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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第048話

 目抜き通りに面している冒険者ギルドベルベット支部の建物だが、建物の裏は砂地の訓練場となっている。

 等級の昇格試験や初心者の訓練、はたまた冒険者同士の喧嘩などでも使用されるが、それほど使用頻度は高くない。

 そんな訓練場にて、ユーリとベルンハルデが向かい合う。

 観客はオリヴィアとモニカ、それと何故か着いてきたレンツィオだ。


「ユーリ、だったな。まずは鉛級への昇格おめでとうと言っておこう。年端もいかないガキが冒険者登録に来ることはままあるが、数ヶ月で鉛級に昇格するなんてことは前代未聞だ。よほど実力があるんだろうな……嘘をついていなければ、な」


 ベルンハルデは腰にびたマチェットの一本を抜き、ユーリに向ける。


「あーだこーだ話すのはめんどくせぇ。今からお前の首を切る。もちろんゆっくりとだ。トロールに勝てる程度の力があれば、避けるのは造作もないことだろう。もし避けられなかったら……まぁどんまいだ。自分の悪行の報いだと思って諦めろ」


 おどしては見たものの、ベルンハルデは本当に首を刎ねるつもりはもちろんない。脅せば嘘を白状すると思っただけだ。

 しかしユーリは特に気負う様子も見せずに腰のシースナイフを抜いた。怯えも恐れも無くベルンハルデを見据えている。


(ほう……)


 試すまでもなく、この時点でベルンハルデは気がついていた。ユーリがただの子供ではないという事に。

 ベルンハルデは比較的ゆっくりとユーリに近づき、その首目掛けてマチェットを薙ぐ。

 普通の子供であれば、この時点で目をつむるか、のけぞるかの行動を起こすだろう。しかしユーリはそれをしない。

 ベルンハルデは怪訝に思う。油断しているのか、切られやしないとたかをくくっているのか。何を考えているのか分からない不気味な目だ。

 刃が首に吸い込まれる直前、ベルンハルデが寸止めをしようとしたまさにギリギリでユーリは身体を引いて紙一重で避けた。

 そして……チラリとベルンハルデの首に視線を向けた。顔ではない、攻撃後の無防備になるであろう『首に』視線を向けたのだ。

 ベルンハルデの全身を悪寒が走る。

 ベルンハルデは戦慄する。もし今この瞬間、ユーリが自分に攻撃してきたとしたら、果たして避けられただろうか。相手を侮り反撃のことなど考えていなかった自分に、避けることは出来たであろうかと。

 油断していたのはベルンハルデ自身であった。明らかな格下だと、たとえユーリが強かったとしてもたかがしれていると、そう決めつけていた。

 当然ユーリにはベルンハルデを攻撃するつもりはない。ただ確認しただけだ。勝つためにはどうすればよいか。効率よく敵を殺すにはどうすればよいか。その確認のためにベルンハルデの首を見ただけである。

 シースナイフを持った手を振り上げもしなかった。

 結果、ベルンハルデのマチェットはユーリの首スレスレを素通りしただけで終わる。


「ゆ、ユーリちゃん!?」


 慌てて飛び出してきたのはモニカである。ユーリがギリギリのところで、最小限の動きで避けたために、離れたところから見ていたモニカには刃が当たっているように見えたのだ。

 ベルンハルデを体当たりでドンと押しのけてユーリに手を伸ばし、ペタペタと首や顔、身体を触って確かめる。


「大丈夫!? 当たってない!? 切れてない!? 痛いところは!?」


「大丈夫、ちゃんと避けたよ」


「本当に!?」


「どこからも血が出てないでしょ?」


「うん……うん……よ、良かったぁ〜」


 モニカはユーリをぎゅっと抱きしめ、安堵の息を吐く。

 暫くしてから立ち上がり、コホンと咳払いを一つ。


「申し訳ありませんユーリ様。取り乱しました」


「あはは、いつものモニカに戻った〜」


「職務中ですので」


 結果としては、トロールを相手にできる程度の力がある者なら当然避けられるであろう、手加減されたベルンハルデの攻撃をユーリが避けたという、ただそれだけであった。

 しかし、ベルンハルデにはそれ以上のものを感じていた。

 反撃することを念頭に置いて、過剰な回避をせずに、最大のリターンを狙う。土級だの鉛級だののレベルでは決してない。


「サブマスター。いかがしましょうか。ユーリ様にはトロールを狩る力量があると判断してよろしいですか?」


「……」


「サブマスター?」


「ん、ああ、すまねぇ。大丈夫だ。そのくらいの力はある」


 そして、それ以上の力も。

 言いかけて、ベルンハルデは口をつぐんだ。


「ユーリ様、オリヴィア様。お力を疑うような真似をしてしまい誠に申し訳ございませんでした」


 モニカが深々と頭を下げる。


「いいわよ別に。私だって最初信じられなかったんだから」


「うん。気にしてないよ。心配してくれてありがとう!」


 オリヴィアもユーリも、特に気にした様子はない。

 それでは精算の続きをさせていただきます、そんなモニカの言葉に頷き訓練場から出ていいく四人に向かってレンツィオが声をかけた。


「納得いかねぇなぁ!」


「……」

 

 が、四人は無視して部屋の中に……


「まーてまてまてまて! 何無視してんだよ!?」


 完全にスルーされるとは思っていなかったレンツィオが、慌てて駆け寄りモニカの肩を掴む。


「……手をお離しください、レンツィオ様」


 そんなレンツィオに冷たい視線を送るモニカ。当然である。レンツィオの心中はどうであれ、自分のことをナメクジ呼ばわりした男だ。会話を続けてあげているだけでかなり優しい部類だろう。


「いや、あんな手加減された攻撃を避けたからって何だってんだよ!」


「少なくとも鉛級に値する力量があると判断できました。これは私の判断ではなくサブマスターの判断です。文句がございましたら私ではなくベルンハルデ様にお願いいたします」


「あ? なんだレンツィオ。てめぇ私に文句があんのか?」


「ひっ! いえ、そんなことは……た、ただ、弱えぇやつが冒険者やってると、冒険者ギルド全体の格が落ちるというか、何というか……」


 ベルンハルデに凄まれタジタジになり、口からでまかせを言うレンツィオ。


「なんだてめぇ、たまには良い事言うじゃねぇか! ギルドの未来を心配してるだなんて、成長したなぁ!」


 そんなレンツィオの頭をガシガシと撫でるベルンハルデ。


「あ、いや、その……」


「じゃあギルドの先輩として、このちっこいのに稽古でもしてやれよ! あぁ、それがいい!」


 本当のところ、もう少しユーリの実力を見てみたかったベルンハルデである。口実が無かったが、レンツィオがいい具合に踊ってくれたので利用することにしたのだ。


「よーし、それじゃ稽古開始だ! 殺し以外は何でもあり、3級ポーションもあるから、腕の一本や二本くらい惜しまずやってくれ!」


 形の良い胸を組んだ腕で押し上げ、ニヤニヤと楽しそうにベルンハルデは言う。高みの見物を決め込むようだ。


「えー、やらないとだめ?」


 ユーリがオリヴィアとモニカを見上げて問う。


「申し訳ございませんユーリ様。サブマスターの命ですので、お願いいたします」


「ユーリ君、あんなヤンキーボッコボコにしてあげなさい!」


 モニカにはベルンハルデの意見に反対する権利は持たず、オリヴィアはむしろやってやれとばかりにシャドーボクシングをしている。

 どうやら誰も止めてくれないようだ。

 ユーリは仕方ないなとばかりにため息をつき、レンツィオと向かい合った。


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