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第038話

 土の日。ユーリが待ちに待った土の日である。

 ユーリとオリヴィアは、師を紹介してやるというレベッカに着いて行く。

 たどり着いた場所は広い庭付きの大きな屋敷だ。敷地は高い塀で覆われている。貴族でも住んでいるのかと思う程立派な屋敷だが、手入れはされていないようで庭木や草は伸び放題、壁は汚れ所々窓も割れている。夜くればお化け屋敷と見紛うほどの場景である。

 錆びついた鉄門をレベッカが蹴り開けた。


「ここは……?」


 オリヴィアが問う。


「ん? あぁ、私が所属していたクランの拠点だよ」


 まぁ、大分前の事だがな、とレベッカは懐かしそうに屋敷を見上げながら言う。


「そこそこ大きくて名の知れたクランだったんだがな、ひょんな事でマスターが辞めてしまったんだ。サブマスターもそれを気に冒険者を引退。残ったメンバーも他のクランに引き抜かれたり独立したりと減っていき、あっという間に瓦解したよ。まぁ、一人だけ辞めずに残った変わり者が、未だにこの屋敷を使ってるわけだが」


 そんな話をしていると、タイミングよく屋敷の扉が開く。


「……おはよ」


 数分前、いや、数秒前に起きたばかりといった様子で、半開きの瞳をこすりながら歩いてきた、尖った耳の女性。

 腰まで流れる金髪に凹凸の少ないスレンダーな体躯、眠たげな瞳から覗く透き通った翡翠色。

 冒険者ギルドで以前出会った銀級冒険者、セレスティアその人である。


「あ」


「あ」


「ああ!」


「ん? なんだお前たち、知り合いか?」


 短く驚いたように声を出したユーリとセレスティア。感嘆の声を上げたのはオリヴィアだ。

 セレスティアは眠たげな瞳を少し開くと言う。


「……迷子の女の子」


「ちがう! 冒険者の男の子!」


 未だに勘違いしたままのセレスティアに、ユーリが憤慨しながら訂正する。が、セレスティアは意に介さずだ。


「私の事、覚えた?」


「えっと、うん。セレスティア、だよね?」


「……うん」


 何ともマイペースな会話の後ろで、オリヴィアがレベッカに事情を説明する。


「というわけで、少しだけ面識があります」


「なるほど、変な縁もあるものだな。セレスティア、こいつがこの前話した変な身体強化を使う子供だ。ちょっと見てやってほしい」


「……分かった」


 セレスティアはユーリから距離を取って対峙する。特に身構えることはなく、自然体だ。


「ユーリ、あれを見せてやれ」


「見せてやれって言われても……」


 相手は華奢な女性。しかも寝起きでパジャマ姿である。


「安心しろ、彼女はこと対人戦においては私より強い」


「……私、強い」


 無表情ながらも、どこか自慢気なセレスティア。

 ユーリは困ったようにオリヴィアに目を向けるが、


「大丈夫だよ。セレスティアさん強いし、速いから。多分攻撃は当たらないよ」


 オリヴィアが言うのなら大丈夫なのだろう。ユーリはパシリと頬を叩いて気合を入れ、身体強化と偏重強化を発動する。驚いたように目を開くセレスティアに構わず弾ける。

 ユーリお得意の潜り込んでからの回し蹴りである。


 入った。


 そう思った時には、ユーリは天を仰いで倒れていた。


「へ?」


 うまく転ばされたのだろう。覆いかぶさるようにユーリを支えるセレスティアを、ユーリは呆然と見る。


「ロプサイド……」


 しかし、セレスティアもまた驚きの表情でユーリを見つめ返す。


「どうして……君がそれを……」


「ロプ……なにそれ?」


「君が使ってるその『変な身体強化』、私達エルフでは『ロプサイド』って呼ばれてる」


「あ、やっぱりもう誰か使ってたのか」


 ユーリは少し落胆する。自分が最初に発明したものかもしれないと考えていたからだ。


「うん。エルフでは多くの人が使える。でも、反対にエルフ以外で使える人は聞いたことがない」


「そうなの?」


「うん。基本的に人間が使えるのは形式魔法だけだから。例外は身体強化だけ。そのはずだった」


 例外が、目の前の可愛らしい少年である。


「私は普通に出来るから、何で人間が出来ないのか分からないけど……」


「考えられないからだ」


 ユーリとセレスティアの会話にレベッカが入る。


「ユーリ、足だけを強化してこれを蹴ってみろ」


 朝食だろうか。レベッカは二口ほど齧ったリンゴをユーリへと放る。

 ユーリは言われた通り、右足を強化してリンゴを蹴る。

 乾いた破裂音、舞う霧、芳醇な香りが漂う。


「今お前は私がリンゴを投げてから、右足に魔力を集中して強化を行い蹴った。普通は出来ないんだよ、そんなことは。そんなに器用に魔力を扱えるやつなんていないんだ」


「でも……ただ魔力を偏らせて強化しただけだし……」


「体内の魔力を大きく偏らせる。まずそれが無理だ。さらにその魔力で身体強化を発動。これも無理だ。最後にそんなことをしながら戦闘をする、無理に決まっている。十桁の数字を暗算しながら楽器を弾き、さらに会話までしているようなものなんだよ、私からしたらな」


 レベッカが呆れたような顔で言う。


「でも……エルフの人達は出来るみたいだし……」


「私達エルフは、あまり考えなくてもロプサイドを使用できる。右手に力を入れるような感覚で、魔力も操作できるから」


 ノエルが言っていた『脳の作りが違う』とはこういうことなのだろう。

 エルフが特に意識せずとも出来ることが、人間にとってはかなり難易度が高いことなのだ。


「……そっか、人間には本来できないことができる、つまり僕は」


「つまりお前は頭がイカれてるな」


「頭がすごく良い……あれ?」


 想定と異なるレベッカの言葉にユーリが首を傾げる。


「えっと、頭が良いんじゃなくて?」


「あぁ、頭がイカれてるな」


「十桁の暗算しながら楽器が弾けて同時に会話しているようなものなんだよね?」


「あぁそうだな」


「だったら凄く頭がいいんじゃ……」


「どう考えてもイカれてるだろうが。想像してみろそんな奴を」


 ユーリは頭に思い描いてみる。

 とても高度な計算をしながら、楽器を奏で、楽しくおしゃべりしている人間を。


「……」


「イカれてるだろう?」


「……ぐう」


 ぐうの音は出た。


「ともかく、同じ様な力を使うセレスティアにいろいろと教えてもらうといい。オリヴィアも学べることは多いだろう。それじゃ、私は学園に戻る。ティア、後はよろしくな」


「……分かった」


 レベッカは言いたいことだけ言うとさっさと帰ってしまった。


「あの……セレスティアさん、本当に良いんですか?」


 オリヴィアは恐る恐る訊ねる。相手は憧れの銀級冒険者である。


「冒険者の仕事も忙しいでしょうし、その、私達お金もありませんし……」


「良い、私、指名依頼しか受けてない。お金もたくさんある。あと、敬語じゃなくていい」


「いや、でも……」


「いいの」


 セレスティアは無表情ながら有無を言わせぬ顔で言う。


「とりあえず、訓練、する?」


 寝ぼけまなこのパジャマエルフによる訓練が始まった。


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