第057話
リオの髪を手に入れてから一週間が経過した。
あれからユーリは毎夜エレノアの研究室に通い、鑑定水晶の反応を記録していた。そして七日目の今日。
「……光らなくなっちゃった」
最初は青く輝いていた水晶は、日が経つ毎にどんどんと反応を弱めていき、ついに今日光らなくなったのだ。
ユーリは考える。
何故リオの髪で鑑定水晶が光ったのか。何故光らなくなったのか。エレノアいわく、どんなに時間がたったとしても錬金術の素材として使えなくなることはないという。もちろん、腐ったり蒸発したりするものは例外だが。
素材としての要素、つまり属性値は変わらない。ならば、他の何かが変わっているということ。
そこから考えられることは。
「魔力がなくなってるってこと、だよね」
水の属性値を持つナイアードの髪に、ナイアードの魔力が残っていたから、青く光った。
そして時間が経ち魔力が無くなったから光らなくなった。
「うん、とりあえずはこの仮説を軸に考えよう」
そうなると、逆に言えば魔力の無くなったナイアードの髪に、魔力を補填すればいいのではないか? ユーリはそう考え、ナイアードの髪に魔力を込め……ようとしたが、出来なかった。
流石にそう簡単にことは進まない。
「どうしたんですか? 難しい顔して唸ってますけど……」
あーでもないこーでもないと頭を抱えるユーリに昼夜逆転女が話しかける。ユーリは水晶が光らなくなったことと、魔力が関係しているんじゃないかということを話した。
「なるほど、魔力ですか。確かに自分以外のものに直接魔力を流すことはできないですね」
「だよねー。どうにかする方法ないかな……」
「ありますよ」
「……へ?」
さんざん悩んでいるユーリに、エレノアはあっさりと答えた。
「え!? あるの!? どうやるの!? 教えて!」
勢いよく立ち上がりエレノアに詰め寄るユーリ。
「いや、というかユーリ君も普段やってるじゃないですか」
そう言いながらエレノアは棚に視線を向ける。様々な触媒が並べられた棚へ。
「あ、そっか」
そう、素材に魔力を流すことは普段から錬金術でやっている。触媒を使えばいいのだ。
「よし! 早速やってみよう!」
ナイアードの髪をテープで水晶に貼り付け、髪と触媒をつなぎ、人差し指で触媒に触れる。
錬金術を行うときのように、触媒に魔力を通してゆく。
触媒が発光し、ナイアードの髪に魔力が通り……
「……光らないね」
「光りませんね」
しかし、鑑定水晶はなんの反応も起こさなかった。
「うーん、行けると思ったんだけどなー」
素材から魔力が無くなったので、魔力を補填する。単純だが正しそうである。
しかし、現実はそんなに単純ではなかった。
実際この手の方法は当然過去に他の研究者も試している。
ノエルも魔法素材の属性に着目しており、自身の持つ魔力の属性を異なる属性の魔法素材を通して他の属性に変換できないか研究している。
今のところ成功の兆しは見えていないが。
「属性値と、魔力。他になにか必要なものがあるのかなー」
うーんうーんと唸って考えるユーリ。しかしそうそう新しい発想など産まれるはずもない。
エレノアはそんなユーリの姿に苦笑する。
「適性のない属性の魔法を使うことは魔法研究者の悲願ですよ。そうそう簡単にはいきませんよ」
「そんなものかー」
「そんなものです。最初から焦っていたら持ちませんよ。私だって失敗ばかりですし」
あはは、と笑いながらエレノアは研究室の隅に目を向ける。そこにはガラクタと化した錬金物の山が。
天才と呼ばれるエレノアだかその裏にはたくさんの失敗と試行錯誤があるのだ。
「凝り固まった頭では発想なんて出てきません。たまには息抜きも必要ですよ。と、言うわけで息抜きがてら、ちょっと私の研究を聞いてもらいたいのですがっ!」
ドンッと何やら大きな箱を取り出して、目を輝かせながら話し始める。
「これは試作中の金庫なんですが、魔力を鍵にしてるんです! 時々見つかるオーパーツには魔力を鍵にしているんじゃないかと思われるものがありまして、ならば魔力を鍵にした金庫が作れないかと思って試作中なんですよ! 最近わかってきたことなのですが、魔力には人それぞれ固有の波長があるみたいでですね……」
つらつら、つらつら。
