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第019話

「はー、おもしろいなーこれ」


 オレグの研究書を手に入れてから、ユーリは空いている時間は常にオレグの研究書を読んでいた。実験内容は多岐にわたっていた。例えば、同じ属性の適性を持つ者の共通点を探すという真面目なものから、水魔法を使うためにとにかくたくさん水を飲んでみるという単純なものまで。

 思いつく方法を手当たり次第に片っ端から試していることが分かる。神授物だなんて言われる不確かなものを研究しているのだ。とっかかりを得るために試行錯誤を繰り返していたのだろう。

 持ち前の速読能力であっという間に読破したユーリであったが、認識誤りがないかもう一度最初から読み直す。読み直している最中に、ユーリは気になる書き込みを見つけた。

 鑑定式で使用する鑑定水晶のイラスト。その横に一文


『ナイアードの毛が触れたとき青く光った』


 と記されていた。

 その鑑定水晶だが、当時魔法学園の院生だったオレグが学園からこっそりと拝借していたようで、拝借していたことがバレたときはしこたま怒られたとも記されていたが、そこはどうでもいい。

 ユーリが気になったのは『ナイアードの毛で光った』というところだ。

 ナイアードとは、綺麗な泉や川に住んでいるという水妖のことである。外見は髪の長い女性だが、肌は青色掛かっているという。ウンディーネと異なり人間と同じ足を持ち、鱗はない。

 なんでもノーチラスが討伐クエストの最中に救った美しいナイアードの毛らしく、クエストの途中だというのにノーチラスはそのナイアードとウヌンヌカンヌンウヌンヌカンヌンはどうでもいい。

 とにかく、他の実験中にたまたまナイアードの毛が水晶に触れ、その時に青く光ったという。

 ユーリは報告書のそのページを持ってオレグの元へ向かった。



「オレグ、ここのページについて知りたいんだけど、何か覚えてない?」


「貴様という奴は……」


 魔法技術の授業中になんの遠慮も無しに質問しに来たユーリに、オレグは頭を抱えた。


「今は授業中だ。見てわからんのか」


「でも本来なら僕だって授業受けてるはずだよ? 僕だけ受けられないなんて不公平。だから質問くらい答えてよ。どうせ今日も薪を燃やしてるだけなんでしょ」


 なんと自分勝手な言い分であろう。


「そもそも質問に来るのが早すぎだ。もっと読んで理解してからこい。分かってるだろうな、つまらん質問をしたら……」


「もう、全部読んだってば。それよりもこれ、ここなんだけどね」


 ユーリは説教を始めようとするオレグを遮る。怒りでこめかみをピクつかせるオレグであったが、そんなものお構いなしだ。今までに散々理不尽に恫喝されたのだ、ユーリにとってこの程度屁でもない。


「ナイアードの毛に水晶が反応したって書いてあるの。ここ、覚えてる?」


 まったく堪えた様子のないユーリに諦めてため息をつき、オレグは研究書に目を落とす。そして鼻で笑った。


「また細いところに目をつけたもんだな。覚えとるよ。あやつが何度も何度もナイアードとの蜜月を自慢して来てな。いい加減にうんざりして水魔法を頭にぶち撒けてやったのだ。その時あの馬鹿の服に着いていたナイアードの毛が流れて水晶にくっついたのだ。ああ、良く覚えているとも。それはな、ナイアードの陰毛だ」


 ユーリの視界から色が消え、周りの音が遠ざかり、耳が聞こえなくなった。ユーリはそう錯覚するほどのショックを受けた。

 錆びついたブリキのおもちゃのように、ギギギと首を下げ再び研究書に目を落とす。水晶のイラストと、毛。縮れた、毛。

 たしかに、髪の毛にしてはやけに縮れているとは思った。しかし、ナイアードは癖っ毛なんだろうと。そう思っていた。陰の毛だとは思いもしなかった。


 そう、ユーリは紡ぐのだ。

 オレグとノーチラスの千回の研究を、彼らの千回の努力を、その小さな背中に精一杯背負って、万感の思いで千一回目を踏み出すのだ。

 ナイアードの陰毛から、千一歩目を紡ぐのだ。



「魔法素材のことなら私より詳しい奴がいる。今年から院生だから研究棟にでも籠もっているだろう。エレノア・ハフスタッターという奴だ。会いに行くと言い」


 遠くから聞こえてくるようなオレグの声を聞くともなしに聞き、ユーリはフラフラと歩みだす。そう、手段も過程も何だっていいのだ。

 目的は『魔法を使えるようになること』であり、そのためなら何だってするのだ。ユーリは再び立ち直る。より強くなって前に進む。

 目的のためなら毒だって飲み干してやる。陰毛だって。


「…………いんもう」


 いや、まだ完全には立ち直っていなかった。

 陰の毛に思考を乱されながらも研究棟へとやってきた。


「あの、魔法素材の研究をしているエレノアの研究室はどこ?」


 ユーリは研究棟の入り口にいるおばさんに話しかける。


「あらあら、可愛らしいお客さんだこと。こんな偏屈者しかいない研究棟になんかくるもんじゃないわよ」


 中々の言いようである。


「あのね、エレノアの研究室に行きたいの」


「よりにもよってあのエレノアかい? 一階の一番奥の部屋だよ。多分今日も部屋に引きこもって何か怪しいことしてるはずさ。何の用かは知らないけど、あまり長居しないほうがいいよ。こんな可愛い子に変人が感染っちゃ勿体ないからねぇ」


 おばちゃんはユーリの頭を撫でながら言う。


「ありがと」


 ユーリは一番奥の部屋まで行き、扉をノックした。


「はーい、今出まーす」


 ガチャリと扉が空き、ボサボサの緑髪の背の低い女性、エレノア・ハフスタッターが顔をのぞかせた。

 そしてユーリの顔を見て、


「ひぅっ!」


 パタンと扉を閉めた。ユーリは入学式の日のことを思い出す。

 あの時研究棟の前で倒れていた女性だ。ユーリが超低空ダッシュで医療室に連れていき、エマ特性健康薬を無理矢理飲まされた可哀想な女性である。

 暫くして、再び扉が開く。少しだけ。隙間から瞳を覗かせエレノアは言う。


「あ、あの、その節はお世話になりました」


「ううん。元気になったみたいで良かった!」


 ユーリはにっこりと笑う。

 超低空ダッシュのトラウマが頭をよぎったエレノアだったが、ユーリの笑顔を見てトラウマが薄れたのか、扉を完全に開いてくれた。


「わ、私に何か御用ですか?」


「うん。僕、魔法素材のこと知りたくて! オレグがエレノアって人に聞けっていったから来たの」


「魔法素材? えっと、一応研究はしてますけど……」


 エレノアは困惑する。

 錬金術の授業は中等部に上がってからだ。それまでは薬草学と調合の授業はあるが、魔法素材の出番は少ない。そして目の前にいる白髪の子はどう見ても初等部の生徒であろう。

 魔法素材の一体何を知りたいのだろうか。


「魔法素材の何を知りたいんですか?」


 エレノアの質問にユーリは元気よく言い放った。


「えっとねー、全部!」


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