところで、一人の少女が近づいてきた。
ざっくばらんに切られた灰色の髪に、雪のように白い肌。眠たそうに半分しか開いていない瞳。小さな鼻と口。
襤褸をいくつも重ねて着ており、まるでミノムシのようだ。
5歳くらいだろうか。ちょこんと膝を抱いてしゃがみ込み、ユーリの手元を眺めている。
「興味ある?」
「……」
少女は答えない。
ユーリもそれ以上は聞かずに、黙々と蓄熱石を量産する。
しばらくたった時、仄かに発光する触媒に好奇心を刺激されたのか、ユーリが錬金している最中に少女が指を伸ばして触媒に触れた。円を描いていた触媒が途切れる。
「あ」
ボシュ、と音がして触媒から煙が出る。失敗である。
少女は何を考えているのか、不思議な感覚の走った指先をジッと見つめている。興味を持ったのだろうか。
ユーリは新しい触媒で円を描き、再び錬金を開始する。
少女はまた指を伸ばし、今度は円を崩さない様にそっと触媒に触れた。
まるで流れる川の水に指を入れたかのような不思議な感覚が少女の指に伝わる。
「これは錬金術っていってね。なんか、いろいろ便利なものが作れるようになる技術だよ」
「……」
灰色の少女は何も答えない。ユーリは気にすることなく話を続ける。
「この白い粉は触媒っていうんだけど、これで円を描いて素材を乗せて、魔力を通して念じるんだ。今はね、蓄熱石っていう暖かくなる石を作ってるの」
ユーリの話を聞いて、少女はそこら変に転がっているユーリの錬金した石を手に取る。当然まだ冷たい。
話が違う、という風にユーリに視線を向ける少女。
「蓄熱石はね、一度温める必要があるんだ。しばらく火の中に入れて温めると、ほんのり温かいのが続くんだ」
少女はいくつか蓄熱石を持つとどこかへ歩いていった。十分ほど経つと、行ったときよりもどこか、速い足取りで戻ってくる。
何処かで温めてきたのだろう。蓄熱石を手の中で転がしている。
「気に入ってくれた?」
「……」
少女は答えない。無言でユーリを見る。
ユーリも無理に会話をしようとはしない。
自分の前に触媒で円を描き素材を乗せる。今度はもう一つ。灰色の少女の前にも同じように円を描いた。
「触媒に触れて、魔力を流すの。温かい石を作りたいーって思いながら」
少女は恐れることなく、ズムっと触媒に指を立てる。しばらく経っても何も変化はない。首をひねる。
「あはは、そんなにすぐには出来ないよ。錬金術はね、凄く時間がかかるんだって」
ユーリの言葉を聞いているのかいないのか。灰色の少女は黙って触媒をつついている。
ユーリは一つ勘違いしていた。
エレノアの言っていた『通力一年、飽和二年、錬金するには後三年』の言葉は、あくまでも『魔法が使える人』が錬金術を始めた場合である。
そもそも魔法を使えない人に錬金術が出来るわけがないのだ。何故なら魔力の使い方さえわからないのだから。
ベルベット魔法学園での錬金術の授業が中等部からなのもそういった理由からである。
ユーリと灰色の少女で暫くうずくまっていたが、結局ほかの子供は遠目に見ているだけで近寄っては来なかった。
「まぁ、初日だしこんなものかなー」
ユーリは立ち上がって伸びをする。
「今日は帰るね。またそのうちくるから、気が向いたら錬金術の練習やってみて。触媒とか素材は好きに使っていいから」
少女はちらりとユーリを見たあと、また触媒へと指を触れた。
「じゃあ、またね」
そのままその場を後にするユーリ。もうすっかり後ろを向いてしまっていたのでユーリは気が付かなかった。
少女の触れている触媒が、少しだけ発光していたことに。




