第026話
「廃棄する予定の武器? あるにはあるが、あんなもの何に使うんだ?」
戦闘技術の教官、レベッカの元を訪ねたユーリ。ユーリは事の経緯を簡単に説明する。
「冒険者か。まぁ小遣い稼ぎのために登録している学生もいるにはいるが、流石にお前には早すぎるんじゃないか?」
レベッカの意見は最もである。何せユーリは7歳の子供。領都から出て魔物と戦うなんて姿なんて想像できないし、想像したとしてもすぐに殺される未来しか見えない。
「別に魔物と戦うつもりはないよ。魔法素材の採取に行きたいだけ。ナイフも採集と護身用だし」
「まぁ止めるだけ無駄か。体がボロボロになってでも合格を掴み取った奴だからな、お前は」
レベッカは諦めるように息をはく。
「体育館の横に倉庫があるだろ? そこの裏に廃材室がある。生ゴミ以外は大抵そこに集まるから見てみるといい」
「分かった、ありがとうレベッカ!」
「あー、そのな、ユーリ」
走り出そうとするユーリをレベッカが止める。
「もしもだ、もしも廃材の中にちょっと良いシースナイフが捨ててあっても誰にも言うなよ」
「どういうこと?」
「あー……っとな、廃材室に私物を捨てるのはな、禁止されているんだ、一応な」
レベッカは目をそらし、頭を搔きながら言う。つまりはレベッカが使わなくなったナイフを捨てているが、見て見ぬふりをしてくれということらしい。
「わかった!」
ユーリは今度こそ廃材室へと駆け出した。
ユーリが廃材室の扉を開けると、乾いた埃っぽい空気が漂って来る。
「ケホケホ、埃っぽいなぁ」
廃材室というだけあって、倉庫の中は様々なガラクタが山と積まれていた。高い位置にある扉から西陽が差し込み、ホコリがキラキラと反射する。
扉から入って正面に木材類、左に布類、右に金属類と大雑把に区分けされているようだ。右奥の隅には何やら怪しい色の液体やミイラ化した何かの腕等が目に入るが、ひとまず無視して金属の山へと向かう。
なだらかにユーリの腰ほどまでに山と積まれたそれらから、目ぼしいものを探し出す。間違っても大怪我などしないように、鉄の棒でかき分けながら。
しばらくゴミ漁りをして数本目ぼしいものは見つけたものの、刀身が曲がっていたり大きく欠けていたりとユーリの求めるレベルには無い。廃材なので当然ではあるが。
この中から選択するしかないかと頭を悩ませていると、キラリと太陽光の反射が目に入った。
「ん?」
まるで『見つけて欲しい』とでも言うタイミングで輝いたそれに、吸い込まれるようにユーリが近づく。
「絶対これだ……」
スクラップの山の下の方、かなりの期間放置されていただろうそのシースナイフは、時間の経過は伺えるものの刀身に罅も欠けも無く、ただ埃を被って輝いていた。
取手に巻かれた布に血のような黒い液体が染み込んではいるが、布の隙間から覗く木製の取手は傷んでは無さそうだ。残念ながら鞘は見当たらないが、今まで目星を付けていたものとは比べるのも烏滸がましいほどの一品である。
確実にレベッカが捨てたというシースナイフだろう。
ユーリは捨ててある布を適当に斬りつけてみる。引っかかりもなく綺麗に切れた。
「全然使える。どうしてレベッカは捨てちゃったんだろう」
何故このシースナイフがこんなところに捨てられてたのかは、レベッカが冒険者をしていた頃の複雑な事情があるのだが、今は割愛する。
これほどよいナイフを手に入れられたのは僥倖ではあるが、鞘が存在しないと危ない。
「まだ間に合うかな?」
ユーリは窓から差し込む西陽を見る。流石にまだ店は空いているだろう。ユーリは急いで目抜き通りへと向かった。
◇
「ああ! いたーぁ!」
ユーリが目抜き通りを走っていると、オリヴィアの声がした。
オリヴィアはあっという間にユーリのところまで駆けつけると、ヒョイと持ち上げる。
「やっと見つけた! まさか一人で外に行ったのかと思って心配したじゃない!」
冒険者ギルドで少し目を離した隙にいなくなったユーリを今まで探していたようだ。
「僕、そんなに無鉄砲じゃないよ」
「その歳で冒険者登録なんてする子が無鉄砲じゃないわけ無いじゃない!」
オリヴィアの言う通りである。
「あれ、何そのナイフ」
オリヴィアはユーリが手に持っているシースナイフに目を向ける。柄に巻かれた布はボロボロだが、なかなかに良いものに見える。
「拾った」
「拾ったって、こんなに良さそうなのを?」
「うん。持ち主の許可は貰って拾った」
「許可を貰って?」
オリヴィアはハテナマークを浮かべる。
「でも、鞘がなくて。鞘だけなら五千リラくらいで作ってもらえるかなって思って、鍛冶屋に行くの」
ユーリは少し離れたところの、金槌マークの看板の店を指差す。目抜き通りに面したその店は大きく、門構えも立派である。
「うーん、やってくれるかも知れないけど、あそこの店は辞めといたほうがいいかも。いい店知ってるからついておいで」
オリヴィアはユーリを降ろすと、手招きしてから裏通りへとあるき出す。三十分くらい歩いたところにその店はあった。先程の店と比べると随分小さく、また見た目も古臭い。しかしどこか品が良い作りになっている。
