第020話
魔法素材とは、魔力属性を持つ素材の総称である。と言っても、この世界に存在する物のほとんどが魔力属性を微量ながら持っているので、大体の物体を魔法素材と言っても誤りではない。
狭義の意味では、錬金術の主素材として使用されるほどの属性値を持っている素材の事を指す。
また、魔法素材は一般魔法素材と特殊魔法素材に分類される。一般魔法素材は植物であったり、金属といったものである。
以下に属性別の一般魔法素材の一例を示す。
一般魔法素材の一例
・火属性
油、火薬、綿、乾燥した木
燃えるものや燃えやすいもの
・水属性
水、乳、酒、涙、鱗、貝、毒、油
液体や水生生物など
・風属性
羽、綿、蜘蛛の巣、ほおづきの実、たんぽぽの綿毛
飛ぶものや軽いもの
・土属性
土、モグラの爪、糞、金属類
地中に存在するもの
・木属性
植物類全般
・光属性
宝石、指輪、聖杯、神具
・闇属性
毒、蝙蝠の羽、呪物
なお、素材が宿す属性は一つのみとは限らず、油であれば火属性と水属性を、ほおづきの実であれば木属性と風属性の両方を持つ。
次に特殊魔法素材について。特殊魔法素材と呼ばれるものは魔物から取れる素材のことである。
火属性の魔物の素材は火属性の魔物属性となり、水属性の魔物の素材は水属性の魔法素材となる。
たとえば、ウンディーネの鱗は水属性、サラマンダーの爪は火属性となる。
もちろん一般魔法素材と同様に、複数の属性を持つ特殊魔法素材もある。虹龍の鱗は全ての属性を持つ魔法素材である。最も手に入れるどころか一目見ることすらほとんどの人には叶わないが。
ちなみにタマムシの外殻も全ての属性を持つと言われているが、微量すぎて一般素材としてすら扱われていない。
「と、魔法素材についての基礎はこのくらいですね! 私は今、錬金術を行う際に使用する触媒の研究をしています! これがまた奥深いんですよ! 属性毎どころか素材単体毎に触媒との相性があってですね!」
最初は小さな声での説明だったが、後半になるにつれてエレノアの目は爛爛と輝き出し声も大きくなっていった。
最後の方は前のめりになってユーリの眼前に迫る勢いだ。もはやユーリが理解しているかなんて考えもせず、自分の言いたいことを口早に捲し立てている。これだからオタクというやつは。
「もはや美食家の偏食家に料理を作っているようなものですよ! 冒険者という名の狩人が取ってきた獲物を、触媒というスパイスを使って最高の料理に錬金する! 私達錬金術師はさながら魔法界の料理人と言ったところでしょうか! ……ハッ!」
手を広げて天を……天井を仰いだところで、エレノアは我に返った。
「えと、その、魔法素材については、そんな感じでございますです、はい、すみません」
先程までの勢いはどこへやら、エレノアは小さく縮こまってぶつぶつとつぶやくように謝る。
またやってしまった、とエレノアは思う。いつもこうなのだ。
誰に話しかけられてもぶつぶつと俯いて喋ってしまって気味悪がられる。相手が気を使って自分の好きな話題を振ってくれると、調子に乗って喋りすぎてしまう。
適切な距離で会話が出来ず、エレノアはいつも孤立していた。
この前など、エレノアの胸部から突きだす2つの山目当てのナンパ野郎にさえ錬金術の話を捲し立ててしまい、結局ナンパ野郎は逃げていった。
産まれて16年間彼氏無しの残念オタクな巨乳美少女、それが彼女、エレノア・ハフスタッターである。
エレノアは俯いたまま、おそるおそる上目遣いでユーリの顔を伺う。こんな小さな子に分かるはずも無い魔法素材の話を小一時間もしてしまった。しかも一方的に。さぞかし呆れているか、嫌になっているであろう。
しかし、そこにあったのはフムフムと何かを考えている子供の顔であった。
「なるほどー。じゃあ魔法素材って言われるものの中にも、たくさん魔力があるものとあんまりないものに分かれるの?」
あまつさえ質問までしてくる。こんな自分に引いていない。普通に会話してくれている。
「そ、そ、そ……」
「そ?」
