第031話
折れた所を白衣の変態に地獄の治療をしてもらった後、ユーリは寮の部屋で考えていた。
これからの目標とやるべきこと、自分にできること。
今まで『魔法を使いたい』という目標があって、それに向かってただ我武者羅に足掻いているだけだった。それでどうにかなると思っていたが、アルゴに手も足も出ないという事実を突きつけられ、ユーリはきちんと考えることにした。
これからどうしていくべきか。どういう順序で行うべきか。
「最終目標は『魔法を使う』ということ。これは確定してる。いや、確定してるのかな?」
最初は『家族を安心させたいから』という理由から魔法への興味を持ったが、今はどうか。
なぜ魔法が発動するのか。なぜ魔力があるのに使えないのか。水晶の色が変わる原理は? ナイアードの毛との因果関係は?
それらを解明したい、知りたいという知的好奇心で動いているように思う。ではそれらを知ってどうしたいのか。
自分だけが知って、それで終わりでいいのか。
違う。
「全ての人が、すべての魔法を使える世界」
ユーリが目指すべき目標はそれである。
「あはは、なんだかすごく壮大な目標になっちゃったや」
自分の口に出した目標が途方もなく大きなものに思えて、独り言なのに照れ笑いをする。しかし、目は笑っていない。大真面目だ。
最終目標は決まった。次は目標へどうアプローチしていくかだ。
取っ掛かりは今のところ一つだけ。それがナイアードの毛による鑑別水晶の反応である。
まずは大前提として、これが正しいのかどうかの検証。この確証が得られなければどうにもならないし、その先へも進めない。
『新鮮なナイアードの毛の取得』へのアプローチはどうするか。冒険者に依頼を出すのか、それとも自分で取りに行くのか。
殆ど文無しと言っていいユーリに取れる選択肢は後者しかない。では取りに行くのに必要なのは何か。
銅級冒険者程度の実力である。
結論としては、銅級冒険者を目指すこと。これに専念するべきだろう。
では銅級冒険者になるために必要な物は何か。
まずは力。銅級魔物を倒せる程の実力だ。
ではユーリが持っている力は何か。それは一般的な身体強化と、ユーリが編み出した偏重強化である。
全身を満遍なく強化する身体強化と、練った魔力を集中させて部分的に強化する偏重強化。前者をより強靭にするために出来ることは、とにかく使うことしかない。
考えるべきは後者、ユーリが編み出した偏重強化である。
銀級冒険者のアルゴでさえ知らなかった事だ。まだまだ未知数なことだらけである。
可能なのであれば、練った魔力で全身を偏重強化の状態にしたい。また、練る以外によりよい方法があれば見つけ出したい。
段々と方向性が定まってきた。
直近ですべきは、偏重強化のパワーアップ。方法は一般教養と魔法歴史学の授業中に、もっと高度な魔力遊びをし、複雑な魔力操作を行えるようになること。
そして冒険者としてのランクあげ。これはクエストをコツコツとこなすことでしかあげられない。
最後に戦闘能力の強化。ユーリは見て避けることと攻撃することは出来るが、それ以外はできない。
戦闘の駆け引きを知ること。これは現役冒険者から学びたい。となると、
「オリヴィアにお願いしようかな」
可能ならセレスティアからも学びたいが、大人気の銀級冒険者である。おそらく相手にされないだろう。
「よし、分析完了! 落ち込むのはこれで終わり!」
実のところ、アルゴに『鉛級』と格付けされて落ち込んでいたのだ。銅級には届かないにしろ、もしかしたら鉄級ほどの力はあるのでは? と自惚れていたところをボコボコにされた。
驕りは無くなった。道も見えた。後は壁にぶつかるまで、突っ走るだけである。
◇
「で、冒険者ギルドの入り口で私が来るのを待っていた、と」
「うん」
オリヴィアは小さな訪問者を溜息をつきながら見下ろす。どうやら自分はこの小さな冒険者に、友達のように思われているらしい。