エレノアは自分の研究について好きなだけまくしたてる。
普段なら耳を傾けるユーリであったが、今は反応しない鑑定水晶のことで頭が一杯で、右から左に聞き流すのであった。
◇
ナイアードの髪による鑑定水晶の反応を確認できたユーリであったが、しばらくの間そこで停滞してしまうことになる。なかなか次への取っ掛かりがつかめないでいた。
魔力が無くなったと推定されるナイアードの髪をなんとかしようと躍起になったり、オレグの研究書に記載してあった研究をもう一度試して見たり。
しかし芳しい成果はない。
オレグとノーチラスはこの状態が何年も続いたのだろう。たしかにこれは辛いものがあるかもしれない。
「僕はめげないけどねっ」
パンッと頬を叩き、ユーリは自分に気合を入れる。気持ちに余裕はありそうだが、その顔に疲れが見える。
「ユーリ君、前にも言いましたが、根のつめ過ぎは良くないですよ」
「でも……」
「私もよく研究で詰まることがありますが、そういうときは一回頭をリフレッシュしたほうがいいです。こう、例えるなら詰まった筒に無理やり物を入れて出そうとしてるようなものです。余計につまりは酷くなります」
エレノアは転がっていた筒状の物を手に持ち、例え話を始めた。
「詰めるんじゃなくて、振ってみたり、抜いてみたり、逆さまにしてみたり、時には放置してみたりするんです。そうしたらつまりが取れることもありますよ」
なるほど、例え話ではあるが一利ある。
「それに、ユーリ君はまだ7歳です。7歳にしては物知りですが……ですが知らないことも沢山あると思います。柔軟な発想にはたくさんの知識が必要です。全然関係ないような知識が新しい発想に繋がることだってあるんです。錬金術の歴史も、元を辿れば料理から始まっているんですよ」
ひとつため息をついてエレノアが続ける。
「それにユーリ君、学園に入園してから錬金術だ冒険者だと頑張ってますが、ゆっくり領都を見て回った事、無いですよね? せっかく冒険者活動でお金持っているんですし、少しくらい観光でもしてきたらどうですか?」
エレノアの言葉にユーリはベルベット領都に来たときのことを思い出す。
沢山の人、高い建物、見たことのない看板。馬車の御者台から興奮しながら見回していた。最初はアンナにワクワクしていたのに、結局見て回ることすらしていない。
「……うん。ありがとうエレノア。ちょっとリフレッシュしに行ってくるよ」
「はい、そうしてください」
「行ってきます! お土産買ってくるねー!」
今までの顔とは変わって、明るく子供らしい表情になり研究室を出ていくユーリ。そんなユーリを微笑ましいものを見るように見送るエレノア。
残念オタクのエレノアが、まるで出来るお姉さんのように見えてしまう。
「……自分は引きこもって外に出ないくせに偉そうね」
「ピィッ!」
そんなエレノアに声をかけるのは、研究室の炊事台でエレノアの為に料理をしていたオリヴィアである。油断していたところに痛いところを突かれて奇声を上げるエレノア。
ダメ人間であるエレノアの為に、部屋の片付けと炊事をしていたオリヴィアがジト目を向ける。
「あんたこそ最後に学園の敷地を出たの、いつよ」
「そ、卒園式の日に……」
「……半年以上も学園から出てないとかマジ?」
「い、いいの! 私は別に研究に詰まってないもん!」
「研究者としてじゃなくて、人としてどうなのって話をしてるのよ」
「うぐぅ……」
反撃しようのない正論ストレートパンチに胸を抑えるエレノア。お姉さんぶっていたものの、ダメ人間はどちらかといえば、いや、どちらかと言わなくてもエレノアである。
運動も出来て冒険者活動もしているユーリと比べるまでもない。
「あんた、腰の良くないお婆ちゃんいたわよね。この前心配して学園まで来てくれた優しいお婆ちゃん」
「……うん」
「あんたから顔見せに行ってやりなさいよ。可哀想じゃない、顔も見せに行かないなんてさ」
「……分かった」
「早くに両親を亡くしたあんたを優しく優しく育ててくれたお婆ちゃんに、恩返しの一つでもしてあげようっていう気持ちは無いの? 顔見せに行くくらいの恩返しをさ」
「もう! 分かりましたってば!!」
さっきまでの出来るお姉さんの雰囲気は完全に霧散した。
やはりエレノアはエレノアであった。