第043話
最近は冒険者としての活動に積極的なユーリだが、もちろん冒険者家業にばかり傾倒しているわけではない。平日の放課後は毎日エレノアの研究室に行き、お手伝いを兼ねつつ、錬金術の知識を蓄えていた。
ユーリとて、ある日いきなり魔法が使えるようにならないかな〜などとお花畑な考えをしているわけではない。漠然とではあるが、魔法を使えない自分が使えるようになるためには錬金術の力が必要なのではないか、と考えていた。
何故なら魔法の属性が火、水、風、土、木、闇、光の7種であり、錬金術の素材の属性も同じく7種に別れているからだ。
ならば、うまく錬金術を使って、魔力を属性に変換できれば、魔力のある人ならば魔法を使えるようになるのでは? と考えたのだ。
もちろんそんなことは今までの研究者たちも散々研究しているし、その『うまく錬金術を使って』の部分がどうやればいいか皆目見当もつかないため、自分の持つ属性以外の魔法を使えないという結論に至っているのだが。
現代の錬金術は主に2つの側面が大部分を占める。
1つはその名の通り、金を生成することを目的とする錬金術である。実は成功した事例が過去にあるのだが、材料が虹色ドラゴンの鱗、甲羅に宝石を背負う魔物ジュエルトータスの肝臓、常闇に咲く花リューゲンブルメの花弁、そして触媒にプラチナを使用して、精製できた金は100グラム程。
そこそこの量を精製出来たとはいえ、かかった費用はその百倍にも登る。せっかく錬金に成功したというのに多額のお金を失ったことから『失金術』等と揶揄され、さらにそれが『失禁術』に誤解され、一部では術中に失禁した錬金術師などと不名誉なレッテルを貼られたとか。
金を錬成するロマンの錬金術、これが第一の錬金術である。
2つ目はポーション等の薬や肥料、毒を精製する錬金術である。現代で錬金術というと専らこちらを意味する。
ポーションは冒険者からの需要が高く、また家庭でもキズ薬感覚で常備しているところが多い。そのためポーション類の需要は安定しており、一定の収入が見込める。
堅実な錬金術。これが第二の錬金術である。
そしてごく少数がその2つに該当しない錬金術を研究している。エレノアはその少数にあたる変わり者だ。
この第三の錬金術が何を作り出すのかというと……
「見てくださいユーリ君! 取っ手を握ると筒から風が吹く道具です!」
「わ、ほんとだすごい! でも取っ手がすごく冷たい!」
「取っ手から熱を吸収して風の力に変えてるんです。マグマに住む火トカゲの内臓とホオヅキカズラの種を主な素材にしてですね……」
「エレノア! 冷たい冷たい冷たい! 手が張り付いちゃった!」
「あああああ! お湯! お湯につけてくださいー!!」
と言うように『何か』をつくり出しているのである。
「エレノア、他に手伝うことはある?」
「そうですね、今日は特に無いですね。ユーリ君は一通り錬金術の基礎は覚えたので、今日は実際に錬金術をやってみましょう」
「ほんとに!?」
実は錬金術をためしたくてずっとウズウズしていたユーリである。実際に錬金術を使えると聞いて、その瞳をランランと輝かせる。
「はい。では簡単にできるもの、そうですね、蓄熱石を錬金してみましょう」
蓄熱石。第三の錬金術の中では珍しく役に立つものである。火の中に1、2時間くべておくと、その後1日程は50度程度を保つ特性を持った石である。一冬くらいは繰り返し使え、ヒビが入ったら捨て時である。
素材はある程度強度の高い石と、適当な油。触媒は無属性のものが良いが、この程度の錬金であれば別になんでも良い。
河原などにある角の取れてすべすべした石で作られたものが人気がたかい。
「最初は適当な石と適当な油でやって見ましょう。失敗しても基本的には消費するのは触媒だけなので、惜しまずどんどん使ってください」
「分かった!」
ユーリは作業台の上に、触媒(一角兎の粉末)で円を描き、粉末の上に石と油紙で作った箱に入った油を置く。
いざ錬金を始めようとするユーリに、エレノアがまるで教鞭をとるが如く、何処か得意げに話し出す。
