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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第053話

「今助けます!!」


 オリヴィアがジャイアントスパイダーに向かって加速し、そのレイピアを構える。

 意識がナイアード達に向いていて、こちらを見ていない今が最大のチャンスである。このチャンス、活かさでおくべきか。

 しかし、


「や、やめてえぇぇぇぇぇ!!」


 攻撃の直前、ナイアードが叫ぶ。オリヴィアはギリギリで攻撃を止めた。蜘蛛の複眼がオリヴィアを捉える。絶好のチャンスが潰えたのだ。


「どうして!?」


「だって、剣で切ったら蜘蛛の体液が泉に入っちゃうじゃない!! 切らないで!!」


「切らないでって言われても……」


 では一体どうすればいいのか。

 オリヴィアはジャイアントスパイダーに有効な打撃武器など持っていない。偏重強化を発動して殴ればダメージを与えられるかもしれないが、あの八本のリーチの長い脚をい潜っての接近戦は流石に躊躇ためらわれる。


「ジャイアントスパイダーに毒はありません! 安心してください! 体液は無害です!」


 オリヴィアはそう説得するも、


「じゃああなたは蜘蛛の体液だらけのお風呂に入れるの!?」


「……」


 無理である。

 想像しただけで総毛立つ。

 あんな気持ち悪い生き物の体液がドッパドッパと混入した湯船に入るくらいなら、死んだほうがマシかも知れない。

 ナイアード。彼女たちは水妖ではあるが立派な乙女なのだ。そんな彼女たちに酷なことはできない。

 しかし、そうはいっても膠着こうちゃくしたこの状況。何とかして打破しなければならない。


「何とかしてこっちに注意を引き付けないと」


 既にオリヴィアから興味が失せたのか、ジャイアントスパイダーはオリヴィアには一瞥もくれずに、ナイアード達にその8つの目全てを向けている。

 軽装とはいえ防具をまとった女冒険者より、水の中で柔肌を晒している乙女の方が美味しそうなのだろう。どことなく8つの目がいやらしく舐め回すように見ている、ようにも見える。

 自分に注意を向けるために大きめの石を投げつけて見るも、流石は銅級の魔物である。さして気にした様子もない。


「脚の一本でも切れば流石にこっちに来るんでしょうけど……」


 奴の体液が漏れるような攻撃はNGである。せめて泉から離れてくれれば。


「……一本なら何とかできるかも」


「何かいい方法あるの?」


「うん。やってみる」


 ユーリはポシェットからお手製の魔導具を取り出してジャイアントスパイダーに近寄る。

 そして左の一番うしろの足の、関節目掛けて投げつけた。威力はオリヴィアの投げた石よりも大分弱い。

 しかし、


「……冷気?」


 魔導具はジャイアントスパイダーの脚の関節にぶつかると白い煙を上げて破裂する。そして離れたところにいるオリヴィアにまで届く冷気。ぶつかったところはさぞかし冷えていることであろう。

 感覚が鈍感なのか、ジャイアントスパイダーは身じろぎをするものの視線はナイアードに向けたままだ。

 ユーリは淡々と同じ場所に魔導具をぶつける。5つ目を投げたところでユーリが叫ぶ。


「オリヴィア! 今!」


「任せなさいっ! 『ワン』!」


 オリヴィアはジャイアントスパイダーに駆け寄ると、ユーリが魔導具を投げつけた場所に寸分違わず細剣の切っ先でかすめるように切りつけた。


 キン……


 高く、大気を切り裂くような音が響き、ジャイアントスパイダーの脚が宙を舞う。

 ナイアード達から悲鳴が上がるが、傷口から体液は流れ出ない。凍結している。

 8本もあるとはいえ、流石に脚を奪われたジャイアントスパイダーは怒り、オリヴィアに目を向けた。


「やっとこっち向いたわね。来なさい、相手してあげる!」


 オリヴィアは落ちてきた蜘蛛の足を、泉とは反対方向に挑発するように蹴り飛ばす。矛先が完全にこちらを向いた。

 オリヴィアはジャイアントスパイダーを泉から引き離す様に誘い、対峙する。もう油断は無くなったのか、残った7本脚と顎をギチギチとならし、オリヴィアを威嚇している。


「きっしょいわねぇ。そんな熱烈な視線を向けられても困るんだけど。ていうかいいの? そんなに私ばっかり見てて」


 閃。小柄な白兎が跳ねる。


「あと六本」


 飛ぶ脚。痛みか怒りか。ジャイアントスパイダーは顎を激しく擦り合わせる。


「囮になるから遊撃お願い」


「ん」


 短いやり取りの後、二人は走り出す。オリヴィアはえてジャイアントスパイダーの前に体をさらし挑発。ユーリはその小柄な身体と小回りの良さを活かして撹乱かくらんし脚を狙う。

