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第030話

「ナイアードの生息地、ですか?」


「うん。新鮮なナイアードの髪の毛が欲しくて」


 初めての依頼で手に入れた新鮮なソフィン草とヒキオコシ草を鑑別水晶で実験してみたが、当然反応は無し。

 手当たり次第に色々な物を試すのは継続するとして、ユーリはそれ以外の長期的な目標を立てることにした。それが『新鮮なナイアードの髪の毛』の入手である。陰毛ではない。


「そうですね。ナイアードは綺麗な淡水が沢山あるところに生息しています。森に湧く泉や、川の上流等ですね。例えば学園に流れ込む川は大きな川の支流何ですけど、それを辿っていった先や、後は西の森の奥にある泉などでしょうか……って、え? もしかして行くつもりですか!?」


「うん。すぐにじゃないけど」


「だ、駄目ですよ! ナイアードが生息しているところには他の魔物だっているんですよ! ナイアードだって比較的友好的ですが、分類は銅級の魔物です! 簡単に言うと銅級の冒険者と同等の力があるんです!」


「だからすぐにじゃないって」


 ユーリはまだ7歳。生き急ぐには若すぎる年齢だ。


「銅級くらいの力がついたら挑戦してみるよ」


 問題は、どの程度の力が銅級程度なのか分からないことだ。

 しかし、幸運にもそれを知る機会はすぐに訪れた。



「おいガキども。もういい加減にただ走るのにも飽き飽きしてきただろう」


 戦闘技術の授業で、アルゴがニヤニヤしながらそんなことを言う。


「そういう訳で、今日の授業は模擬訓練だ。ルールは簡単、武器の使用無し、魔法の使用無し、顔と金的への攻撃は無し。後は自由だ。さぁ、二人組を作れ」


 ただの体力作りからのいきなりの模擬訓練に、生徒たちは戸惑いながらも二人組をつくる。クラスで浮いているユーリと、遠慮して誰も組まなかったナターシャが残った。


「よろしく、ナターシャ」


「……仕方ないわね」


 ナターシャはため息を吐いてユーリと向かいあう。


「よし、ヤれ」


 アルゴのいきなりな号令に生徒たちは戸惑う。


「どうしたーぁ? もしここが戦場なら、ヤラれる前にヤラないと生き残れないぞーぉ?」


 ニヤニヤとしていたアルゴが急に真顔になり、言う。


「さっさとヤれ」


 途端、アルゴから放たれる強烈な殺気。

 生徒たちは背中にドッと冷や汗をかき、半狂乱になって組手を始めた。殺気にやられたのだ。


「そうだ、いいぞ。強くなりたければ体力作り、そして実戦、実戦、実戦だ。強いやつが生き残るんじゃねぇ、いくつもの実戦で生き残ったやつが強ぇんだ」


 そんな中、組手を始めないペアが一組。ユーリとナターシャである。


「……あなたは平気なのね、あの殺気が」


 ナターシャがユーリに問う。

 伏魔殿で幾日も過ごしたナターシャは殺気を向けられることなど茶飯事。そして何より、どこか心にある希死念慮きしねんりょから殺気への耐性は強い。


「へ? 今の殺気だったの?」


 対してユーリ。彼は五歳の頃から行っていた父シグルドとの訓練により、精神力は滅法に強い。あんな殺気より、父の拳の方が百倍怖いのだ。あのときの訓練の恐怖と比べれば、先程のアルゴの殺気などそよ風程度のもの。

