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第027話

 冒険者活動を行える最低限の準備が整ったユーリは、そわそわしながら学園生活を送り、そしてついに待ちに待った土の日。

 天気は晴れ。初夏の太陽が段々と日差しの強さを増していく。絶好のクエスト日和である。

 ユーリは朝食を詰めるだけ詰め込み、いくつかのパンと焼いた肉を拝借し、意気揚々と魔法学園を出発した。ベルベット領都の東門を出て、少し離れたところに雑木林がある。今日はそこで採集を行うつもりだ。

 自分の身体を傷めない程度の身体強化を行い、まだ微睡んでいる街を颯爽と走り抜ける。

 軽く息切れしながらも一時間程で東門へ到着。門番にギルドカードを見せ、領都の外へ一歩踏み出す。冒険者ユーリとしての、第一歩目だ。


「うっし、頑張るぞー!」


 澄み渡る空にユーリの溌剌とした掛け声が抜けていく。そんなユーリの姿に、門番が微笑ましい気持ち半分、心配半分で声をかける。


「無茶はするなよー」


「ありがと!」


 声をかけてくれた門番に礼を言い雑木林へ。ユーリが事前に調べた情報では、ここらへんに採集クエストの対象植物があるはずだ。


「あ、もう見つけた」


 ソフィン草。様々な用途に汎用的に使われる植物だ。食べることも可能で、長期のクエストではこいつを鍋で煮て腹の足しにするという。

 ユーリは一つ葉をつまみ食んでみる。ほのかな甘みと苦味が口いっぱいに広がった。


「身体には良さそう、かな」


 好んで食べる味ではない。

 事前情報どおり、あまり育ちすぎていない柔らかな黄緑色をした物を採取する。採取が終わると駆け出し、また次の獲物を探す。

 ソフィン草ばかりが見つかりマンネリ化してきた頃、ヒキオコシ草を発見。半分より上に茂る葉を採取する。

 ソフィン草とヒキオコシ草をある程度採取した後はグミの実を探す。ちょうど今が旬だ。しばらく歩き回ると小川を発見した。そして近くにグミの木が数本生えている。赤い実がみずみずしく揺れる。


「やった! グミの木だ!」


 グミの実は大量になっており、一本の木だけでもユーリの持ってきた袋の容量をゆうに超えるだろう。とりあえず一粒千切って口に放り込む。


「んっ! 甘酸っぱくておいしっ!」


 砂糖などの甘味が高価であるこの世界において、貴重な甘みである。しかし食べてばかりもいられない。まだ昼前とはいえクエストの最中で、危険は少ない近隣の森とはいえ魔物だって目撃情報もあるのだ。

 ユーリは食べ頃の実の採取を始める。

 一時間程で用意した袋は一杯になった。時間は昼を過ぎた頃である。


「よっし、順調順調! パンでも食べて帰ろうっと」


 初めての冒険者活動は順調だ。ユーリはバカな子供ではない。ここで『低級の魔物くらなら……』などと調子に乗ったことはしない。これからたくさん時間はあるのだ。冒険は物足りないくらいでちょうどいい。

 学園からくすねてきたパンを取り出して一口……食べようとしてユーリは固まった。


「帰り道……どっち……?」


 ドッと冷や汗が湧き、口の中が乾く。混乱してパンを一口噛み、カサカサの口内では食べきれず吐き出す。

 早鐘のように打つ心臓の音が頭に響き、耳が遠くなる。もしかして、自分は今とんでもない状況に陥っているのではないか。ポロリと手からパンが落ちる。

 ユーリは周りを見回す。目に映る範囲に道は見えない。当たり前だ。意気揚々と道からそれて雑木林に入ったのだ。自分から、能天気に。

 帰り道が分からなくなることなど微塵も考えていなかった。


「お、おちつこう、うん。おちつこう。だ、大丈夫、大丈夫……」


 大きく深呼吸をし、出納から水を一口。そこでようやく出発してから一口も水を飲んでいなかったことに気がついた。初クエストに舞い上がっていたのだ。

 のどの渇きを自覚し、半分ほどを一気に飲み切る。すこし落ち着いた。


「よし、よし、大丈夫。落ち着いて状況確認から。まず、川。この川は超えてない。うん。絶対に超えてない」


 ユーリは川を指さして確認する。


「次にグミの木。この木は川を背にして発見した。だから川と正反対の方向から来たことになる。大丈夫」


太陽を見る。少し西に傾きかけている。


「僕は東門から太陽に向かって来た。なら太陽が傾く方向に行けばいい。そっちが西。大丈夫」


 クエストの収穫物を手に、ユーリは逸る気持ちを抑えて、あえてゆっくりと歩き出だした。



 数時間後。


「ふぇっ……うぅ……」


 ユーリは涙をこらえていた。いや、既に何度かその大きな瞳から雫が溢れているが。

 そう、迷子である。

 日は随分と傾き西の空はあかねに染まり始め、昼には鳴かない虫たちの声が聞こえ始める。あれから何時間歩いただろうか。魔力強化を使用していたためそこまで疲労は大きくない。しかし精神の方が疲弊していた。

