第016話
「私の声の届くところに座れ。目を瞑って一言も喋るな。身じろぎもするな。とにかく静かに座れ」
次の授業は魔法実技。担当教官はオレグである。
「私は魔法実技担当教官のオレグだ。さて、まだ魔法について何も知らないお前たちがまずやるべきことは魔力を知ることだ。魔力を知らずして魔法が使えるわけもない。……そこの二人。誰が喋っていいと言った?」
薄目を開けてコソコソと話をしていた男子生徒の方にオレグは目を向ける。話をしていた男子生徒二人はすぐに黙った。しかし、オレグは許さない。
「帰れ」
有無を言わせぬ冷たい一言に場が冷える。しかし、話をしていた男子生徒は動かない。静かにしていれば許されると思っているのだろう。
「聞こえないのか? 話をしていた二人だ。お前らは目を開けて立て…………立てと言っている!!」
急な怒声に生徒たちの肩が跳ねた。
「魔法はな、お前たちが思っているより遥かに難しい。そして遥かに危険だ。いいか? 一度全員目を開けろ」
オレグの言葉に逆らう生徒はいない。
「火と水の精霊よ、円を描きて我が手に浮かべ」
オレグの右手に火の玉が、左手に水の玉が浮かぶ。複数の属性の魔法を一節で唱える、重唱と呼ばれる高等技術である。
オレグは右の手に力を入れる。火球はどんどん温度を上げ、離れている生徒たちの頬まで焼きそうなくらいだ。
その2つの球を頭上高くにあげ、
「ふんっ!!」
ぶつけた。
魔力で圧力のかけられた水球が火球の熱で急激に熱せられ、水蒸気爆発を起こす。
激しい音と熱気に生徒たちが度肝を抜かれる。
「分かるか? 今のは初級魔法を2つ、ぶつけただけだ。それだけでこんなことが起こる。魔法に夢を見るのも希望を抱くのも勝手にするがいい。だが、決して適当に扱うな、ふざけるな、気を抜くな。少しの不注意で死んだやつなんて山ほどいる」
オレグは私語をしていた二人を見る。
「今日は帰れ。そして反省しろ。ここで甘くしても何にもならん。反省したら次の授業にはこい。文句があるなら学園から去れ」
男子生徒二人は泣きながら寮へと帰っていった。
「ではまた目を瞑れ。授業開始だ」
それだけ言うと、オレグはその場を静かに離れた。
残された生徒たちはただ目を瞑って座っている。
理由も分からずただ座りながら、ユーリは体内に渦巻く魔力を感じていた。暫くするとオレグが大量の薪を持って戻ってくる。
「よく聞いて感じろ。私達は見すぎる。考えすぎる。喋りすぎるし、理解しすぎる。そんなもの忘れろ。ただ聞いて感じろ。何をとは言わん。話しても理解はできんからな。自分の内側の世界と、外側の世界。2つを感じろ」
ユーリはオレグの言葉で、自分が内側の世界ばかり感じていたことに気がついた。いつも考えているのは魔力、身体の内側のことばかりだ。
外側の世界に意識を向ける。
お尻の下の地面は少しだけ暖かく湿っている。
風がサワサワと草木をゆらし、少し離れたところで学園の池に流れ込む川の音が聞こえる。
頭には柔らかな日差し、反対に日の当たらないところは少し涼しい。
カランカランと音がした。木材の音だ。そこにマッチの擦れる音。暫くするとパチパチと優しく爆ぜる音。焚き火だ。
「私は研究棟の入口で待つ。己の中の魔力が理解できた者は私のところに来い。理解できるまでは続けろ。焦ることはない、半年経っても理解できんやつはできんからな」
ユーリは悩んでいた。
もしこれが体内の魔力を感じるための授業であれば、ユーリはとっくに目的を果たしている。3歳の頃にはすでに魔力を感じていたのだ。感じるどころか意のままに操ることすらできる。
前に座っていたナターシャが立ち上がった気配を感じ、ユーリは目を開く。ナターシャはオレグの方へと歩いていったので、ユーリもそれに続くことにした。
「……なんでついてくるのよ」
「僕も感じたから、魔力」
「嘘ばっかり、あなた適性無いんでしょ? アルゴ教官から聞いたわ」
「適性は無いけど魔力はあるよ。君はもう魔力を感じたの?」
「……君じゃなくてナターシャよ。名前で呼びなさい、気持ち悪いわ」
ナターシャの言葉に、ユーリはパアッと笑顔になる。
「うん! よろしくね、ナターシャ!」
「……ふん」
ナターシャとユーリはオレグのもとに向かう。
「ふん。天才と落ちこぼれのコンビか。さて、本当に魔力を感じられたのか見てやろう」
オレグはレンズが一つの手持ち眼鏡のような物を使いナターシャを見る。
「これは体内の魔力を可視化できる魔導具だ。理論は解明できておらんがな。では天才の方から、魔力を感じ動かしてみろ」
ナターシャは言われた通りに動かす。うごうごと巨大な雲が動く様に、魔力を動かす。
「合格。もう初級くらいなら使えるか?」
「はい。入学前に少し学びましたので」
「よろしい。では次のステップに進むことにしよう」
オレグは次にユーリに目を向ける。侮蔑の色を滲ませて。
「ふん、いっちょ前に授業に参加しおって、能無しが。お前も動かしてみろ、できるものならな」
ユーリは魔力を動かす。
漠然と『動かせ』と言われてもよくわからなかったので、とりあえず星型を描くように動かしたり、小さな球に分けて身体中を巡らせたりした。
「なっ……」
オレグの目が驚愕に見開く。
「お前……どこでそれを習った?」
「誰にも習ってないよ。3歳くらいのときに気がついて、それから毎日動かしてた」
大きく息を吐き出し、オレグは目頭を揉む。
「やめておけ。どれほど努力してもその先には進めん。虚しいだけだ」
「だけど……」
「もう魔法実技の授業には来るな。お前には何も教えん」
「……え?」
ユーリが固まる。このために来たのだ。この授業のために相当な努力して入園したのだ。この授業に参加できないのであれば、その全てが無駄になる。
「い、いやだ……お願い! お願いします! 僕にも魔法を、教えてよ!」
ユーリはオレグの足にしがみついて懇願する。いつか父にしたのとは違う、本気の懇願だ。
「駄目だ。お前に教えることはない」
「どうして……どうして!? このために、魔法を覚えるためにこの学園に来たのに、頑張って勉強して、合格したのに!」
「無駄な努力だったな。だがもうやめろ」
「頑張るから、僕もっと頑張るから、おねがい! 魔法を教えてよぉ!」
「だから頑張るなと言ってるんだ!!」
恫喝。
男子生徒を怒ったときとは比べ物にならない程、本気の怒声。
ユーリの息が詰まる。
「何度頼まれても私は意見を変えない。寮に帰れ。ナターシャも今日はいい。次の授業から属性魔法の練習だ」
ユーリは声を上げて泣いた。泣きながら歩いた。帰れと言われたから。泣きながら帰るのだ。その後をナターシャが追う。
理不尽に怒鳴られて泣きじゃくるユーリを、流石に放っておくことが出来なかった。