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第025話

「うわー! ここが冒険者ギルド! おっきぃー!」


 陽の日、ユーリはオリヴィアに連れられて冒険者ギルドにやって来た。

 学園から歩いて三十分程のところ、目抜き通りを見下ろすように立つ重厚感のある建物が冒険者ギルドだ。

 傷だらけの大きな扉はひっきりなしに仕事をしていて、沢山の屈強な冒険者達が出入りしている。


「今は人が多いけど、もう少ししたら落ち着くはずだよ。だからしばらく待ってから……ってちょっとちょっと!」


「オリヴィア、案内ありがとう!」


 ユーリはオリヴィアが止めるのも待たずに駆け出す。

 下手をしたら大人の膝くらいの身長しかない小さな子供が、百キロを超えていそうな筋肉だるま達の足元をうろちょろしているのだ。蹴り飛ばされたり踏みつぶされたりしないかとオリヴィアは心配でたまらない。

 しかし、シグルドとの訓練で極端に動体視力と運動神経を鍛えられたユーリにとっては造作もないこと。

 まるで手品のようにスルスルと足元を抜けて、あっという間にギルドの受付へとたどり着いた。


 しかしここで問題が起こる。受付に来たは良いものの、カウンターが高すぎて全く届かないのだ。そしてガヤガヤとした冒険者ギルドの中である。カウンターの下をチョロチョロしているユーリに受付嬢が気がつくはずもない。

 どうしたものかと考えていると、脇にすっと手を入れて急に視界が高くなった。誰かに持ち上げられたのだ。


「わっ」


「……迷子」


 耳元から無感情な女性の声。


「迷子じゃないよっ!」


 ジタバタと藻掻いてみるが、細い腕は全く微動だにしない。しばらくモダモダとしていると、


「……違うの?」


 手の主が覗き込むようにユーリを見る。少し眠たそうな翡翠かわせみ色の瞳と目があった。

 腰まで流れる細い金髪に白い肌。スレンダーな体躯に控えめな凹凸。そして何より目を引くのが尖った耳。

 眠たそうな美人エルフ。彼女を一言で形容するとそうなるだろう。

 緑色のローブの上に胸当てをつけただけの軽装。どこかオリヴィアの格好に似ている。

 そのオリヴィアだが、少し遅れてギルドに入ってきて、ユーリを抱えている女性を見て硬直していた。

 美人エルフの眠たげな瞳がユーリを観察し、暫くして、彼女は受付嬢に視線を移して再度言う。


「……迷子。5歳くらいの、可愛い女の子」


「迷子じゃない! 7歳の男の子っ!」


 色々と勘違いし過ぎである。しかし、抱えられていることは都合が良いので、ユーリはそのまま受付嬢と会話を始めた。


「冒険者登録したいんだけど、ここで合ってる?」


「え、あ、はい。合っていますが……」


「何か書いたりする?」


「え、えぇ、こちらの用紙に必要事項の記載を……あの、本当にそのままで?」


 無口なエルフに抱えられた7歳の少年が冒険者登録の手続きを行っている状況に、受付嬢が困惑する。ユーリが記入しやすいように、エルフの女性が微妙に抱える位置を変えてあげているのが何とも言い難い。

 抱えられたまま必要事項を記入し終わったユーリが、その紙を受付嬢へと差し出す。


「あ、はい。ユーリ様、ですね。あと、登録手数料で二千リラお願いします」


「へ? お金いるの……?」


 ユーリは固まった。まさかお金がいるとは思いもしかなかったのだ。


「……お金、無いの?」


 美人エルフは左腕だけでヒョイとユーリを抱え直すと、胸ポケットから銀貨を一枚取り出し、カウンターに置く。


「……使っていいよ」


 置かれた銀貨を見て、ユーリは少し考える。そして言った。


「パパとママに、知らない怪しい人にお金をもらっちゃいけませんって言われたから、いらない」


「……知らない怪しい人」


 『知らない怪しい人』という言葉に、無表情ながらどこかショックを受けたような顔をするエルフ。


「せ、セレスティアさん! わ、私が払います!」


 ようやく再起動したオリヴィアが駆けつけてくる。

 セレスティア。この美人エルフの名前であり、ベルベット領都を拠点に活動する銀級の冒険者の名前である。彼女の美しい容姿も相まって、この領都で知らない人はほとんどいない。