「そーなんですよ!! ちなみに魔法素材の持つ力は魔力ではなく属性値と呼ぶのですけど、マンドレイクの葉とシルフィウムの葉ではシルフィウムの葉の方が断然属性値が高いんです!! そして一般的には特殊魔法素材の方が属性値が高いと言われますが当然一般魔法素材である世界樹ユグドラシルは特殊魔法素材であるマンイーターよりも多くの属性値を持っています!! 属性値一つとっても奥が深いですよね!! では成分を抽出して濃縮するとより強くなるかと言われると実はそうとは限らなくて……」
ユーリのイチの質問に対し二百くらいの勢いで回答するエレノア。ユーリも興味を持っているものだから色々と質問をし、問答時間は3時間を超えた。
「……ぜぇ……ぜぇ……と、言うわけで……水と、火だからと言って……錬金時に……ぜぇ……相性が悪いかと言うと……そういうわけでも……無いんですよ……ハァハァ……」
四時間ほど喋りっ放しだったエレノアは汗だくになり息も、絶え絶えだ。汗で濡れた服が張り付いて妙に色気がある。
「あともう一個聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「あの、ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってください……」
エレノアはコップに水差しから水を注ぎ、一気に飲み干す。そしてハタと気がついた。この小さな訪問者に、自分はお茶すら出していないことに。
「あ、あああ、あの! お茶も出さずに申し訳ありません! こ、これ、粗茶ですが!」
慌ててエレノアは再び水を注いでユーリに渡す。自分の使ったコップをそのまま。粗茶ですらない。
一瞬『間接キス』という言葉が頭を過るが、こんなに小さな女の子に気にする事でもないか、とエレノアは深く考えなかった。さらに汗だくで服が張り付き下着が透けていたが、こんなに小さな女の子に気にする事でもないか、と深く考えなかった。
「ん、ありがと」
ユーリは気にすることなくコップに口を付けた。
「えっと、それで、聞きたいことというのはなんですか?」
「鑑別式で使う水晶に魔法素材をくっつけたら反応したって話、聞いたことある?」
「鑑定水晶に、ですか?」
うーん、とエレノアは考える。
今日初めて即答できなかった質問である。
「少なくとも、私は聞いたことがありません。そもそも鑑定水晶自体がとても希少なので、実験に使わせて貰えることが無いですし」
「そっかー」
「鑑定水晶は協会が数十個は保有していると聞きます。しかし司祭が鑑別式で使用するために持ち出しているため、借りることは不可能です。そういう事象が発生するか云々よりも前に、そもそも実験が不可能に近いかと」
「うーん……そっか。ありがと。じゃあナイアードのいん……髪の毛とかの魔法素材って手に入る?」
「ナイアードの髪の毛ですか? 確か少しならあったと思いますよ」
「本当!?」
ユーリが前のめりになる。魔法素材は意外とすぐに手に入りそうだ。
「だとしたら後はどうやって鑑定水晶を使わせてもらうか、かなー」
5歳のフリして鑑別式に忍び込もうかな、などと考える。
「あ、そうでした。学園にもありますよ、鑑定水晶。使わせてもらえるかは分かりませんが」
「あ、そっか」
ユーリも思い出す。魔法適性試験の時に使用した水晶。紛れもなく鑑定水晶である。明日にでもオレグに借りに行こうと決めた。思い立ったら即行動である。
「ありがとうエレノア、すごく楽しかった。遅くなっちゃったし今日は帰るね。また遊びに来るねー」
「あ、はい。一方的に喋っちゃってごめんなさい。あの、嫌じゃなければまた来てください!是非!」
ふんす! と何やら気合を入れて言うエレノアに、ユーリはじゃーねーと手を振って部屋を出ていく。
暫くして、エレノアは膝から崩れ落ちた。帰り際のユーリの制服姿を思い出したからだ。
「男の子の……制服だったのです……」
初めて異性と濃い時間を過ごしたエレノアであった。