第022話
「エレノア、いるー?」
ユーリは鑑定水晶を抱えてエレノアの研究室を訪れた。しばらくバタバタとあわただしい音がして、扉が開く。
「ユーリ君、えっと、いらっしゃい、です」
出てきたのボサボサの緑髪にヨレヨレの薄汚れたローブを着たエレノア……ではない。髪はくせっ毛ではあるが櫛が通されており、ローブも小綺麗なものになっている。先日との違いはたったそれだけではあるが、どうやら元々の顔立ちは整っているらしい。目を引くような華やかさはないものの、なかなかどうして器量は良い。
「エレノア、今日はなんかきれいだね」
「あ、ありがとう、です」
ユーリの直球の褒め言葉に、一瞬で茹でダコのように赤くなるエレノア。10歳近くも歳下の子に振り回されている。
「そうそう、鑑定水晶借りてきたよ!」
「えぇ!? 本当ですか!? よく貸し出ししてもらえましたね!」
「うん、許可をもらって勝手に借りてきた!」
「許可を貰って勝手に……? よくわかりませんが、早速実験しましょう!」
多少外見を取り繕ってはいるものの、エレノアはエレノアである。研究となるとすぐにただのオタクに早戻りだ。
ユーリは研究室の机の上に鑑別水晶をよっこらせと置く。
「えっと、ナイアードの髪の毛でしたよね……えーっと……」
十平米ほどの研究室の一角、様々な魔法素材が置いてある棚から、エレノアは数本の毛が入った試験管を持ってくる。
「これがナイアードの髪の毛です。早速試してみますか?」
ユーリはコクリと頷く。
エレノアは試験管のコルクの蓋を明け、ナイアードの髪の毛を一本、ピンセットで慎重に取り出す。
それをソッと鑑定水晶に触れさせて……
「……何も起こりませんね」
「……」
鑑定水晶は反応しなかった。ただただ透明に透き通っているだけだ。
ユーリの頭に『陰毛』という言葉がよぎる。
「えっと、折角なので他の魔法素材でも試してみましょうか」
「う、うん! お願い!」
そう、まだ陰毛でなければならないと決まったわけではないのだ。ユーリは希望を捨てていない。諦めるには、まだ早すぎる。
しかし
「うーん、これも反応しないですね」
結果は惨敗。
エレノアの研究室にある百にも及ぶ魔法素材で試したが、鑑定水晶はうんともすんとも言わなかった。
試していくうちにユーリの瞳から色が消えていき、今では完全に光を失った。
『ナイアードの陰毛でなければ反応しない』
その説が少しずつ大きくなる。
「ユーリ君が見た研究書には『ナイアードの髪の毛』と書いてあったんですよね?」
「……ウン、カミノケ。ナイアードノ、カミノケ」
嘘である。
「うーん、何か違う条件でもあるんでしょうか」
真剣に考えるエレノア。ユーリは嘘をついたことに少しだけ罪悪感を覚えた。
「えっと……鮮度、とか関係あるかな?」
罪悪感にいたたまれなくなり、なんとかそれっぽいことを絞り出してみる。
「鮮度……ですか、関係あるかも知れないです」
癖なのだろう。エレノアはこめかみ付近の髪の毛を指でクルクルと遊びながら言う。
「結構昔のことなんですが、魔法素材は採取した直後のほうが属性値高く、時間経過とともに属性値は失われていくと言われていたみたいなんです。だけど、どれだけ時間が経とうと魔法素材が使用できなくなることはなかったので、デマ情報として消えていきました」
「じゃあ、新鮮な魔法素材を手に入れることが出来れば……」
「はい。水晶が反応するかもしれません」
思いつきで言ったユーリであったが、もしかしたら当たりかもしれない。
「うーん、でもどうやったら新鮮な魔法素材が手に入るのかな」
「一番早いのは、植物系の魔法素材を採取することですね。いくつかの植物なら学園の裏、湖畔のほとりにも生えていますよ。ただ、簡単に手に入るだけあって属性値はとても低いです。後はお金がかかっていいのなら冒険者ギルドに依頼をする、最終手段は自分で魔物を狩りに行くと言うことも出来なくは無いです」
いくつかの方法をサラサラと答えるエレノア。
「なら簡単にできる方から試していきたいな」
「わかりました。では学園の湖畔のほとりに生えている植物を取りに行きましょう。暗いと危ないですから、次の休みの日にでも行きましょうか」
「ありがと! あ、エレノアってたくさん僕に付き合ってくれてるけど、自分の研究は大丈夫なの?」
たしか、エレノアは今年から院生のはずである。ユーリの実験に付きっきりになっているが、時間は大丈夫なのだろうか。
「あ、大丈夫です。卒論を書けるくらいの研究はもう出来ているので」
対人スキルと運動スキル以外は大変高いエレノアであった。
「安心したー。それじゃ、次の土の日のお昼前に来るね」
「はい。それじゃあおやすみなさい」
授業終わりの夕方から実験を始めたので、外はもう真っ暗である。自分の寮にかけていくユーリの後ろ姿を見送りながらエレノアは思った。
休みの日に異性と二人でおでかけ。これはもしや、デートというものなのでは?と。