第029話
ニコラと別れたユーリは、早速とばかりに冒険者ギルドのカウンターへと走る。初めての納品だ。
「モニカー、モニカー。いるー?」
「あ、もしかしてユーリ様ですか?」
地味で眼鏡な受付嬢モニカがカウンターから身を乗り出して下を見る。
「少々おまちください」
モニカは一度裏に行くと、踏み台を持ってやってきた。
「こちらをお使いください」
「ありがと!」
ユーリは踏み台に立つ。何とかカウンターの向こうが見えるようになった。
「クエストの納品に来たよ。これ、ソフィン草とヒキオコシ草」
「あら、こんなにたくさん。測量しますので少々お待ち下さい」
モニカはソフィン草とヒキオコシ草をまとめて秤にのせる。合わせて二キロ程の重さだ。
「二.一キロですね、こちら二千百リラで買い取りさせていただきます」
モニカは銅貨を二枚、鉄貨を一枚ユーリに手渡す。初めての冒険者活動で、いや、ユーリの人生で初めて稼いだお金である。感慨深くその三枚の硬貨を見つめるユーリ。そんな様子をモニカは微笑ましく眺める。
「ギルドカードはお持ちですか?」
「あ、うん。持ってるよ」
モニカの声に我に返ったユーリがギルドカードを渡すと、モニカはカードの裏のマスの2つにハンコを押した。
「ありがとうございました。ギルドカードをお返しします」
「今のハンコは何?」
ユーリは返却されたギルドカードの裏を見て言う。
「土級の場合、クエスト報酬千リラにつきハンコを一つ押印いたします。押印百個、つまり十万リラの報酬達成で鉛級に昇格です。同様に百万リラで鉄級、一千万リラで銅級に昇格です」
つまり、上のランクになりたければたくさん稼げということだ。
「なるほどー。早く昇格できるように頑張るね!」
「無茶は禁物ですよ、ユーリ様」
心配してくれるモニカに礼を言い、ユーリは次の目的地に走る。今度はグミの実の売却だ。
ユーリはまず薬屋へと向かった。試験管に入ったポーションやその材料となる薬草がずらりとならぶ緑一色の店のカウンターに、優しそうな老婆が一人。名をアデライデ・ハフスタッター。この店の店長であり、そして唯一の従業員である。
「おばあちゃん、グミの実を取ってきたよ!」
「おや、先週も訪ねてきたお嬢さんだねぇ。いらっしゃい」
「だからお嬢さんじゃなくて男の子! ほらみて、たくさん取ってきた!」
ユーリは袋からグミの実を出してカウンターに置く。
「おやまぁ、こんなに沢山。危なくなかったかい?」
「えへへ、途中で迷子になっちゃった」
「それは良くないねぇ。そうだ。おばあちゃんが迷子にならない方法を教えてあげよう」
アデライデはいくつかの方角を知る方法を教えてくれた。たとえば、木の根に苔が付いている側が北なので、まっすぐ歩くには木の根を見ながら歩くといい、見える範囲で木に軽く目印をつけるといい、雲が流れる方向は大体西から東なので、昼は空を見るといい等々。
「そうだ。たしか、死んだじいさんが使ってたコンパスと地図があったねぇ。どれ、どこに直したかねぇ」
よっこらしょっと、と言いながら腰をあげ、アデライデはガサゴソと周囲を探る。しばらくすると、あったあったと言いながら戻って来た。
「もうずいぶんと古いものだけどねぇ、使えないことはないよ。お嬢さんにあげるから、使うと良いよ」
アデライデが持ってきたそれは、古くて使用感があるがしっかりとした作りのコンパスと、色々と書き込みがされたベルベット領都周辺の地図だった。ユーリが見た川やグミの木の群生地、帰りに通った道なども記載してある。
この地図を見る限り、ユーリはグミの木の群生地から領都に戻る際に大きく右に逸れていたことが分かる。
「こんなに良いもの、貰っていいの?」
「良い良い。じいさんが遺したものだが、使う事もなければ売る気にもならん。可愛いお嬢さんの役に立てれば天国のじいさんも浮ばれるさね」
「……ありがとう」
ユーリはコンパスと地図を大切にしまう。小声で『あと男の子』と言いながら。
「そうそうおばあちゃん。このグミの実って、いくら位で売れるの?」
「そうさね。大体十粒で二百から五百リラくらいで買い取ってくれるんじゃないかねぇ」
グミの実は一粒で大体五グラム程。安くてもスフィン草やヒキオコシ草の四倍の値段である。単純にお金を稼ぐだけであれば、グミの実だけを集めるほうが効率が良い。
しかし、グミの実は冒険者ギルドの依頼ではないので冒険者等級は上がらない。悩ましい問題である。
「じいさんが生きている頃は、この季節によく取って来てくれててねぇ。どれ、私にもいくつか売っておくれ」
アデライデは銅貨を一枚パチリとカウンターに置いた。
「そんなのもらえないよ! こんなに良いもの貰ってるのに!」
ユーリは慌ててコンパスと地図の入った袋を指さして言う。
「色々教えてくれたから、おばあちゃんにはお返しだよ!」
カウンターに置いてあるものに追加してもう一掴み。
「ありがとうおばあちゃん、また来るからね!」
「おやまぁ、こんなに沢山食べられやしないよ……って、もういなくなってしもた。忙しいお嬢さんじゃのぅ」
アデライデはカウンターに置かれた沢山のグミの実を一粒つまみ、口へと放る。
「懐かしい味だねぇ。せっかくだから孫にでも持って行ってやるかね。あの子はいつもいつも、学園に引きこもってばかり。お嬢さんの爪の垢でも、煎じて飲ませたいもんだねぇ」
アデライデは孫の姿を思い浮かべる。
髪はボサボサ、服はヨレヨレ。こと研究にハマりだすと食事すら摂らなくなる研究一辺倒な孫娘、エレノア・ハフスタッターの姿を。
いい加減に男の一人くらい連れてきて欲しい物だとため息を一つ吐いて、アデライデはグミの実をもう一つ口に放った。




