第064話
アデライデの店の奥にある居住スペースは想像よりも広かった。5人程度なら余裕で座ることができる。
物の少ない木造の部屋には厚手の絨毯が引かれており、唯一の暖房器具である暖炉がパチパチと音を立てている。少し寂しくも落ち着く部屋だ。
ユーリは真ん中のテーブルを見て、アデライデに持って来たお土産を取り出す。エレノアとの共同作品、ポカポカ君である。
「お婆ちゃん。僕たちからのお土産。暖かくなる布だよ」
かなり大きなそれをテーブルに取り付ける。すぐに炬燵に早変わりだ。
四角いテーブルにアデライデ、エレノア、オリヴィア、そして体の小さいユーリとフィオレはくっついて同じ辺に座った。どこかフィオレが嬉しそうである。
「まぁ、これは凄いねぇ。こんなすごいもの貰ってしまってもいいのかい?」
「うん。エレノアと一緒に作ったんだ」
「こんなすごいものをねぇ。ユーリちゃん、あんまり孫娘みたいになるんじゃないよ。ちゃんとお外にも出るんだよ? じゃないと嫁の貰い手がいなくなっちまうよ」
「あはは、僕はちゃんと外にも出てるよ。あと男の子だからお嫁には行かないって」
「もー、お婆ちゃんその話はいいって! ……こほん。それじゃ、今年はありがとうございました。来年もよろしくお願いします」
「お願いします」
「しまーす」
口々に年末の挨拶をしてから、料理に手を伸ばす。ワイワイガヤガヤ。アデライデの家が久しく騒がしくなる。
学園の話、冒険者の話、錬金術の話。ユーリとエレノアが主になってアデライデと話す。そのうち会話はアデライデの店の話に移った。
「この店も、もうそろそろ終いにしようかねぇ」
「え、お店、しめちゃうんですか?」
アデライデの言葉に、フィオレが悲しそうな声を出す。
「すぐにでは無いけどねぇ。後継ぎもいないことだし、腰も良くないしねぇ」
跡継ぎと聞いて、ユーリは思わずエレノアに目を向ける。オリヴィアとフィオレも同じくだ。
「わ、私は、錬金術がしたいので……」
申し訳無さそうにするエレノアをみてアデライデが笑う。
「ふぇふぇふぇ、かわいい孫娘の夢を奪ってまで守る価値のある店じゃないさね。たまに顔見せに来てくれれば、私はそれでいいのさ」
「顔見せに来てくれれば、ねぇ」
オリヴィアの何処か棘のある言い方に、エレノアはますます縮こまった。
「エレノアが錬金術のお店として引き継げば良いんじゃないの?」
ユーリの何気ない一言。たしかに、エレノアが錬金術のお店もしつつアデライデの薬草屋さんも手伝えば解決する。
「うーん、私がお店ですか……考えたことも無かったです。でも、私、知らない人と話すの苦手なので無理ですね……」
「ニコラにやってもらったら?」
「やってくれるでしょうか」
「まー、聞くだけ聞いてみればいいと思う。多分まだお店開いてるだろうし、ちょっと呼んでくるよ」
言うが早いか、ユーリは止めるまもなく出て行ってしまった。
「……ユーリ君の行動力、すごいですよね」
エレノアがしみじみという。引きこもりの自分と比較すると雲泥の差である。
「それに、人に対して物怖じしないわよね。いろんな人の懐にすっと入れるし」
オリヴィアはユーリの人なつっこさに関心する。自分だって、出会った次の日にはユーリを冒険者ギルドへと案内していた。
「あとは人に親切にする事に躊躇いがないねぇ。こんな老婆にまであんなに気にかけてくれるなんて、今の若い子も捨てたもんじゃないよ」
アデライデもニコニコと笑顔だ。3人の視線は自然とユーリの実姉、フィオレへと向かう。
「えっと、そうですね。私が言うのも変ですが、ユーリは相当甘やかされて育ちましたから。人を疑ったり騙したりっていう発想がなく、また自分が騙されるかもっていうこともあまり考えて無いみたいです。それと……」
フィオレは少し言い淀む。
「ユーリは村で除け者にされていました。男の子からも、女の子からも。なので、ベルベット領都に来て家族以外の知り合いができて、すごく嬉しいんだと思います」
「除け者にされてたの? あんなに可愛いのに」
「むしろ、あんなに可愛いから、です」
フィオレは苦笑いする。
「女の子は自分より可愛い男の子に近くにいてほしく無いし、男の子はその、どうしていいか分からなかったみたいです。女の子より可愛い男の子と、どう接したら良いかが」
なるほど、と3人は納得する。
歳の離れている自分たちなら良いが、近い子達は複雑な心境だろう。
「でも、こっちに来て友達も出来たみたいで安心です。みなさんも、どうかこれからもユーリをお願いします」
ペコリと頭を下げるフィオレ。出来た子供である。
「もちろんです! むしろ私の方がお世話になってるかも……」
引きこもりダメ人間の自覚があるのか、エレノアは尻すぼみに言う。
「あんたは本当にねぇ。ちょっとはユーリちゃんを見ならって欲しいもんだねぇ」
そんな孫娘にため息をつくアデライデであった。
「ただいまー。ニコラ連れてきたよー」
しばらくユーリの話で盛り上がっていると、当人がニコラを連れて帰ってきた。
「おじゃまします……うん、少し古いけど立地は悪くないわね」
店の値踏みをしながら入ってくるニコラ。結構失礼である。
「おやまぁこのお嬢ちゃんが? 若いのに商人をしているなんて、えらいねぇ」
「はじめまして。ニコラ・フォンティーニです。アデライデさんであってますか?」
「えぇ、私がアデライデ・ハフスタッターだよ」
「それでは早速お話をお伺いしたいのですが……」
あれやこれやと質問するニコラと、ゆっくりマイペースに答えるアデライデ。
オリヴィアはその風景を見ながら、ユーリに感心していた。
「この子を中心に色んな事が回り始めたわね……」
最初はユーリとエレノアが。エレノアを通してユーリと自分が。ユーリを通して自分とセレスティア。フィオレとヘフマン。ニコラとアデライデ……
自分が知っているだけでもこれだけある。
たった7歳の少年を通じて、この一年間で多くのことが動き出したように思う。
来年はどんな一年になるだろうか。
ニコラとアデライデの話には入らず、のんきにご飯を食べているユーリ。来年もまた色々な人を無自覚に振り回すのだろうなと、オリヴィアは苦笑いするのだった。




