第065話
年が明けると、ベルベット魔法学園はどこかソワソワしたような空気が漂い出す。学園祭や体育祭の存在しないベルベット魔法学園における唯一のイベント、学年末特別考査が迫るからだ。
もちろん、学年末特別考査が存在するということは、特別ではない通常の考査も存在するということだ。初等部であれば、筆記試験が一般教養、魔法歴史学、薬草学が各百点、戦闘技術、魔法実技が各二百点。合計七百点。
そして翌年度のクラスは、この学年末考査の点数一つで決定する。
上のクラスに上がるチャンスであると同時に、下のクラスに落ちるピンチでもある。生徒たちは皆少しでも上を目指そうと勉学に訓練にと躍起になっていた。
なお、学年末特別考査はこのクラスの順序には関係しないが、学園外の宮廷魔術師団や有名な冒険者クラン等が見学に来るため、卒業後の進路に大きく影響を与える。
そのため生徒たちは考査に特別考査に必死なのだ。
そんなどこか浮足立つ空気の中、呑気に錬金術の研究を行っている少年が一人。言わずもがな、ユーリである。
ユーリは学年末特別考査では錬金術品評会に参加することに決めていた。理由は単純。錬金術品評会では作成した物を提出すればそれで終わりだからである。その他の大会のように、連日頑張る必要がないのだ。
ユーリは自室で何を作成すればいいか考えていた。何か便利な物。蓄光石は面白みがないし、もっと役に立つ、面白いもの。
考えて、頭をひねり、ティーカップの水を飲む。
「はぁ〜、冷たい」
たかだか一生徒の寮室である。気の利いた暖房器具など置いてあるわけが無い。ユーリは自前のポカポカ君ブランケットを羽織っているため身体はそこまで冷えていないが、ティーカップの水はもはや凍るのでは無いかというほどに冷え切っていた。
温かいものが気軽に飲めればいいのに。
「……あ、それ作ろう」
気軽に飲み物を温めることが出来る魔導具があれば便利なのではないか。ユーリはブレインストーミングを始める。
白紙を広げ、思いつくことを思いつくままに書き連ねる。
温かい飲み物。魔導具は? 器。ティーカップ、ポット、スプーン。お手軽に。常時? 随時? その時にすぐに暖かくなるように。できれば小さく。スイッチは? 火事の危険性を考慮、等々。
ある程度書き出したら、今度はイメージしていく。自分が使うならどのようなものが良いか。
「砂糖をミルクに溶かすように、液体に入れてくるくると回すと液体が温まるスプーン型の魔導具、とか」
頭の中でカチリとピースがハマる。これならポカポカ君の応用で作れるだろう。方針が決まれば後は行動あるのみ。とりあえず主材となるスプーンを用意しなくては。
ユーリは早速とばかりに学園の食堂へと足を向けた。
◇
気のいい食堂のおばちゃんから『可愛いから特別だよ』と廃棄寸前のボロボロのスプーンを貰ったユーリは、エレノアの研究室に行き早速錬金に取り掛かる。珍しくエレノアは不在だ。
使用するのは、水流を力に変換するための水属性素材であるナイアードの髪と、力を熱にするための火属性素材、火トカゲの尻尾。触媒には変換を得意とする七色カメレオンの脱皮殻を使用する。
ボロボロのスプーンの為に使われるとは信じたくない、そこそこの素材達である。通力、魔力飽和、そして錬金反応。
ナイアードの髪と火トカゲの素材相性があまり良くないのか、途中で魔力のチラツキが何度も発生したが、そこはユーリの卓越した魔力操作で無理やりねじ伏せる。
しばらく経つとボロボロのスプーンから魔力が溢れ始めた。錬金が完了した印だ。
「よしっと。多分できたかな」
そこそこの難易度の錬金を一発成功させ、ユーリはポカポカ君スプーンの効果を検証する。ガラスのビーカーに水を入れ、ポカポカ君スプーンでグルグルとかき混ぜる。すると……
「よし、暖かくなってきた」
スプーンがだんだんと暖かくなる。うまく発熱しているようだ。そのまま混ぜるスピードを上げていき……
「って熱つつつつっ!!」
火傷しそうなほどに熱くなったスプーンを手放し、ユーリは自分の手に息を吹きかけて冷ます。
「はー、馬鹿だったー。そりゃスプーン全体が発熱するに決まってるよね……」
ポカポカ君スプーン一号は残念ながら失敗である。
柄に布を巻けば使用できないこともないが、そもそものコンセプトが『気軽に』飲み物を温めることだ。布を巻くひと手間さえ煩わしい。
それなら、スプーンの先にだけ効果を付与すればいいのではないか。そう発想したはいいものの、これがなかなかうまく行かなかった。
どうしても効果がスプーン全体に広がってしまうのだ。
しばらく悪戦苦闘した結果……
「……多分できたかな」
沢山の犠牲の上に、ポカポカ君スプーン二号の完成である。早速効果の程を試してみる。
しかし……
「駄目だ。熱が伝わってきちゃう」
スプーンは金属製。当然熱伝導率は高い。例えスプーンの柄自体が発熱しなくとも、容易に熱は伝わってくる。
どうやってこの問題を解決すればよいのか、ユーリは頭を捻って考える。
柄が木でできているスプーンを使うのはどうか。いや、それだと柄の劣化が早まりそうだ。
柄の部分に冷える効果を付与して熱を相殺するのはどうか。
いや、それだと手がとても冷たくなってしまう。温まる為に温かい飲み物が欲しいのに冷たいものを触るなんて、本末転倒だ。
しばらく考えた後……
「分かんない! 散歩しに行こう!」
文字通り、匙を投げたユーリであった。