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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第066話

 ユーリは気の向くままに寒空の下を歩く。

 以前エレノアに根を詰め過ぎだと指摘されてから、行き詰まったらすぐに散歩をするようになった。頭を空っぽにして、見たものを見たままに、聞いたことを聞いたままに受け取りながらフラフラと歩く。

 以前は賑やかな中央広場の方へと歩いたが、今日はまだいったことのない方向へと歩いて行く。細い川を渡った先で、空気がガラリと変わった。

 周囲に建物は多いが、景観など考えられずに作られたのかいびつな形のものが多く、朽ち果てる寸前のものもある。人の気配はたくさんあるのに、人通りは少ない。誰もがユーリを異物を見るような目で見ている。


「スラム街……」


 話には聞いたことがある。行き場をなくした人が集まる街、スラム街。

 生きる為、儲ける為になりふり構わない人達が跋扈ばっこする無法地帯である。自分には無縁だと思っていた場所に、ユーリはいつの間にか足を踏み入れていた。

 帰ろうか。

 そう考えていると、視界に見覚えのあるツンツンとした赤い髪の毛が目に入った。

 レンツィオである。

 レンツィオは躊躇うことなくスラム街へと足を踏み入れた。ユーリは一瞬だけ迷ったあと、レンツィオの後を追った。


 慣れているのか、レンツィオは建物が乱立するスラム街をスルスルと抜けるように歩く。気を抜くと見失いそうだ。

 ユーリはキョロキョロと見回しながら、赤い髪を見失わないように追いかける。十分近く歩いただろうか。ぽつんと開けた公園の様な場所に出た。

 レンツィオはその公園の真ん中で、子どもたちに囲まれている。


「レンツィオだー!」


「遊ぼ、遊ぼー!」


「今日は何を買ってきてくれたのー?」


「あはは、今日もツンツンしてらー!」


 レンツィオが来たことがよほど嬉しいのか。子供たちはレンツィオの周りを走り回りながら歓声を上げる。


「だぁー! うぜぇ! 腕引っ張んな! 足掴むな! まとわりつくな雑魚どもがよぉ!」


 言いながら、担いできた2つの麻袋の片方をドサリと置く。中身は干し肉やドライフルーツといった食料である。

 子供達は嬉しそうにそれに群がる。


「ちゃんと分けて食えよー」


 レンツィオがなかなか銅級に上がれない理由がこれである。

 銅級に上がるためには、十万リラの以上の依頼を達成して冒険者カードに押印して貰わなければならない。冒険者の多くが、クエスト達成の納品物をある程度貯めて置き、十万に届いた時に精算することで押印を稼いでいるが、レンツィオは納品物を貯めて置く事をしない。

 このスラム街の子供たちにいち早く生活物資を届けるためだ。寒さの厳しい冬の間は特にである。


「レンツィオー。火つけてー」


「おう」


 表情の乏しい少女に手を引かれて行った先の薪の山……崩れた家からかき集めた木材に、レンツィオは魔法で火をつける。子供たちだけでは火を灯すことも難しい。


「兄ちゃん。あいつ、誰?」


「……あぁ、ちょっとした知り合いだよ。ほっとけ」


「ふーん」


 レンツィオはユーリを一瞥し、興味無さそうに言う。一方で子供達はユーリに好奇の眼差しを向ける。

 魔法学園の制服を来た白い髪の子供。

 自分たちには縁のない世界の子供。

 自分たちとは違う、恵まれた子供。

 同じくらいの年齢なのに、何もかもが異なる存在である。

 そしてユーリもまた目の前の光景に衝撃を受けていた。

 スラム街の存在こそ知っていたが、そこに住むのは全員大人だと思っていた。自分と同じ年齢の子供が、頼る大人もなく、寒空の下で襤褸ぼろを身にまとい冬を越えようとしている。

 自分はしっかりとした建物で寝起きし、食堂に行けば食べ物が貰え、何時でも大浴場でお湯を浴びることが出来るというのに。果たして自分がこのスラム街で産まれていたとしたら、生き延びることが出来るであろうか。


「レンツィオ……」


「……何しに来たクソガキ」


 ユーリが話しかけるも、レンツィオの反応は冷たい。


「ここはてめぇみてぇなガキが来る場所じゃねぇよ。帰れ」


「えっと、うん……」


 ユーリは自分が歩いて来たであろう方向を見る。レンツィオを追いかけることに必死で道など覚えていない。帰れと言われても帰れない。絶対に迷子になるだろう。

 そんな様子を見てレンツィオは大きなため息を吐く。

 実際のところ、レンツィオはユーリが追いかけて来ていることに気が付いていた。だからこうと思って早歩きで来たのだ。残念ながらユーリを撒くことは出来なかったが。

 なので、当然ユーリ一人で帰れないであろうことも察しがついていた。


「ったく。少ししたら帰る。うるさくするんじゃねぇぞ」


「う、うん!」


 レンツィオはユーリとともにボロボロの建物に入る。そして公園に出てきていなかった子供たちにも食料を配って回る。


「ここにいるガキたちと、お前。一体何が違うんだろうな。方や寒空の下で食うものにも困ってるっつーのに、方や学園で悠々と過ごしてやがる。なぁ、何が違うんだろうな?」


 歩きながらレンツィオがまるで独り言を言うかの様にユーリに問いかける。

 ユーリは考える。ここの子供たちと自分の違うところ。何故彼らはこんなに不自由な生活をしているのか。自分と何が違ったのだろう。

 産まれ持った頭の良さだろうか。ユーリには自分が頭がいいという自覚がある。頭がいいので、勉強して魔法学園に合格できた。

 努力の差だろうか。ユーリは入園試験に向けてかなりの勉強と特訓をした。努力したからこそ、今この生活が出来ている。

 意思の差であろうか。ユーリには絶対に合格してやるという強い意思があった。意志の強さがあったから心が折れることなく努力を続けることができた。


「頭の良さ、努力、意志の強さ……」


「……」


「違う。そんなんじゃない」


 ユーリが勉強できたのは、勉強する時間があったからだ。教材があり、教えてくれる大人がいたからである。

 スラム街に住む彼らはそれがない。食うにも困る日常で毎日生きるために必死なのだ。そんな生活の中で勉強など出来るはずもない。勉強の道具だってない教師なんているはずがない。

