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第018話

 チッ


 魔法実技担当教官のオレグは舌打ちした。今日もいる。懲りずに。何度怒鳴りつけてもめげない。

 ユーリが大泣きしたあの日から三週間、魔法実技の授業は7回。ユーリは毎回授業に参加していた。参加していたと言っても、オレグに魔法を教えてとお願いしているだけだが。


「毎回毎回、何度言えば分かるこの能無しが!! さっさとここを、いや学園を出ていけ!!」


 血管が切れるのでは無いかというほど頭に血を登らせてオレグは怒鳴る。

 しかしユーリの瞳は揺らぎもしない。何度怒鳴っても、いくら無視しても、どうやってもめげないユーリ。もはや泣きたいのはオレグの方であった。最近はストレスのせいか、少ない髪がさらに少なくなってきている気さえする。


「脳みそがないのか!? 考える事もできんのか!? 適性無しの能無しってやつはどいつもこいつもッ!!」


 オレグの怒りがついに爆発した。右手を振り上げ、ユーリの頬に向かって勢いよく振り下ろす。

 ユーリはその手を見る。父シグルドとの訓練でその程度の速度なら難なく見切る事が出来るのだ。

 オレグの平手を見切り、そして。


 バシンッ!


 ユーリは避けない。

 オレグは体格の良い方ではないが、それでも大人と小さな7歳の子供である。ユーリは強烈な平手を受け、倒れた。しかしすぐに立ち上がる。

 そして再びまっすぐにオレグの目を見据えて言う。


「僕に魔法を教えて下さい」


 ぶたれる前と同じ真っ直ぐな瞳で。

 自分への恐怖や嫌悪など1ミリもない瞳にオレグは恐怖すら感じる。


「その辺にしたらどうじゃ」


 そこに現れたのは学長のヨーゼフ。

 オレグの体罰により静まり返っていた場の空気など気にすることなく、飄々とした態度でオレグに話しかけた。


「学長……」


「オレグ、お前はちと頭が硬すぎる。そしてユーリ君、君は意志が硬すぎる。ちと二人とも来なさい。他の生徒たちは引き続き今の訓練を続けること、よいな?」


 それだけ言うと誰の返事も待たずにあるき出した。オレグはため息をつきあとに続く。そしてユーリは……頬の痛みにこっそり涙しながら追いかける。

 我慢していたが、痛いものは痛かった。


 学長室の隣にある応接室に3人が腰掛ける。学長とヨーゼフが並び、正面にユーリだ。


「オレグ、話しなさい」


 『何を』とはヨーゼフは言わないが、オレグにはヨーゼフの言いたいことが分かった。


「しかし……」


「このままユーリ君を恫喝し続けても無駄じゃよ。こやつの意志は硬い。殺してでもやらんと諦めんよ」


 オレグはユーリの瞳を見て、ため息をついた。


「分かりました……」


 お茶を一口飲み、


「能無し、何故私がお前に魔法を教えないか話してやる」


 オレグは語りだした。



 もう四十年もほども前のことだ。私には一人の友人がいた。名をノーチラスという男だ。

 彼は鑑定式で適性無しと鑑定された能無しでな。しかし前向きで明るい男だった。

 一方私は無口な研究者でな、二重属性ダブルではあったが友達など一人もおらんかった。いつも一人で研究に明け暮れておったよ。

 彼と出会ったのは調合材料を取りに森に行ったときの事だ。夢中になって貴重な植物を採集していた私は森狼に気が付かなくてな、飛び掛かられ、肩に噛みつかれてからようやくその存在に気がついた。

