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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
165/167

第165話

 エレノアの研究室に暗い雰囲気が満ちる。ユーリは机に突っ伏しており、エレノアはごそごそと大きなバッグに荷物を詰めている。しばらくアデライデの店から学園に通うので、その準備だろう。

 ユーリがむくりと顔を上げて口を開いた。


「ねぇ、エレノア……」


「ダメです」


 沈黙を破って出て来たユーリの言葉を、最後まで聞かずにエレノアが否定した。


「まだ何も言ってないんだけど……」


「では、最後まで言ってください。答えは変わりませんから」


「……錬金術を使ってアデライデの寿命を延ばすことって出来ないかな?」


「ダメです」


「……」


 先ほどと同じエレノアの回答。


「アデライデが死んじゃうの、嫌だ」


「私だって嫌です。いえ、私の方が嫌ですよ」


「もっと長く生きていて欲しい。もっといろいろ教えて欲しい」


「私の方がもっと長く生きて欲しいって思っていますし、私の方がもっといろいろ教えて欲しいって思ってます」


「だから、錬金術で……」


「ダメです」


 変わらぬエレノアの回答に、ユーリが再び突っ伏した。

 エレノアが小さくため息を吐き、思う。ユーリ君は大切な人を亡くした経験が無いのだろう、と。

 自分は小さいころに両親を亡くした。あの時は何才だっただろうか。今のユーリ君よりは小さかった気がする。確か、8歳ごろだった。

 両親が死んだことを頭では理解していたけれど、心では理解できていなかった。なんで、どうしてと何度も頭の中で問いかけ、答えは出ず、出てくるのは涙だけ。

 アデライデの店で、店番をしているアデライデの足元、カウンター下の狭い空間に三角座りをして、一日をそこで過ごした。

 だから知っている。人はどうしたって死ぬもので、それはどうしようもないことで。

 逃げることはできないから、受け入れるしかないんだと。

 でも、それを大切な人を亡くしたことが無い人にいきなり受け入れろと言っても、出来るモノではない。自分があの時、受け入れられなかったように。


「ユーリ君。ダメです」


 椅子に座り机に突っ伏すユーリの頭を撫でてエレノアが言う。先ほどと同じ言葉を、先ほどと異なり優しく言う。


「人は、いえ、生き物は全ていつかは死んでしまいます。それはどうしようもないことなんです。いつか死んでしまうから必死に生きるし、いつか死んでしまうから命が大切なんです」


「そうだとしても、嫌だ」


 少し苦笑し、その体を優しく抱く。


「ユーリ君。ありがとうございます。ユーリ君がおばあちゃんことをそんなに大切に思ってくれて、私はすごくうれしいんです。全然家に帰らない、おばあちゃん不幸な私の代わりに、たくさんおしゃべりしに行ってくれて、本当にありがとうございます」


「……」


「おばあちゃんは、納得がいくまで生きたんだと思います。娘……私のお母さんは早くに死んじゃったけど、だからこそ私を育てるために頑張ってくれて、そして私も学園の教官になって。だからおばあちゃんは、納得が出来るまで生きたんだと思います。たとえ錬金術で寿命が伸ばせたとしてもそんなことは望んでないし、そのせいでユーリ君に何かあったら、多分おばあちゃんは死んでも死にきれないと思います」


「……うん」


「……そんな風に思ってくれているユーリ君の気持ちを利用する様で、本当に申し訳ないのですが、私からの指名依頼を受けてくれますか?」


「指名依頼?」


 いきなり切り替わった話題に、ユーリが疑問の表情で体を起こす。


「はい。指名依頼です。依頼内容は、『不知火しらぬい草』の種子を探し出してくることです」


「不知火草?」


「聞いたことが無いのも仕方がありません。数十年前に絶滅したと言われる草ですから。年に一度だけ、晩秋の夜に赤くほのかに光る花を咲かせる一年草です。その花から得られる精油は魔力を伝達し、触媒の代わりに用いられることもあったと言います。液体なので錬金台との相性は悪く、専用の溝のある錬金台でしか……いえ、その話は置いておきますね」


 錬金術の話に引っ張られてしまい、エレノアが苦笑する。今は錬金術の話をしている場合ではないのだ。


「おばあちゃんが好きだった花なんです。おばあちゃんが若い頃なので、もう50年以上は前の話ですが、おじいちゃんと薬草を取りに行った時に、赤く光る草原を見たと言っていました。その光景がすごく綺麗だったと、何度も話をしてくれたんです」


 あまり夫とのなれそめを話さなかったアデライデだが、その話だけはエレノアに話していた。


「だから、おばあちゃんが死んじゃう前に、もう一度見せてあげたくて。もしかしたらもうどこにも残っていないかもしれないですが、まだ生きている種がどこかに眠っているかもしれません」


 エレノアがハンカチに包まれた種子を取り出し、ユーリに見せる。

 三ミリほどしかない小さな黒い種だ。割れて外側しか残っていないが、二本の白い線が入っていることが分かる。


「これが、不知火草の種?」


「はい。この種はもう死んでしまっていますが。これを探してきてほしいんです。たったこれだけの情報でお願いするのも心苦しいのですが、私が提供できるのはこれくらいしかなくて……。依頼の報酬ですが、生きている種を見つけて来てくれたら、なんでも一つだけ、ユーリ君のいう事を聞いてあげます。だから、お願いします」


 エレノアが深く頭を下げてお願いする。ユーリがゆっくりと頷いた。


「報酬なんていらないけど、分かった。僕、探してみるよ」


 ユーリは小さな種を受け取り、丁寧にハンカチに包む。

 冒険者を初めて、右も左も分からない自分にいろいろと教えてくれたのがアデライデだ。

 少しくらいは、その恩に報いたい。必ずアデライデが生きている間に不知火草を見つけようと決心するユーリであった。

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