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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第046話

「いた」


 発見したトロールは2体。どちらも大人の個体なので、ツガイだろう。前回は1体だったので慎重に立ち回る作戦が出来たが、今回はその作戦は不可能である。


「どうしよっか?」


 ユーリがオリヴィアに問いかける。


「私一人で戦ってもいい?」


「いいけど……大丈夫?」


「心配しなくていいわよ。私だってそれなりに強くなったつもりだし。ユーリ君は前みたいに木の上にでも座って待ってて」


「うん、分かった」


 オリヴィアは一人、トロールの方へと歩き、ふと立ち止まって振り返る。その顔には意地悪な笑みが浮かんでいる。


「あ、そうだ。私が声をかけるまで絶対に動かないこと。分かった?」


 前回はオリヴィアの言うことを聞かなかったため、危うく二人して死にかけたのだ。

 ユーリはバツが悪そうな顔になる。


「うーー、絶対守ります……」


「ふふ、冗談冗談。ユーリ君もいろいろと学んだみたいだし、自分の判断で動いていいわよ」


 オリヴィアは笑顔でパチリとウィンクをし、真面目な表情に戻ってからトロールに向かう。


「まぁ、私もこの3ヶ月で色々と学んだけどね……」


 トロールに向かって軽く走る。十メートル程の近さまで近づいた時に、オリヴィアは唱えた。


「『ソク』」


 ドッ……


 踏み込みで地面の土をまき散らしながらの急加速。オリヴィアも偏重強化を会得していた。

 いや、正確にはオリヴィアのそれはユーリやセレスティアが使用しているものとは違う。

 オリヴィアが強化出来るのは一瞬だけだ。訓練をどんなに頑張っても、偏重強化をしながらの戦闘は出来なかった。戦闘のことを考えた瞬間に偏重強化が解けてしまうのだ。

 だからオリヴィアは考えなくても良い偏重強化を編み出した。唱えれば、反射的に数秒だけその部分を偏重強化できる方法を。

 もちろん、ユーリの使う偏重強化に比べて汎用性は大きく劣る。しかし、ヒットアンドアウェイの戦いを主体とするオリヴィアはそれで十分だ。

 ユーリの偏重強化と異なり脊髄反射で発動する分、発動速度はユーリより早いかもしれない。


「『ワン』」


 三か月の訓練でオリヴィアが体得したのは、右足と右腕の偏重強化のみ。オリヴィアはこれを瞬刻強化と名付けている。

 圧倒的加速度で間合いを詰め、オリヴィアの存在に気が付いて居ないトロールの頭に刺撃を見舞う。強化された右腕から繰り出されるその突きは、見事にトロールのこめかみを穿った。崩れ落ちるトロール。

 愛すべき者の悲惨な末路にもう一体のトロールが怨嗟の声を上げる。

 オリヴィアはレイピアを抜き取る勢いで剣の柄を怒るトロールの頭に叩き込む。

 流石はタフなトロール。小さい脳が多少揺れたところでさほどダメージはない。


「『ソク』」


 瞬刻強化を足に発動し一度距離をとる。トロールが丸太を右手に持ちオリヴィアと対峙たいじする。

 前回と同じようにオリヴィアはトロールを中心に右回りを始める。案の定、トロールは丸太を右上から振り下ろした。

 その攻撃を避け、隙だらけの懐に潜り込む。


「『ワン』」


 右腕の強化。顎から頭に届くように細剣を貫く。

 一度ビクンと大きく体を震わせてから崩れ落ちるトロール。抜いた細剣を勢いよく振り血と脳漿を飛ばす。

 あまりに鮮やかな戦闘に、ユーリは思わずため息をついた。

 前回のような慎重さと堅実さの上に成り立つ戦闘ではない。圧倒的強者の戦いだ。オリヴィアは細剣を鞘に戻して、ユーリの方へ目を向ける。


「降りてきていいよ」


「オリヴィアすごい!」


 高い木の上からピョンと飛び降り、オリヴィアの元に走る。


「すごいすごい! すっごく鮮やかだった! ピャッて走ってズバズバって! かっこよかった!」


「あはは、ありがと」


 両手離しで褒めてくれるユーリに照れながらお礼を言うオリヴィア。しかし、笑みを消して真剣な顔になる。


「さて、恐らくトロールの親は倒したけど……」


「もしかしたら子供がいるかもしれない、だね」


 前回と異なり油断をしていない様子のユーリを見て、オリヴィアは口元を緩める。


「うん。じゃあもしも子供が戻ってきたら、相手はユーリ君にしてもらうね」


「……分かった」


 オリヴィアは手早く討伐証明の右耳を切り取り、ブンと振って血を飛ばし、大きな葉でくるんだ後にリュックへと仕舞う。

 ユーリと二人で木の上で待つこと数時間。日がくれる頃になりトロールの子供が帰ってきた。

 数は……3体。

 どうやら先程のトロールは子宝に恵まれていたようだ。


(3体……想定外の数だけど……)


 オリヴィアはユーリを見る。ユーリは真剣な顔で見返して言った。


「やらせて」


 ユーリの目に怯えは無い。驕りも無い。落ち着いて現状を見ている目だ。これならば問題ないだろう。

 何より、何かあったとしてもすぐに助ける自信がオリヴィアにはある。

 オリヴィアはゆっくりと頷いた。


「分かった。行って来い!」


 ユーリの背中を強くバシンと叩くと、そのままの勢いで走り出した。

 両親の無惨な亡骸の前で悲しみ怒る3体のトロール。

 このトロールは前回オリヴィアを傷つけた個体とは異なる。そんなことは分かっている。頭では分かっていても、心がざわつく。

 ざわつくが、冷静さは失わない。

 激しく地団駄を踏むトロール達の足の隙間を抜け、真下から跳躍、ムーンサルト。1体の顎を砕く。

 訳も分からず激痛に襲われ転げまわる一体と、ユーリの存在に気がついた残り2体。怒りながらも警戒しているのか、迂闊には近寄ってこない。

 ユーリはそんなトロールを見て思う。


(怒って我武者羅に攻撃してきてくれたほうがやりやすいんだけどな……あ、そうだ)


 ユーリはポケットからこぶしほどの大きさの丸いものを取り出し、ユーリを警戒しているトロールに向かって投げた。

 それはトロールの足元に落ちると……


 カッ!!


 激しい光を放つ。

 あまりの光で目が眩むトロール。ユーリがその隙を逃すはずがない。目を抑えているトロール達の首の骨を、シースナイフを使って断ち切る。呆気なく2体のトロールは絶命した。

 残りは顎を砕いたトロール一体。

 もはやその目に浮かぶのは怯えの色だ。

 ユーリは最後のトロールを前に、今回の戦闘で初めて偏重強化をする。


「ごめんね」


 目にも止まらぬ速さで距離を詰め、高く跳躍。そのままトロールの頭を思い切り蹴り抜く。血の霧が舞う。前回は怒りに任せて放った攻撃を、今回は自分の意志で行う。

 ユーリは偏重強化を使いこなしたのだ。


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