隠すようにかけられた金槌の看板が控えめに揺れる。
「えっと、ここ?」
その店の佇まいを見てユーリは不安になる。どう見ても繁盛しているようには見えない。繁盛していないということは、腕が良くないということだと思ったからだ。
「店構えはこんなんだけどね、腕は確かよ。ちょっと店主が無愛想だけど」
営業中かどうかも分からないその店の戸をオリヴィアは躊躇わずに開く。
「おじさんいますかー?」
返事はないが、オリヴィアはずかずかと店の中に入って行く。
「返事ないけど、入っていいの?」
とは言いつつも、ユーリも遠慮なくオリヴィアに続く。
店の中は薄暗いながらも、壁にズラリと並べられた武器が少量の灯りを鈍く反射している。どの武器にも洒落っ気は無いが、シンプルに美しい。
置物1つ無いカウンターの奥の扉から、熱した鉄を水に浸す音がした。
「お、ちょうどいいタイミグだったみたいね」
暫くして扉から出てきたのは、低い背にガッチリとした身体、たっぷりと髭をはやした顔に鋭い眼光を光らせるドワーフであった。
顔の皺から結構な年齢であることが伺えるが、鋭い雰囲気から衰えを感じさせない。
知る人ぞ知るドワーフ族の名匠、名をボルグリン。
「なんじゃ、ひよっこ娘か。刃でも欠いたか?」
「お久しぶりおじさん。今日はこっちの子の用事できたんだ。昨日冒険者になったばかりのユーリ」
ボルグリンの風貌に呆気にとられていたユーリが、ハッと我に返り挨拶をする。
「初めまして、ユーリだよ。よろしく」
ボルグリンはユーリを一瞥し、少しだけ憂いの色を滲ませた瞳を伏せる。
「こんな子まで冒険者に身を落とすか。救えんな」
「おじさん違う違う。この子冒険者にはなったけど、魔法学園の生徒だから。訳あって魔法素材を自分で集めたいから、ついでに冒険者登録してるだけ」
勘違いするボルグリンにオリヴィアが慌てて訂正を入れる。
「今日は無くなっちゃったシースナイフの鞘を作ってもらいに来たの。目抜き通りの鍛冶屋に行こうとしてたから、だったらおじさんとこの方がいいかと思ってさ」
「これだけど、作れる?」
ユーリがカウンターにコトリとナイフを置く。
「……嬢ちゃんが持つにしてはやけにいっちょ前じゃな。そんな簡単に手にできる一品ではないぞ」
「そんなに良いものなの?」
「この状態でも十万はくだらんだろうな」
驚きの鑑定額にオリヴィアが声をあげる。
「えっ!? そんなにするの!?」
ボルグリンはナイフを手に持ち様々な角度から見る。
「少量たがアダマンタイトも混ぜられておる。五十万はするな」
「ごじゅ……!」
「ふん、銘は彫っておらんな。腕はいいがすかした野郎が打ったナイフじゃろうな。そして、血痕と投げ捨てられた様な跡……遺品か。まぁいい、嬢ちゃん、振ってみろ」
ボルグリンはボロボロだった柄の布を剥ぎ、応急処置的に新しい布を巻き付けてユーリに手渡す。
ユーリが父に習った型で何度かナイフを振ると、
「……坊主、本気で振ってみろ」
ボルグリンは先程より真剣な目でユーリを見る。ボルグリンの言葉に、ユーリは魔法強化を発動してナイフを振る。
鋭い風切り音がなった。
「……鞘が必要なのはナイフじゃなくて坊主の方じゃな。もういい、貸せ」
ボルグリンはユーリのナイフを半ば奪い取るように手に取ると、しばらく確認してから言う。
「調整してやる。一時間でいい」
「あ、あの、僕あんまりお金持ってないんだけど……」
「いらん。そのかわり次からも儂の所にこい。必ずだ」
それだけ言い残すと、ボルグリンは店の奥へと行ってしまった。ユーリは訳が分からずオリヴィアを見上げた。
「どゆこと?」
「さぁ? まぁでも、気に入られたってことじゃない?」
ボルグリンが店の奥に行ってから一時間ほど、店内の商品を『わ、これすごく高い!』『げ、二千万は買えないわねー』『見て見て、変な形ー』『何に使うものかしら?』と見て回っていると、作業を終えたボルグリンが戻って来た。
ユーリにナイフを手渡す。
革製の鞘は刀身にピッタリとハマり、ヒルト(刃と柄を繋ぐ金属部分)のところで、ベルトでパチリと留められている。
また、柄にも革が巻かれ握りやすくなっていた。
「わ、すごい!」
鞘を外して握ると、ユーリの手に吸い付くようなグリップ力があり、刃も研いであった。
「ほんとにタダでいいの? あの、あんまりお金は無いけど少しはあるから……」
「タダじゃないわい。次も儂のところにとくるという条件つきじゃ。体が出来上がっとらんのに下手な武器を持つと関節が壊れる。三流の鍛冶屋に変な風にいじられれてはたまらんからな」
「分かった、ありがとう!」
こうしてユーリはそこそこの逸品を手に入れることができたのだった。
「ねー、おじさーん。私の剣も握り心地が悪くなってきたような気がしててー……」
ユーリのナイフを見たオリヴィアが、自分の腰に下げている細剣をこれ見よがしにボルグリンに見せる。
「ふん、一万だ」
「えーー!! ユーリ君には無料だったのに! 私にも少しはまけてよ!!」
「……一万五千」
「なんであがるのさっ!!」
オリヴィアは暫く食い下がったが、結局まけてもらうことは出来なかった。




