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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第055話

 翌朝。ユーリが水筒に水を汲んでいると、水面からリオがひょっこりと顔を出した。


「おはよう、ユーリ」


「おはよう」


 ユーリが持っている水筒は十袋。うち一つはジャイアントスパイダーの何かが入っているので、泉の水を入れるのは九袋だ。

 ……間違えてその一袋がナターシャの元に届かないように祈ろう。


「……本当に持って帰るの?」


 ユーリの様子を見て、リオが心配げな顔で言う。


「あ、やっぱり持って行き過ぎかな?」


「いえ、持っていくのは全然構わないのだけど……持てるの?」


「多分大丈夫」


 最後の一袋に水を汲み終えたユーリは、ロープをうまく使ってたすき掛けに五個ずつ水筒を体に括り付ける。まるで少年の奴隷に重労働をさせているような姿になってしまった。

 しかし、ユーリは平気な顔で歩き回る。


「うん、平気そう」


「力持ちなのねぇ。あ、そうそう、髪の毛だったわね。その腰のナイフ、貸してもらえるかしら」


 リオはユーリから受け取ったナイフを束ねた髪にあてがうと、そのまま惜しげもなく紺の艷やかな髪をバッサリと断ち切った。


「わっ」


 目を丸くするユーリに髪を手渡しながら、ボブカットになったリオは笑顔で言う。


「惜しげもなく私達にくれたんだもの。恩に報いなきゃ女がすたるわ。多くて困ることは無いでしょう?」


「うん、ありがとう!」


「その代わりと言っては何だけど、これからもここに来てくれる?」


「もちろん! ルミエールストーンもまた作って持ってくるね」


 ユーリの言葉にリオは驚いてぱちくりとまばたきをする。


「作るって……あれ、ユーリがつくったの!?」


「うん? そうだよ?」


「人間の子供ってすごいのね……。また持ってきてくれたら、たくさんサービスしてあげるわよ」


 意味深な『サービス』という言葉。リオは寄せて上げて、妖艶にウィンクをする。

 しかし、


「ううん。あんまり貰っちゃうと髪の毛無くなっちゃう。大切にして」


 意図を解さないユーリ。リオは妖艶な雰囲気を消して明るく笑う。


「ふふふ、本当ね」


 そんなふうにユーリとリオが話していると、オリヴィアが慌てた様子でかけてくる。


「ゆ、ユーリ君! 髪は女の命なんだから、そんなに貰ったら駄目でしょ!」


 アワアワとオリヴィアがリオとシースナイフを交互に見る。どうやらユーリが切ったと勘違いしているようだ。

 そんなオリヴィアに怒ったような様子でユーリが言う。


「オリヴィア。僕、そんなに非常識じゃない。あ、そうだオリヴィア。リオの髪の毛整えてあげて」


「え、私が?」


「オリヴィア器用でしょ?」


「出来なくは無いけど……」


 素材は良いくせに身だしなみに全く頓着しない幼馴染エレノアのボサボサ髪を、甲斐甲斐しく手入れしてきたのは他でもないオリヴィアである。コミュ障も相まって、残念オタクは散髪屋さんに行くことすら出来なくなっているのだ。

 泉の縁に座ったリオの髪を丁寧に整えるオリヴィア。

 水辺で美しい水妖の髪を整える麗しの女騎士のようにも見え、とても絵になる光景だ。


「ちょっとリオさん、動かないで!」


「あんっ。だってくすぐったいんだもの。んっ……もう、ワザと触ってる?」


「そんなわけないじゃないですか!」


 実際はそんなに美しい風景というわけではないようだが。

 ジャイアントスパイダーというイレギュラーはあったが、ユーリの初めての遠征は無事に目的を達成できたのだった。



 特に納品するものの無いユーリは、冒険者ギルドへと向うオリヴィア達と別れてエレノアの研究室へと走る。


「エレノア!」


「はひぃ! あ、ユーリ君、おかえりなさい」


「鑑定水晶だして! だして!」


「え、は、はい、いま用意しますね!」


 まるで自分の家かのように研究室に入ると、昼過ぎだというのに寝ぼけ眼のエレノアを起こし、メモ用紙を準備する。

 オレグの研究書を読んでからはや六ヶ月。ようやく一歩目を歩めそうだ。


「ここに鑑定水晶を置いておきますね。でもどうしたんですか? そんなに急いで」


「今朝ナイアードの髪を貰ってきたの!」


 ユーリはポシェットから髪の束をわさっと取り出す。


「え、これ全部ナイアードの髪ですか!?」


「うん。仲良くなって貰ってきたんだ」


 ユーリははやる気持ちを抑えながリオの髪を一本引き抜く。


「それじゃ、いくよ」


「は、はい!」


 ユーリがそっとリオの髪を水晶に近づける。

 エレノアがゴクリと喉を鳴らす。

 果たして……


「……光った」


「た、確かに光ってます……」


 鑑定水晶は、青色に光を放った。


「光った……ねぇ、光ったよエレノア」


「えぇ! 光りましたねユーリ君!」


「やった、やった! 光ったーー!!」


 ユーリはノートに結果を書き留めるのも忘れ、ピョンピョンと跳ね回りながら喜ぶ。普段のユーリとのギャップにエレノアは少し驚くが、本来ならこれが7歳児の本来の姿であろう。

 ユーリの喜びは実を言うと、陰の毛でなくても問題がなかったことによるものが大きい。ユーリが陰毛の呪縛から解き放たれた瞬間でもあった。

 ひとしきりキャッキャと喜んだ後、ユーリは落ち着いたのか、椅子に座って深呼吸する。


「はー、と言っても、ただ水晶が光っただけなんだけどね」


 そうなのだ。まだスタートラインに立ったに過ぎない。

 これから山程の検証と研究が待っている。喜んでばかりはいられない。


「エレノア。前使ったナイアードの髪の毛、まだある?」


「はい。いま用意しますね」


 エレノアが持ってきた髪の毛を鑑定水晶に触れさせるも、やはり光らない。ユーリが持ってきたリオの毛を触れさせる。光る。

 まずここから検証だ。

 リオ毛だから光るのか。それとも時間が経過すると光らなくなるのか。光らなくなるとすると、それは徐々になのか、ある時点を境に光らなくなるのか。


「エレノア。しばらく毎日来てもいい?」


「はい、構わないですよ。というか、合鍵をお渡ししておきますね」


 何のことでもないかのように合鍵を渡すエレノアと、なんの疑問も思わずに受け取るユーリ。

 まぁ、自宅ではなく研究室の鍵なので問題はないのだが。

 ちなみにエレノアの研究室の鍵を持っているのはエレノアの他に親友のオリヴィア、祖父のアデライデ、そしてユーリの3人である。


「明るいと分かりにくいから、夜に来るね」


「はい。暗いので気をつけてくださいね。というか今更なんですが、その水筒、重くないですか?」


 興奮していて気が付かなかったが、ユーリは朝ナイアードの泉を出発した時の格好のままである。


「あ、そうだ。ナターシャのとこいかないと。じゃあねエレノア! またくるねー!」


 嵐のように来たと思ったら嵐のように去っていくユーリ。

 少年らしい自由奔放さである。


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