「あのねユーリ君。私は冒険者になって日が浅いけど、それでも生業として命をかけてやってるの。遊びじゃないのよ」
オリヴィアは膝を折り、ユーリと視線を合わせる。その目は真剣だ。
「あの子……エレノアは学園の研究の延長としてユーリ君に協力してるみたいだけど、私は違う。ここは学園じゃない。対価を払わない人に与えるものはない。それが社会なの。ユーリ君が言っている事は、お店でお金は無いけどりんごをくださいって言ってるようなものよ。分かった?」
真剣な顔のオリヴィアに、ユーリはいかに自分が甘かったかのかを痛感した。両親だったり、姉だったり、マヨラナ村から連れてきてくれた行商人のおじさんだったり。みんな無条件で手を差し伸べてくれた。
学園ではエマが何度だって治療してくれるし、エレノアは色々教えてくれるし、オルガだって自分の研究成果を惜しげもなく開示してくれた。
甘やかされていたのだ。これまでの人生でずっと。
薬屋のおばあちゃんや鍛冶屋のボルグリンみたいに、見返りも無く手を差し伸べてくれることがイレギュラーだったのだ。
オリヴィアだってそうだ。出会った次の日にギルドまで案内してくれて、ユーリが無茶をしてないか心配で探し回ってくれた。
あの時、自分を心配してくれたオリヴィアに対して何と言ったか。『自分はそんなに無鉄砲じゃない』だなんて、開口一番によくそんなセリフが吐けたものだ。
「ごめ……」
『ごめん』
そう言おうとして口を閉ざす。果たしてそれは適切な言葉だろうか。
違う。わざわざこんな忠告をしてくれたオリヴィアに伝えるべきなのは謝罪の言葉などではない。相応しい言葉、それは、
「ありがとう……ございます」
感謝の言葉だろう。
ユーリの事を適当にあしらっても良かったはずだ。その方がずっと楽で時間も取られない。
それなのに真剣に忠告してくれたオリヴィアにかけるべきは感謝の言葉であると、ユーリは思ったのだ。
ユーリの言葉にオリヴィアが目を丸くする。
「僕のためにちゃんとお話してくれて、ありがとうございます」
ユーリはもう一度お礼をいい、頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、そんなに畏まられたら逆に困るって!」
オリヴィアはワタワタと慌てて言う。
冷静に考えれば相手は7歳の子供である。わがままを言って当然だし、物の道理がわかるはずもないのだ。
「まぁそんなわけで、ユーリ君はまだ7歳なんだから、しっかり学園で勉強すればいいよ。冒険者はもっと大きくなってから……」
「迷惑はかけないから、勝手にオリヴィアについていくね」
「……へ?」
ユーリは考えたのだ。
オリヴィアに教えを請うには対価が必要である。しかしユーリに払えるものなど何もない。
ならば、勝手に着いて行って、オリヴィアの戦いを見て学ぶしかないと。
「いや、でも危ないから……」
「大丈夫、逃げ足は速いから」
「そういうことじゃなくて……」
「何かあっても見捨てていいから」
「……あー、もう」
オリヴィアは困ったようにおでこに手をあて、ユーリの目を見て、諦めたように溜息を吐く。
この目は分かった上で言っている目だ。
例えモンスターに襲われたとしても、オリヴィアに助けは求めないだろう。オリヴィアに迷惑をかけるくらいならそのまま死ぬ、そう決意してしまった目である。
ユーリの決意にオリヴィアは負けた。
「次の土の日と陽の日に泊りがけでトロールの討伐依頼に行く予定があるから、来たいなら着いてきなさい。ただし、食料や荷物は自分で準備すること。いい?」
オリヴィアの言葉にユーリはパァっと花が咲いたように笑顔になる。
「分かった! ありがとう、オリヴィア!」
その可愛らしい笑顔を見て、まぁいっか、なんて思ったオリヴィアであった。