「失敗は成功の母と言いますが、錬金術ではまさにその言葉を痛感します。そもそも『失敗することすらできない』んです。錬金術の一歩目は触媒に魔力を通すこと、これを『通力』と言います。この一歩目がとにかく難しいんです。錬金術を目指した人の役八割はここで挫折するとも言います。もちろん通力ができたからと言って錬金術が成功するわけじゃありません。今度は触媒と素材を魔力で満たす必要があります。これを『魔力飽和』といい、この状態になって初めての錬金が始まります。このとき魔力が少なすぎたら錬金は始まらず、多すぎると触媒が焼けてだめになります。また、属性値の高い素材の場合には魔力飽和させるための必要魔力量も当然膨大になるため、魔力の少ない人はここで断念せざるをえません。そして最後にその魔力飽和状態を維持し、生成したいものを念じる必要があります。これがまた難しい。魔力量を一定に保ちながら作りたいもののイメージを送り込む。この両方を同時にする作業で心が折れる人が多数います。反対に言うと、これができれば『錬金術師』を名乗ってもいいかもしれません。この3ステップを『通力1年飽和2年、錬金するには後3年』などと言われており、一人前の錬金術師になるには6年の歳月が」
「……出来たかも」
「必要だと言われてってええええぇぇぇぇ!?」
得意げな顔から一転、エレノアが慌てて作業台を見ると、触媒は使用されて変色しており、油の量が減っている。蓄熱石の生成では石の見た目に変化は起こらないので、実際に使用してみなければ分からないが、それでも錬金術師であれば触媒だけ見れば一目で分かる。確実に錬金が成功した跡である。
「し、信じられません……あの、もう一度やってみて貰っていいですか? 今度はしっかり見ておくので」
「うん、いいよ」
ユーリは変色した触媒を捨て、新しい触媒で円を描く。新しい石を置き、油を注ぎ足す。
「それじゃ、やってみるね」
「……お願いします」
ユーリは円になっている触媒の一部に人差し指を触れる。
どんなに頑張っても外に出ていかなかった魔力が指先から流れ出て行く。魔力で満たされた触媒が淡く光を放つ。
触媒を魔力で満たしたら、今度は素材に流していく。決して無理はせず、しかしムラは無く。強すぎず、弱すぎず。
エレノアがゴクリと息を呑んだ。
素材まで魔力で満たされたら、今度はいよいよ錬金だ。
火の属性値の高い油から、石の方に属性を流すイメージ。人肌の温度、いや、それより少し温かいくらいの温度を保つ特性を付与するように。
素材に魔力が吸われていく感覚。枯渇しないように、指先から同量を流し込む。
やがて石から魔力が溢れ出したので、そこで終了。
「……ふぅ。どうかな、出来てる?」
ユーリが問うも、エレノアは驚愕の表情のまま動かない。数十秒の後……
「プファア!! ……ハァ、ハァ……ゲホッ……お、思わず息を止めてしまってました……」
エレノアは震える手で石を取る。
「出来ていると、思います。いえ、絶対に成功してます。だって、あんなにきれいな錬金反応でしたから……」
錬金を行う際に発生する触媒の発光現象。初心者であれば当然魔力にムラがあり発光が瞬くはずだ。
いや、そもそも初心者ならば発光すらしないはず、ましてや初めての錬金の実践である。
それなのに、ユーリの錬金で起こった発光現象は恐ろしいほどに安定していた。まるで風の通らない密室に灯る蝋燭の灯火のように、揺らめくことすらしていなかった。
あれで成功していない訳がない。
「ユーリ君、錬金術は初めてですよね……?」
「え? うん。そうだよ?」
何でもないことかのように言うユーリ。
単純な好奇心の瞳。自慢も奢りも得意げな色もない。
『天才』
そんな単語がエレノアの頭に浮かんだ。
エレノアには自分が頭良いという自覚がある。魔法理論も錬金術も、同学年の誰よりも理解が早かったし、魔法実技だってすぐに出来るようになった。
先程エレノアが言った『通力1年飽和2年、錬金するには後3年』の言葉よりもはやく、通力については一ヶ月で出来るようになった。それでも一ヶ月である。毎日毎日練習して、それで一ヶ月だ。
教官から言われた『天才』という言葉は、今すぐに返納しなければならないだろう。
自分が天才だとしたら、目の前の少年は一体何だというのか。
「ちょっと色々試していい? 高そうな素材は使わないから」
「え、あ、はい。構いませんが……」
ユーリはあまり貴重ではなく値段も安い素材を手に戻ってくる。属性が風と木のホオヅキ、属性が水の魔砲魚の鱗を2枚。
まずは先程と同じように、触媒と石を置き、油の変わりに鱗を1枚。人差し指を触れて魔力を流し始める。
「あの、ユーリ君? 蓄熱石を作るときは火の属性値を持つ素材じゃないと……」
エレノアの静止も聞かず、ユーリは魔力を流し続ける。暫くすると触媒からプスプスと煙があがり始め……
ボシュウ!
