第047話
「モニカー。精算お願いー」
「かしこまりしました、オリヴィア様。精算内容はトロールの討伐依頼でお間違いございませんか?」
「ございませんよー。というかそんなに堅苦しくしないでっていつも言ってるじゃない」
「申し訳ありません、職務中ですので」
「お硬いなぁ」
いつまでたっても堅苦しい態度を崩さないモニカにオリヴィアが口をとがらせながら、葉に包まれたトロールの右耳を2枚カウンターにぽいっと投げる。
「確認させていただきます。……トロール2体の討伐、たしかに確認いたしました」
「モニカ、こっちもお願い」
カウンターの下からひょっこりと顔を出したユーリが、トロールの右耳3枚を置く。
「えっと……なるほど、そういうことでしたか」
モニカはユーリとオリヴィアを交互に見て苦笑する。モニカは理解した。やはり今までのユーリの討伐依頼の達成は、ユーリだけの力では無かったのだと。
今までの討伐依頼のほとんどは、実際にはオリヴィアが行っていたのだろう。そして納品をユーリに任せていた。そしてそれをルール違反などとは露にも思っていなかったに違いない。
やはりオリヴィアも冒険者、ほかの冒険者と同じくルールなど詳しく理解していなかったのだろう。でないとこんなに堂々と、悪気なく受付に来ることなどあり得ない。
「オリヴィア様、ユーリ様。自分以外の冒険者が討伐した魔物を、自分が討伐したことにして納品を行うことは認められておりません。今回は悪意が無いものと判断しますので、厳重注意と冒険者等級の訂正のみ行わせていただきます。申し訳ありませんが、ユーリ様のギルドカードは一角兎の討伐前の状態、土級の途中に戻させていただきます。次回以降同様の違反を行った場合は厳格な処罰の対象となりますのでご注意ください」
態度こそ変えていないが、モニカにとってもオリヴィアは気の置けない友人のようなもの。気が重いなぁと思いながらも、規則なので注意するしか無い。
そんな風に思いながらモニカはオリヴィアに目を向ける。
すると、そこには『はぁ?何言ってんのよアンタ』とばかりの表情のオリヴィア。
「はぁ? 何言ってんのよアンタ。もしかして、私が倒した魔物をユーリ君に譲ったとか思ってるわけ?」
「えぇと、はい。その通りですが……」
「何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ。私だって等級上げたいのに。私に何の得も無いじゃないのよ」
「え、いや、その。それはそうだと、思いますが……」
モニカは冷静になって考える。確かにそんなことをしてオリヴィアに得は何もない。
しかし、そうとしか考えられない。黒狼五頭の討伐でさえ怪しいのに、トロールを三体も討伐したなどと信じられるわけがないのだ。こんなに小さい、五歳くらいの女の子……いや、七歳の男の子が。
「トロール三体、その子が倒したのよ」
「オリヴィア様、それは流石に信じられません」
「信じられないってどうして……あ、いや、そりゃそうか。そりゃそうだわ、ごめん」
オリヴィアは言葉の途中で気が付き、頭をポリポリとかく。当たり前ではないか。自分だって最初は信じられなかったのだから。どうして現場を見ていない受付嬢がユーリの実力を信じられようか。
「普通そうよね、そういえば私も最初は目を疑ったんだったわ。あのね、モニカ。その子強いわよ。私と同じか、それ以上に」
ここ数ヶ月のセレスティアとの訓練でユーリはかなり強くなった。不安定でムラのある強さが、安定したものとなっている。
「信じてとしか言えないんだけど……、本当よ」
「ハッ! んな馬鹿なこと誰が信じられるかよ! ガキが黒狼に続いてトロールだと? 寿命で死んだトロールの耳でも千切ってきたって方が幾分か信じられるぜ!」
横から発せられた軽率な声。現れたのはレンツィオである。今日も髪がツンツンと尖っている。
「げ、レンツィオ……なんであんたがここに……」
「俺は冒険者でここは冒険者ギルドだ、俺がいてもおかしくねぇだろ。万年鉛級のオリヴィアさんよぉ! 最近見ねぇと思ったらこんな小せぇガキとおままごとでもしてたみてぇだなぁ!」
「……うっさいわねぇ。あんたこそいつになったら銅級に上がるのよ。私が冒険者になったときからずっと『もうすぐ銅級』なんて言ってるけど、随分と長い『もうすぐ』じゃない」
「う、うるせぇよ! もうすぐ上がんだよ!」
「だからその『もうすぐ』がいつかって聞いてんの!」
数年前に冒険者になりグングンと成長しているレンツィオと、魔法学園上がりで去年冒険者になり急成長しているオリヴィア。自分より後から入ってきた女冒険者に抜かされるんじゃないかと内心ヒヤヒヤのレンツィオは、ことあるごとにオリヴィアに突っかかっている。歳が近いこともあり、ライバルのようなものなのだろう。
二人がヤイヤイと言い合っている内に、モニカはギルドの職員部屋に行き、一人の女性を連れてきた。
「こいつか?例のおかしな少年ってのは。なんだ、少女じゃねぇか」
「いえ、本人の話では男の子とのことです、一応」
「一応じゃない! 立派な男の子!」
黒髪を腰まで伸ばした褐色肌の女性。身長は180センチほどあるだろうか。ノースリーブで体の線がハッキリと分かる扇情的な黒い服を着ており、深いスリットから覗く足が艶めかしい。腰には二本のマチェットを佩びる。
大きく切れ長の目の中に黒い瞳が輝き、鼻は高く口は大きい。手を出すことが躊躇われるほどの美人である。
名を、ベルンハルデ。冒険者ギルドベルベット支部のサブマスターその人である。
「さ、サブマスター!?」
大物の登場に驚愕するオリヴィアと、
「ね、姐さん!? お、おつかれしゃーっす!!」
舎弟の如く、勢い良く頭を下げるレンツィオ。腰が直角になるほどの最敬礼である。
その昔、スラム街でやんちゃしていたアルゴとレンツィオを叩きのめし、冒険者として叩き上げたのがこの人、ベルンハルデである。
「なんだ、レンツィオじゃねぇか。おまえもうすぐ銅級になるっつってどんだけかかってんだよ。もうすぐってどういう意味か分かってんのか?」
ベルンハルデは下がった位置にあり叩きやすくなったレンツィオの頭をスパーンと叩いた。
「すんまっせん! 精進しやす!」
「言葉はいらねぇんだよ。結果で示せ」
「う、うぃっす!!」
「サブマスター、今はレンツィオ様ではなくユーリ様の件をお願いいたします」
大抵の人はベルンハルデに物怖じするだろうが、モニカは全く気にした様子もない。無表情で催促する。
「モニカ、お前はもう少し私を敬え」
ベルンハルデがため息をつきながら言うも
「職務ですので」
モニカには取り付く島もない。
「そこの変な少年、それとお前……確かオリヴィアだったか。二人共付いてこい。訓練場に行く」
ユーリとオリヴィアは一度顔を見合わせた後、モニカに視線を送る。
「ユーリ様、オリヴィア様。訓練場にてユーリ様のお力を確認させていただきます。疑うような真似をしてしまって大変申し訳ございません。しかし、流石にユーリ様ほどの年齢の方がトロールを倒すなどということが異例過ぎまして」
モニカはペコリと頭を下げ、さっさと歩いていくベルンハルデの後を追うように促す。サブマスターの命に背くわけにもいかず、ユーリとオリヴィアはベルンハルデについていった。