 その戦闘スタイルは一人で接近戦も遠距離戦もこなすオールラウンダー。彼女に憧れて魔法剣士を目指す人も少なくない。たとえばオリヴィアのように。


「……私が払う」


「いえ、しかしセレスティアさんに払わせるわけには!」


「いい、私が払う。決めたの」


「だけど……」


「決めたの」


 無表情で眠たげながら、意志の強い瞳でセレスティアは言う。


「だから、覚えて」


 セレスティアは翡翠色の瞳をユーリへと向ける。


「え、何を?」 


「私、セレスティア。銀級冒険者。覚えて」


「えっと……うん、覚えた、セレスティア」


 ユーリが言うと、セレスティアはどこか満足そうに一つ頷くき、ユーリをオリヴィアに手渡してから冒険者ギルドを出て行った。


「なんだったんだろう?」


 訳の分からないユーリは呆然とつぶやく。


「ユーリ君知らないの? 銀級冒険者のセレスティアさん。綺麗で強くてすごく有名なんだよ!」


 どこか興奮したようにオリヴィアが言う。


「かく言う私もセレスティアさんに憧れてるクチでさ、いつかセレスティアさんみたいに成れたらいいなぁ」


「ふーん、そうなんだ。あ、受付さん、登録料、これでお願い」


 押し付けられたものは仕方が無いとばかりに、なんの遠慮も無しにセレスティアから貰った銀貨を使うユーリ。オリヴィアは少し呆れ気味だ。


「あ、はい。では八千リラのお釣りです。少々お待ち下さい」


 分厚い眼鏡をかけた受付嬢がユーリが記入した紙を見ながら、茶色いカードに書き込みをし、それをユーリへと手渡す。冒険者カードである。記載事項はベルベット領都中央支店で発行されたことと、ユーリの名前、出身地、それと性別くらいである。裏面には10かける10で百個のマスがある。

 カードの材質は悪く、あまり丈夫そうではない。


「土級の冒険者はいわゆる見習いです。カードも簡易カードで、もちろん身分証明書などにはなりません。簡単なクエストをこなして、鉛級に上がれば冒険者として認められます。詳しくご説明することも出来ますが、いかがされますか?」


「オリヴィアに色々聞けたから大丈夫、ありがと」


 受付嬢はオリヴィアに視線を向けて頷く。


「オリヴィア様のお知り合いなら大丈夫そうですね。オリヴィア様、よろしくお願いします」


「知り合いなの?」


 ユーリはオリヴィアに問う。


「私の担当ってわけでもないんだけど、いろいろお世話になってる受付嬢のモニカよ。ちょっと暗くて何考えてるか分からないところもあるけど、知識も豊富でいい子だから仲良くするといいわ」


「初めましてユーリ様。モニカです。これからよろしくお願いしますね」


「僕はユーリ。よろしくね」


 簡単に挨拶を済ませると、ユーリは身じろぎしてオリヴィアの腕から抜け出しクエストボードの方へ歩いていく。

 クエストボードは上の方が高難易度で、下の方が低難易度の依頼となっており、さらに左が薬草採取等の常時依頼、右が護衛等の随時依頼というように分類されている。

 クエストボードの右側に張られる随時依頼は、その依頼を受けると決めた冒険者が剥がして受付に持っていくことで依頼の受領となり、常時依頼は受領の必要はなく、供給過多になった際にギルド職員が剥がすといった仕組みだ。

 ユーリが見るのは当然一番下の段、そして左側だ。

 高難易度のクエストなど達成できるわけがなく、また学園に行く必要があるため遠出の護衛依頼など出来るはずもない。その為、まずは適当な薬草などの採集依頼から行うことにする。

 ユーリは採集対象の植物と、常時依頼の魔物の名を暗記し冒険者ギルドを出て行った。

 早速採集に出発……なんてことはなく、まずは図書館で情報収集し、さらに薬屋で植物の知識を手に入れる。

 癖が少なく様々な料理や錬金術の触媒として多く使われるソフィン草は、青々と茂っているものより、まだ若く葉が柔らかなものが良い。

 麻痺や失神を直す気付け薬の原料となるヒキオコシ草は、根元ではなく半分より上の葉を採取すること。

 ギルドに依頼は出ていないが、初夏に実をつける春グミは酒場や薬屋が買い取ってくれるので、採取しておくと良い。採取する際に果梗は残しておくこと、等々。

 ユーリが面白いと思ったのが春グミの実の話だ。必須の物ではないので依頼を出してまで欲しいものでは無いが、あったら嬉しいので高めに買い取ってくれるというのである。

 ある程度情報収集を行ったので、いざクエストに、というわけもなく、ユーリは必要なものの準備を始める。

 最低限必要なものは、飲水を入れる水筒、採取物を入れる入れ物、栄養補給の為の食料、何かあったときの為の回復薬類、採取や戦闘で使うナイフ、色々な用途に使用できるロープ。日帰りなのでそのくらいだろうか。


 水筒はマヨラナ村を出るときに父から貰ったものを、食料は寮の食堂でパンを多めに貰えば良い。袋は学園の不要になった麻袋でも持っていけば良いだろう。ロープは安価なので購入。回復薬は錬金術が得意なエレノアに相談することにした。

 一番の問題は……


「たかーい……」


 そう、ナイフである。

 刃物は材料である金属とその加工の手間から、安いものなど存在しない。ユーリは武器屋を徘徊しながら溜め息をつく。ショートソードでさえ十万リラからなのだ。手が届くはずもない。ユーリの手持ちはセレスティアから貰った1万リラから、ギルド登録料とロープ代を引いた六千五百リラなのだ。

 ならば中古品を、とも考えたが。手が届く程安いものは鋳直して使用すること前提のジャンク品であるし、使用できる状態のものは当然高い。


「そういえば、学園にもあったなー、ナイフ」


 ユーリは入学試験の事を思い出す。レベッカとの手合わせで使用したナイフ。刃は潰してあったが、ナイフとしての体裁は保っていた。

 あれを使用出来るように研ぐくらいなら自分でも出来るのではないだろうか。

 ユーリはそう思い立つと、早速学園へ向かった。


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― 新着の感想 ―
女ばっかと関わりが出てくるの嫌な予感 ハーレムじゃないんだよね?
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