第061話
ユーリが魔法学園に来てから八ヶ月の月日が流れた。季節は冬。今月で今年も終わりである。
思えば怒涛の一年であった。
入園前の猛勉強に猛特訓。ギリギリの合格。オレグの研究の引き継ぎに冒険者活動に錬金術の鍛錬。
命の危機もあったが、なんとか元気に五体満足で過ごせている。
肝心の魔法の研究だが、進んでいるのか止まっているのか。足掻きながら藻掻きながらの研究の進捗は全くわからない。何せゴールまでの道が全く見えないのだ。
それでも得るものはあった。来年も続けて頑張るだけである。
「はぁ〜〜さむさむ」
ユーリは冬服の制服に見をつつみ、かじかんだ手を擦り合わせる。空からはハラハラと白が舞い落ちる。気温は氷点下だろう。
ユーリは一人、フラフラと屋台や露店が立ち並ぶ中央広場を歩いていた。
魔法の研究だが、実のところナイアードの髪による実験以降は芳しい成果はない。思いつくことは色々と試しているのだが、取っ掛かりが見つからない。
なにもいい案が思い浮かばなくなり、こうなったらとナイアードの髪の毛を茹でて食べようとしたところを、エレノアとオリヴィアに止められてちょっと気分転換してこいと言われたのである。
中央広場は寒さもあって、以前来たときよりも活気は少ない。ユーリはすこしもの寂しい中央広場を歩く。何かめぼしいものは無いだろうか。新しい発想につながるようなものは。
「あ……ユーリ」
元気のない声にユーリは横を見る。
「……ニコラ?」
声の主は、ニコラ・フォンティーニ。短い銀色のツインテールの揺れる駆け出し商人である。数ヶ月前にもここで会った彼女だが、今はなんだかやつれているように見える。
「どうしたの? 元気ない?」
「あはは、ちょっと失敗しちゃって……」
ニコラは少し笑ったあと、苦い顔で話始める。
「ちょっと前までは良かったんだけどね。肝入りで始めた新しい取引で結構な仕入れをしたんだけど、荷物を運んでる馬車が雪崩にやられちゃってさ……。取引相手はそのまま潰れて、返金も無くって……また1からかなぁ」
結構な不運に見舞われたようだ。よく見ると露店でおいている商品は少なく、品質も悪そうだ。
「相手の社長は借金で首が回らなくなって失踪しちゃった。私はまだ手持ちのお金がなくなるだけですんだから、大分マシね」
「そっかー。食べるのものがないときは買ってあげるから、魔法学園までおいでよ!」
「あはは、ありがとう。でもなんとか食べていくだけのお金ならあるから、とりあえず大丈夫」
ニコラは苦笑しながら答える。逆に言えば、食いつなぐだけのお金しかない。新しい商品の仕入れが出来ないのだ。
毛糸でも買って織物でもして、ちまちま稼ぐしかないかしら、と悲観にくれているところで、ニコラはユーリの格好に目を留める。
「ユーリさ、その格好、寒くない?」
ユーリはマフラーこそしているものの、来ているのは長袖の制服だけである。行き交う人々はみな分厚いコートを羽織っているのというのに。
「うーん、寒いは寒いけど。このマフラー温かいんだ。ちょっと着けてみる?」
ユーリは赤色のマフラーを外し、身震いしながらニコラの首に巻く。
「温かい……」
マフラーはユーリの体温で温められていたのか、大分温かい。首から肩にかけポカポカと温まり、まるでお湯にでも浸かっているかのように……
「って、暖かすぎない!?」
分厚いコートに身を包んでいるニコラは、下手すれば汗をかきそうなくらいに温まっていた。反対にそんな温かいマフラーを外して薄着のユーリは今にも凍えそうである。
「さぶぶぶぶぶ……そ、そろそろいい……?」
「あ、うん」
カチカチと歯を鳴らすユーリにマフラーを返却する。マフラーを首に巻いて、ようやくユーリの震えが収まった。
「はぁ〜〜凍るかと思った」
「ユーリ、そのマフラー、暖かすぎない? マフラー自体が温まってるように思えるんだけど……」
「そうだよ?」
「あ、やっぱりそうなんだ」
それはあったかいに決まってるわよねーあはは。
うん、すっごくあったかいよーあはは。
そんなふうニコラとユーリは笑いあって……
「って、そんな商品見たことないんだけどおぉ!」
「わっ、びっくりしたぁ」
ニコラはユーリの首に巻かれたマフラーにずいと顔を寄せ、マフマフと触る。
「え、うそ。私、市場調査は怠ってないんだけど! こんなのが出回れば絶対チェックしてるはずなのに!?」
信じられないという顔でマフラーをいじる。ロゴなどない。あるのはちょっとブサイクな猫のような刺繍だけである。一体どこの商会の発明品だろうか。
「どこで買ったのよこれ! いくらしたの!? このブサイクな豚はどこの商会のマークなの!?」
詰め寄るニコラにユーリは若干引き気味である。
「えっと……僕とエレノアで作ったから、買って無いよ?」
「作ったぁ!?」
「うん。あと豚じゃなくて猫だよ」
ニコラの大声が響き、周りの人々が怪訝な様子で目を向ける。自分の大声で驚いたのか、ニコラは慌てて口を押さえた。
「え、うそ。本当に? 嘘じゃなくて?」
声のトーンを落として聞いてくる。
「あはは、何で嘘つかなきゃいけないのー? ほんとに猫だってー」
目の前の少年に嘘をついているような素振りはない。そして猫だろうがオークだろうがそこはどうでもいい。
「あ、もしかしてニコラも欲しいの? いいよー、作ってきてあげる」
ユーリのあっけらかんとした様子にニコラは震える。この子は、この子供は何もわかっていない。このマフラーの価値を。
「そういうレベルの話じゃないわよ! ちょ、ちょっと場所を変えて詳しく教えて!」
慌てて店じまいをするニコラ。ユーリにはニコラが何に興奮しているのかが分からない。
「それじゃ、一緒に開発してるエレノアの研究室に行く?」
「行くわ! 今すぐ! 速攻で!」
ニコラに急かしに急かされて、ユーリは小走りで学園へと走って行くのだった。