「あっつ!」
「ユーリ君!?」
触媒が激しく瞬いて火を上げた。
「ユーリ君、大丈夫ですか!? 火傷してないですか!?」
「あはは、大丈夫大丈夫」
幸い火傷まではしていないようだ。
「適さない属性の素材を使うと触媒の回路がショートを起こすって忘れちゃったんですか?」
「ううん、覚えてたけど。実験実験」
そう言いながら、ユーリはまたも石と鱗を置く。
「ユーリ君、それは……」
「ちょっとやってみたいことがあってねー」
ユーリは先程と同じように通力を始める。しかし、先程と異なり触媒は安定した光を放つ。
今度は触媒が短絡を起こすことなく終了した。
「よし」
「……何をしたんですか?」
「蓄熱石が作れるなら、逆に蓄冷石みたいなのも作れるのかなと思って。多分できたと思う」
「そんな……」
理解、そして応用が早すぎる。
確かにその発想は前からあったし、実際に作った人もいた。残念ながら用途がなさすぎて教本やレシピに記されることはなかったが。
だからこそ、ユーリは蓄冷石なんてものを知らないはずだ。
それなのに創った。魔力操作の技術とイメージの力が、7歳のそれではない。
驚愕するエレノアをよそに、ユーリはホオヅキを取り出してセットする。
今度は一度目で成功する。
「今度は何を……?」
「えーっと、分かんない!」
「分からない?」
「蓄熱石と同じ要領で風の力を石に定着させるイメージで錬金してみたんだけど、風の力ってよく分からないよね」
石に見た目の変化は無く、風が吹いているわけでもない。
軽く投げてみても変化はない。
「まぁ、失敗なのかなー」
「錬金術では正しく反応しても望む効果が得られないときもあります。今回はそれに該当するかもしれません」
「なるほど〜。でも、錬金術って楽しいね! 色んな組み合わせを試してみたくなっちゃう!」
「気がついてしまいましたか! 錬金術の面白さに! でもその先は泥沼ですよ。やればやるほどやりたいことや試したいことがどんどん増えて、気がついたら寝食を忘れる程です……。ふふふ、ユーリ君、一緒にこの泥沼に沈みましょう……」
「エレノア、怖い怖い」
光のない目で笑うエレノアを見て、ユーリは苦笑いする。あまりのめり込みすぎないようにしようと思うも、頭の中では色々とやりたい錬金術で溢れていた。
◇
かくして一人の少年が、錬金術師としての一歩を踏み出した。
世界はまだ、この小さな錬金術師を知らない。しかし、いずれ知ることになるだろう。
この世界をひっくり返す、小さな錬金術師が誕生した瞬間であった。
第一章、小さな錬金術師、完
第一章までお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも続きを投稿いたしますので、よろしければブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援をよろしくおねがいいたします。
☆★☆★☆追記☆★☆★☆
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【ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~】の第一巻が、11月10日に発売されました。
書籍では書きおろしと特典SSが読めますので、是非お手に取っていただけたらと思います。
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買う予定の無いという方も、ページに飛んでイラストだけでもご覧になっていただけたら幸いです