 しかし、


「っ!」


 ジャイアントスパイダーの主眼はオリヴィアに向いているが、複眼は的確にユーリを捉えており、あまつさえ糸を偏差撃ちで放ってくる。

 ユーリの足が止まったところに前足での2連撃。当たりこそしなかったが、オリヴィアの隣まで後退してしまう。


「流石銅級の魔物……そう簡単には倒せないわね」


「手数が多い。どうしようオリヴィア」


「あの冷えるやつは?」


「冷え冷え君のこと? ごめん、さっきので全部。あとはこの前も使ったピカッと君が少し。他に使えそうなのは無いよ」


「冷え冷え君が5つあっただけでも僥倖ぎょうこうよ。んじゃ、やることはシンプルね」


 オリヴィアは気合を入れるように掌に拳を打ち付ける。


「とにかく避けて切る! あっちは残り六本、こっちは二人合わせて八本! なら、勝てる!」


「なるほど!」


 オリヴィアのメチャクチャな理論に何故か納得するユーリ。しかし、作戦はシンプルな方が強い。余計なことを考えなくてすむからだ。

 そもそも共闘なんて出来るほど互いを知っている訳では無い。ならば役割など考えずに己のやりたいようにした方が良い。

 警戒して見合う二人と一体。三者のうち最初に動いたのはユーリであった。

 ユーリの身体能力は同世代に比類ひるい無きほどに高い。しかしそれはあくまでも同世代の中での話であるし、戦いの中での駆け引きなどは当然まだ出来ない。

 真っ直ぐに突っ込んで行き、動きを読まれて攻撃される。反射神経の良さで何とか避けることは出来ているが、まさに猪突猛進である。何度も突っ込み、何度も避ける。

 一方オリヴィアは冷静に敵と対峙していた。

 ジャイアントスパイダーのリーチと手数は脅威だが、守備力はそこまでではない。

 偏重強化発動すれば、一撃で脚を落とせる程度の頑丈さである。

 ならばこちらはスピード重視だ。

 攻撃力が高くリーチの長い前足二本はオリヴィアが引き受ける。

 避け、弾き、敵がユーリに攻撃しようとすればすかさず攻めに回る。

 完全な硬直状態。ユーリ達の体力が先に尽きるか、脚を二本失っている分ジャイアントスパイダーの消耗の方が激しいか。

 局面を動かしたのは、ユーリであった。


 斬。蜘蛛の脚が舞う。


「アハッ! こうすればいいんだ!」


 ユーリは状況に適応する。

 今までの様に一直線に進むと見せて、カバーに来る他の足を警戒。そしてカバーに来た脚を攻撃する。

 フェイント。いや、フェイントと呼ぶにはあまりにも力技すぎる。

 今までは狙いを一つに絞っていたが、今は全体を俯瞰ふかんしている。俯瞰し、相手の体全ての動きを予測し、攻撃する。

 もちろん簡単なことではない。思考の幅が異常に広いユーリだからこそ出来る代物だ。


「何よそ見してんのよ」


 キィン……!


 ユーリに気が向いた隙を、オリヴィアが見逃す筈もない。前脚も一本落ちる。

 歪な姿になったジャイアントスパイダーは、その瞳に怯えの色を浮べた。


「そんな目で見られてもねぇ」


 深手を負い戦意を失った敵など倒すのは容易である。オリヴィアが二閃、ユーリが二閃。それで蜘蛛は達磨だるまになった。

 ゴロンと胴体だけで転がり、ギチギチと口だけ動かしている様はおぞましくも滑稽こっけいである。


「ふぅ。とりあえず一段落かしら。お疲れ様、ユーリ」


「オリヴィア、お疲れ様!」


 ユーリとオリヴィアが健闘を称え合う。少し離れたところから、ジャイアントスパイダーを倒したことへの歓声と、脚をすべて切られてもなおギチギチと口を動かしている気味の悪い姿への悲鳴が聞こえてくる。


「さて、どう処理したもんかしらねぇ、この気味の悪い達磨は」


 ため息をついてうごめくジャイアントスパイダーに目線を向けるオリヴィア。八つの赤い瞳と目が合う。

 脳内に警鐘が響き渡った。

 目が、死んでいない!


「避けて!」


 言いながらユーリを突き飛ばすと同時。ジャイアントスパイダーは粘性のある糸を伸ばし放つ。

 生き残るためではない。一矢報いるための攻撃だ。

 オリヴィアに突き飛ばされたためユーリは逃れられたが、オリヴィアが糸に捕まってしまう。

 レイピアを持った腕ごと、体をベッタリと粘液が覆う。


ワン!」


 オリヴィアが偏重強化を発動するも、粘性が高く振りほどくことができない。ユーリが起き上がるよりも前に、ジャイアントスパイダーが顎を使い糸を高速で巻き取り始めた。

 そのままあの顎で噛み砕かれればひとたまりもないだろう。


「くっ!」


「オリヴィアアァァァ!!」


 ユーリが駆けるも、遅い。

 オリヴィアは無惨にもその蜘蛛の顎に……


「……えっ?」


 そよ風。オリヴィアの頬を風が撫でた。

 ユーリですら目で追えない程の速さで駆ける人影。金色に翡翠色が瞬く。

 音もなく、蜘蛛の頭部が切り飛ばされた。


「すごい……」


 これが銀級冒険者、セレスティアの実力である。ユーリの意識の及ばぬ速度で走り、切る。

 格が違う。

 オリヴィアもユーリも強くなったつもりであった。事実、銅級に足がかかる程には強くなっている。

 しかし銀級は格が違う。

 銀級に上がるためには実力、人柄、思考能力、問題解決能力、様々なものが必要となる。

 そこに到達した一人なのだ、セレスティアは。本来ならば、こんなひよっこ二人に訓練をつけるような人材ではないのだ。

 呆然とセレスティアを見るユーリとオリヴィア、そんな二人に目を向けて彼女は、


「くくくく、くも、蜘蛛切っちゃ、蜘蛛、切っちゃ……あらって、剣、きれいに、あらって、むり、もう、ムリ……」


 ショートソードを二人の方に放ち、ガタガタと震え始めたのだった。


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