 周りを見ると何匹もの狼の群れ。恐怖のあまり半狂乱で魔法を放った。

 しかしそんな適当な魔法が当たるはずもなく、すぐに足にも噛みつかれたよ。

もう死ぬんだなと思ったときに助けてくれたのがノーチラスだ。

 彼は適性無しだが魔力強化を使っていた。お前のようにな。

 彼は言ったよ。2属性も扱えるなんてすごいなと、俺も魔法を使いたいんだとな。

 それから私達はすぐに仲良くなった。とはいっても私を頼ってくるB級冒険者に、私が気を良くしただけだがな。

 そうして研究の日々が始まった。

 適性のないものでも魔法を使えるようになる、そんな夢物語を思い描いてな。それは世界をひっくり返すほどの発見だ。しかし、私達はそれを成し遂げられると信じてた。

 毎日毎日研究をして、しかし成果はでなくて。それでも私は楽しかった。一つ一つ検証していくのが私はとても楽しかった。そう、『私は』楽しかったのだ。

 だけどノーチラスは違った。私とは必死さが違ったのだ。最初は夢を描いて始まった研究だが、ノーチラスはどんどん憔悴していった。

 幾百もの試行をし、幾千の仮説をたて、幾万回も考えた。

 そんな研究漬けのある日、何時ものように彼の家に誘いに行くと、彼は屋根の梁からぶら下がっていたよ。

 私は訳が分からなかった。そして、落ちている彼の手記を見て全てを理解した。彼がどれほど魔法を切望していたか、能無し呼ばわりしてきた奴らを見返したかったか。そして、一向に進まない研究にどれだけ苦心惨憺していたか。

 手記の最後のページには、研究を始めてしまった事への後悔がびっしりと書き連ねられていたよ。



「私は無残な姿でぶら下がる友人を見たとき、無駄な研究をすることを辞めた。幾百幾千と試行しても無駄だったのだ。たった一人の大切な友さえ失った。能無し、お前も望みのないことに命を使うな、若きを消費するな。お前は頭がいい。商人にでも役人にでもなれるだろう。だから魔法の道にだけは進むな。我が友ノーチラスと同じ轍は踏まんでいい」


 オレグは決して適性のない者を嫌っている訳では無い。ただ苦しませたくない。それだけだったのだ。

 ユーリはオレグの優しさを知り、そして言った。


「僕、それでも魔法を研究したい」


「貴様……まだ言うか!!」


「僕は折れないよ、折れても立ち上がる。百回で駄目なら百一回目の試行を、千回で駄目なら千一回の実験を。僕は折れない」


 ユーリはまっすぐにオレグを見つめる。


「だから僕に魔法を教えて」


「……何故、何故わからんのだ! その先にあるの破滅だけだ!」


「もし、もしその研究を始めようと思った時の、昔のオレグとノーチラスが研究をやめろと言われたとして、素直に辞めたと思う?」


 オレグは言葉に詰まる。

 オレグはあの時、自分たちなら出来ると信じて疑っていなかった。誰に言われても止まるつもりなど無かった。ノーチラスが首を括ったあの日まで。


「僕に教えてほしい、オレグとノーチラスの千回を。千一回目からを、僕が紡ぐから。もし僕が成し遂げられなくてもいいんだ。僕の一万回を、次に繋ぐから。だからオレグとノーチラスを終わらせないで。引き継げれば、無駄なんかじゃないよ」


 無駄じゃない。その言葉に、オレグは不覚にも胸が熱くなる。


「こう言っておるが、どうじゃ? 儂はこの小さな研究者に委ねてもいいと思うがの」


 オレグはしばらく逡巡し、やがて大きな溜息をつき、言った。


「……研究書は見せてやる。見たければ勝手にしろ。ただ魔法は教えられん」


「どうして?」 


「ふん、そのままの意味だ。教えないんじゃない、教えられないのだ。この学園が築き上げたのは『その者に適性のある属性魔法の教育方法』だ。そもそも無いのだ、適性のない生徒を育てる方法なんてものはな」


 当然である。

 『適性のない属性の魔法は使えない』という常識と、『適性のない生徒は入学できない』という事実があれば、『適性のない生徒を育成する』なんて教育課程が構築されるはずもない。


「これからは本当に魔法実技の授業には来なくていい。私には何もできんからな」


「オレグとノーチラスの研究書のこと、聞きに行ってもいい?」


「勝手にしろ。ただし、つまらん質問を一回でもしてみろ。二度と質問は受け付けん。そのくらい真剣に読み込め」


「分かった。ありがとうオレグ」


「ふん。お前のためじゃない。ノーチラスのためだ」


 こうしてユーリはオレグの研究書を手に入れたのだった。


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