 そんな訳で、このペアだけ組手が始まらないでいる。しかしただ突っ立っていてもどうにもならない。

 ナターシャはゆっくりとユーリに近寄り、いきなり拳を振るった。ユーリの顔面目掛けて。

 もちろん当たるはずもなく、ユーリは少しの体重移動のみで避ける。


「顔への攻撃は禁止じゃなかった?」


「当たらなければ攻撃じゃないわ、フェイントよ」


「あ、なるほど!」


 ナターシャのめちゃくちゃな理論に何故か論破されるユーリ。しばらくナターシャからの攻撃が続く。ユーリはその全てをすり抜けるように躱す。

 一旦攻撃の手を緩め、息を整えるナターシャ。


「ハァ……ハァ……一体どんな目してるのよ、あなた……」


「目? 普通だけど?」


 普通ではない。父シグルドの拳でさえも見切るユーリの目で追えぬものなど殆ど無いだろう。


「あんたからも打ってきなさいよ」


「うーん、でもそしたらナターシャが怪我しちゃうから」


 純粋にナターシャを心配しての言葉である。それはナターシャも理解していた。しかし、その言葉はナターシャのプライドを傷つける。


「随分と……余裕じゃない……っ!」


 ナターシャとて武術の素人ではない。体質的に長時間の激しい運動は出来ないが、それでも護身術は習ってるし、それを応用できる頭はある。

 突き、蹴り、フェイントを織り混ぜてのコンビネーション。しかしユーリには当たらない。

 フェイントに引っ掛からない訳では無い。フェイントに引っかかった上で全てを避けるのだ。全く当たらない攻撃にナターシャが業を煮やす。


「ほんっと、ちょこまかと……っ!」


 ナターシャはユーリから距離を取ると、


「火の精霊よ、数多の紅玉と成りて踊り廻れ!」


 詠唱した。火球を複数呼び出す中級魔法だ。火球の数は十程度。多くはないが決して少なくない。いや、この年齢の子供が使うにしては多すぎる。


「なっ!?」


 これにはユーリも驚き、咄嗟に身体強化を発動。

 ナターシャは体の周りにいくつもの火球をランダムにまとわりつかせながらユーリへと肉薄する。

 かわす、躱す、体をひねり、腰を折り、高くジャンプして、ユーリは火球とナターシャの攻撃を躱す。

 距離を取ろうと思えば取れるが、ユーリはそれをしない。楽しい訓練を見つけたと言わんばかりに、瞳を蘭々と輝かせ、あえてナターシャに近寄る。持ち前の動体視力と反射神経、運動神経をフルに活用し、全てを紙一重で避け続ける。

 これでも攻撃が当たらないユーリに、ナターシャが次の札を切る。


「ゼェ……ゼェ……水の……精霊……蒼玉と成りて……」


 火魔法を使いながら水魔法の詠唱を始めるナターシャを見て、荒く息をしながらユーリは歓喜する。


「アハッ! まだ増えるの!?」


 より高みに登れる喜びに震える。

 さぁ、次もさばけるか。

 ユーリは魔力を錬る。

 ナターシャが魔法の二重詠唱なら、ユーリは全身の身体強化と、密度の高い魔力での部分身体強化の二重強化。

 どちらも負担はかなり大きい。


 ついに、ナターシャの詠唱が完成する……


「はいそこまでー」


 鈍い音とともにナターシャの脳天に振り落とされる硬い拳、アルゴだ。


「キャイン! ……キュ〜〜」


 ナターシャは不思議な叫び声をあげ、目を回しながら気を失った。


「だーれが魔法を使っていいといった。しかも二重詠唱ダブルなんて無茶しようとするな。あれは子供にはまだ負荷が高すぎんだよ……って、聞いてねぇか」


 アルゴはナターシャに説教しようとしてやめた。気絶している相手に説教など意味がない。適当な生徒にナターシャを医療室まで運ぶように指示し、ユーリへと目を向けてしばらくジッと見る。