 では彼らと自分で違うもの、それは一体なんだろうか。


「僕は、運が良かったんだ。たぶん、それだけだ」


「……へぇ」


 何気ない顔のままだが、レンツィオは内心で驚く。スラム街に住む者と自分の違いを『運』だと言える人間は少ない。

 何故なら人は自分とスラム街にいる人間を同じだと思いたく無いからだ。違いが『運』だけだとしたら、それ以外は同じだと言うことになってしまう。

 どうやらユーリはそれを認められる程にはさかしいようだ。

 感心するレンツィオをよそに、ユーリはさらに考えていた。

 産まれたところですべてが決まってしまうのであろうか。スラム街に産まれてしまった、または産まれてすぐに捨てられてしまった彼らが、そこにいるというだけで酷い人生を送らなければならないだなんて、あまりにも救いがなさすぎる。

 では、何をどうすればいいのか。変えなければならないのは何なのか。

 やらなければならないことは、いったい何なのだろうか。

 それは……


「国を、変える?」


「おいおい……滅多なこと口に出すんじゃねぇよ。まぁ、それしかねぇんだけどな」


「だって、おかしいよ。何も悪いことしてないのに、つらい思いをしなくちゃいけないなんて。僕が住んでいたマヨラナ村は、この街と比べ物にならないほど小さくて建物も全然無かったけど、こんなに苦しい生活をしてる子供なんていなかった。運悪く親が死んじゃった子も、村みんなで助けて育ててたし、冬はみんなで食料を分け合ってた。この街にだって食べ物は捨てるほどあるはずなのに、分け与えられずにお腹を空かせてる子供たちがこんなにいる。おかしいよ」


「良い村なんだな、マヨラナ村ってのは」


「ちがう。マヨラナ村が普通なんだ。ここは、普通じゃない」


「だとしてもどうしようもねぇ。人が多く集まれば、こういう場所は産まれちまうんだよ」


「なんとか出来ないのかな……」


「さぁな。俺の兄は『国を変えるなら教育からだ』っつって教官になったよ」


 レンツィオの言葉に、ユーリは一人の戦闘技術教官の顔を思い浮かべる。頭髪が赤く、素行が悪そうな教官を。確か最初の授業でスラム街出身だと言っていたはずだ。


「もしかして、アルゴのこと?」


「なんだ、知ってんのか。俺は馬鹿だからよ、何でコイツらを救うために別のガキの教育をするのか分からなかった。だから手っ取り早く冒険者になって稼いで、こいつらにメシ食わせてやろうと思ったわけ。でも最近分かってきた。兄ちゃんは今じゃなくて未来を考えてんだってな」


 例えレンツィオがどんなに稼いでスラム街の子供たちに食料を与えても、それはいつか終わる。レンツィオが動けなくなった時点で終了なのだ。それから先、同じようにスラム街で生まれる子供、スラム街に捨てられる子供達は同じように飢える。そして助けてくれる大人はいないのだ。


「ねぇレンツィオ。僕にできる事ってある?」


「ねぇよ。てめぇは賢いみてぇだから、今日のことを色々考えちまうかも知れねぇが、忘れろ。てめぇとコイツらの違いは運だけだが、だからといって幸運に産まれた自分を責めるのもまた違う。平等なんざ元から存在しねぇんだ。まぁ、ただ」


 レンツィオは一瞬言いよどんで、言葉を続ける。


「もしそれでも何かしてやりてぇってんなら、たまにここに来てこいつらと遊んでやってくれや。魔法学園の生徒なんざこいつらからしたら別世界の人間だ。興味あるだろうしよ。なんなら魔法の一つでも見せてやってくれよ」


「……ごめん、それはできない」


「……そうか」


 ユーリの拒否にレンツィオは肩を落とす。

 仕方がないことだろう。スラム街と積極的に関わろうとする表社会の人間などいるはずもない。少し期待したが、ユーリも所詮は表社会でのうのうと生きる人間なのだ。


「僕、魔法の適性ないから、魔法使えないんだ」


「……は?」


 しかし、ユーリから出てきたのは想定外過ぎる言葉だった。


「いや、お前魔法学園の生徒なんじゃねぇの?」


「うん、そうだけど。僕、魔法の適性が何も無いんだ」


「いやいやいや……」


「あ、でも錬金術は出来るから! 今度触媒持って来るよ!」


「はぁ? 魔法学園の生徒で、魔法適性無くて、冒険者で錬金術って……お前ほんとにメチャクチャだな……」


「そうかな?」


「そうだよ。まぁ何にしてもよ、ここの奴らは食料にも飢えてるし、娯楽にも同じくらい飢えてんだ。ストレスも多い。根本的な解決にならなかったとしても、てめぇみてぇな変なガキが来ると違う形でストレスを発散できるかも知れねぇしな」


「うん……あっ」


「どうした?」


「あ、ううん。何でもない」


 違う形で発散すればいい。レンツィオのその言葉で、ユーリはポカポカ君スプーンの改善案を思いついた。

 熱が問題なら、無理に抑えようとするんじゃなくて、違う形で発散すればいいのだ。

 ひょんなところから解決策を得たユーリであった。


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