 ぐぅとお腹がなる。

 収穫したグミの実を食べようと取り出して、やっぱりだめだと首を振って仕舞う。


「……グスッ」


 帰れなかったらどうしよう。暗くなったらどうしよう。魔物に襲われたらどうしよう。そんなネガティブな思考を振り払い歩く。

 涙が溢れる前に拭い、歩く。歩かないことにはたどり着かないのだ。

 しばらく歩き続けていると、微かに悲鳴のようなものが聞こえた。


「今の……」


 立ち止まり耳を澄ませる。

 悲鳴はもう聞こえないが、馬のいななきを耳が拾った。


「人かも!」


 ユーリは音の方へ走り出した。



「しくじったしくじったしくじった!」


 15歳の少女、ニコラ・フェルメールは悪態を吐きながら馬にムチを入れる。短い銀のツインテールが風になびき、グレーの瞳は焦燥感で揺れる。

 しかしいくらムチを入れても速度は上がらない。小さいとはいえ荷物満載の馬車をひいているのだ。速度が出るはずもない。

 彼女の馬車の周りには五匹の森狼の姿。


「整備された街道だからって油断した! くっそ!」


 いくら悪態を吐いても現状は変わらない。いや、少しずつ変わる、悪い方に。少しずつ狭まる狼の包囲網。消耗していく馬の足。

 そしてついに一匹の狼が馬に襲いかかる。

 馬は高く嘶き前足を跳ね上げた。


「キャアアアアアア!!」


 ニコラは御者台から大きく投げ出され、地面に叩きつけられる。足首から嫌な音がした。

 痛みにうめきながら顔をあげると、馬に次々と食らいつく狼たちの姿。絶体絶命の状況でも、思わず馬の損失額を頭で弾き出し始める彼女は、流石は商人見習いと感心するべきか、それとも金の亡者と呆れるべきか。

 狼たちから少しでも距離を取ろうと這うように進むニコラ。あわよくば馬だけでお腹いっぱいになってくれないだろうか。

 断末魔の嘶きを響かせ、馬の目から光が消えた。

 途端、狼たちは馬から牙を抜き、次の獲物……ニコラへと視線を向けた。


「ヒィッ!」


 ニコラは自分を見る五対の瞳に身をすくませる。その目に慈悲などない。嘲りも無ければ油断もない。いかに効率的に獲物を仕留めるか、それだけを考えている狼の瞳が不気味に光る。

 ニコラからの反撃を警戒してか、狼たちは一気に飛びかかることはしない。ジリジリと詰め寄り、射程圏内まで近づく。ニコラが恐怖で叫び出す直前、ついに一匹が身をかがめた。

 全身のバネを使って自分に飛びかかってくる狼が、まるでスローモーションのように見える。

 走馬灯のように過去の記憶が頭をめぐる。自分は結局なにも成し遂げられなかった。親に反発し実家から飛び出たものの、自分にはなんの力も無かった。そして、運も。自分を知る人のいない場所で、一から積み上げ、いずれ大商人になってやると意気込んで違う領土まで来たというのに。結果は見知らぬ土地で誰にも知られぬまま狼の餌となるのだ。

 ニコラの瞳からツゥと一筋の雫がこぼれた……その時。


「……え?」


 スローモーションになった視界の横から、白兎が飛び出してきて、狼にブチ当たった。派手に吹き飛ばされる狼と、低い姿勢で砂埃をあげながら滑るように着地する白兎……いや、白髪の子供。その子供の手には刃渡り二十センチ程のナイフ。

 子供はまるで四足歩行の動物かのような姿勢で狼と睨み合い、爆発的な勢いで走り出す。

 狼とすれ違い様に一閃。短い太刀では太い狼の首を断ち切ることは出来ないが、致命的な深手を与える。

 都合四度、白兎が跳ねる。

 気がつけば立っているのはその白い子供だけ。足元にはその子供よりも大きな狼のむくろが五つ。ニコラは呆然とその子供を見つめる。予想外の出来事に涙は引っ込んだ。

 ニコラと子供の目が合い数秒。

 ようやく自分が助けられたことに気がついたニコラが声を上げる。


「あ、ありがとうございま……!」


「ありがとおおおぉぉぉ!! 助かったああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


「……へ?」


 何故かニコラは、助けたもらった子供に泣きつかれ、感謝の言葉を貰っていた。


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