「……」


「……何? 身体強化も禁止だっけ?」


「いや、それは禁止じゃねぇ。身体強化は魔力こそ使うが武術の一部だからな。それよりも、なんだ、それ」


 アルゴの目線はユーリの足、部分強化をしている足へと向けられている。

普通、相手の体内の魔力など、特別な魔導具でも使用しない限り見ることはできない。

 アルゴは感覚的に、違和感を覚えているのだろう。


「ただの身体強化だよ」


「……まぁいい」


 どこか釈然としないながらも、アルゴは言及をやめた。


「それよりもアルゴ。僕の組手の相手が居なくなっちゃったんだけど」


「あぁ、じゃあ百週走るか?」


「アルゴがやってよ、相手。そして僕がどのくらいの強さなのか教えてほしい」


「はぁ? 何言ってんだお前」


「最近冒険者ギルドに登録したの。僕が実力がどのくらいなのか知りたくて」


「どうして俺がそんな面倒なことしてやらないと……」


 面倒くさそうにこの場を離れようとするアルゴに向けて、ユーリは言う。


「戦ってみると分かるかもしれないよ、僕の足の違和感」


「……チッ」


 アルゴは舌打ちをしてユーリと向かい合う。 


「どこからでも来いよ。てめぇがいかに自惚れてるか教えてやる」


 聞くが早いか、ユーリは弾けるように走り出す。普通の身体強化だけ発動し、部分強化はしていない。アルゴの横を潜る様に抜け、死角から振り返りざまに上段蹴り。


「甘い」


 しかし、アルゴはそれを足で簡単に防ぐ。

 ユーリは、一度距離を取るように一歩下がると見せかけ、直ぐに突進。顔面へ拳を振るう。

 これも左腕で防がれる。

 沈み込んでアッパー、からの二段回し蹴り。全て受け流される。全く通用しない。


「おい、早くさっきのやってみろよ」


「……」


 ユーリは一度アルゴから離れ、身体強化を調整する。

 今の強化はそのままに、新たに魔力を練り、足に集中。ユーリはこれを『偏重強化』と名付ける。

 ユーリの魔力操作技術と豊富な魔力量があって初めて出来る技だ。


「……行くよ」


 ユーリはぜる。最初と同じような動き。脇をすり抜け、振り向きざまに回し蹴り。

 さっきと同じ動き、段違いに上がったスピード。


「チィッ!」


 舌打ちをしながらアルゴは受ける。今度は足ではなく左腕で。

 先程のように足で受ける余裕は無かった。思いがけないほど重い打撃。

 しかしそれでも受け止めた。

 受け止められたユーリは目を見開く。この一撃なら入ると思っていた。


「っは、この程度かよ。大したこと無いなぁ!」


 今度はアルゴからの攻撃。『石火』の二つ名に相応しく速い攻撃。常人には見えないほどの速度で繰り出される拳と脚。

 しかしユーリはやはり避ける。避けて、避けて、避け続けて。


「ちっ、あたんねぇなぁ……なんてな」


 アルゴがブレた。ユーリにはそう見えた。ユーリの目を持ってしても残像を捉えることがやっとの速度。その速度の右回し蹴り。

 咄嗟に偏重強化した左足を上げて防ぐ、が。


「ガアッ!!」


「軽いなぁ、おい」


 偏重強化した足の防御ですら意味をなさない痛烈な蹴り。ユーリは足と肋骨の折れる鈍い音と共に吹き飛ばされ、背中から叩きつけられた。背中を強打したことと肋骨が折れた事で呼吸困難に陥り喘ぐ。

 そんなユーリを見下ろしてアルゴが言う。


「はい俺の勝ち。まぁ鉛だな、鉛級。鉄には及ばねえよ。調子に乗らないこったな。骨折れてるだろうからエマんとこ行って治してもらえ」


「……ぐ……分かった」


 なんとか呼吸困難から復帰し、ユーリは折れた足を引きずりながら医療室へ向かう。声が届かなくなってからアルゴは呟いた。


「まぁ、その変な身体強化をもーちょい上手く使えるようになれば、銅級くらいにはすぐなれるだろうけどな」


 アルゴは左腕と右足の痛みに顔をしかめる。

 折れている。

 左腕はユーリの蹴りを受け止めた時、右足はユーリの防御の上から蹴りを放った時だ。


「頭のおかしいやつだよ、ほんと」


 ユーリがやっていたことを、アルゴは大体把握していた。『部分的に集中した身体強化』、そんなところだろうと当たりをつけた。

 アルゴは試しに身体強化を足に集中してみる。体全体にではなく、足の一部のみの強化。

 ほんの少しだけ、足に魔力が偏った、気がする。魔力操作に集中してその程度である。

 ましてやユーリはその比ではない程足に集中させていた。そして何より、


「この状態を維持して戦闘するとか、ゼッテー無理。まじで頭おかしいだろ」


 この魔力操作を行いながら戦うなど、常人には不可能だ。例えるなら、難しい数学の暗算をしながら戦っているようなものである。

 折れた足を引きずりながら医療室へ向うユーリに、末恐ろしさを感じるアルゴであった。


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