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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
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第159話

「よしっ。多分できたと思う!」


 闇魔法に精通しているアンナの監修の元、一か月ほどの試行錯誤の末、一対いっついの魔導具が完成した。

 同じ空間を保有する二つの丸い物体。大きさはユーリのこぶし大ほどで、中が空洞の金属で出来ている。落としたとしても壊れない様にとオリハルコンでユーリが作った特別製だ。割れた場合の安全装置も組み込んである。

 ユーリは魔導具の片方をエレノアに手渡す。


「エレノア、耳に当ててみてっ!」


「は、はい! これでいいですか?」


 髪の毛を耳にかけて、球を当てるエレノア。


「うん! それじゃ行くよ! エレノアー! 聞こえますかー!? ……どう!?」


 大きな声で魔道具に向かって叫ぶユーリ。しかし、


「……えっと、直接ユーリ君の声が聞こえるので、よく分からないです」


「え? あ、それもそうか、あはは。ちょっと外に出るね!」


 どこか抜けたところがあるユーリに苦笑するエレノアとアンナ。

 ユーリはセリィと一緒にトテトテとエレノアの研究室を出て行った。


「ふふふ、ユーリ君は可愛いところがありますよね」


「そ、そうですね、アハハハ……」


 朗らかに笑うアンナを見て、エレノアの良心がズキリと痛んだ。

 早く魔導具を完成させてパーシヴァルの地下室への扉を開けねばと決意する。


「ユーリ君、本当に大きくなりましたね」


 どこか懐かしむように遠い目をしてアンナが言う。


「私、入園式の時にユーリ君を見たのですが、どう見ても女の子にしか見えなくて。男の子だと知った時は本当にびっくりしたものです」


「あ、私も最初勘違いしてました。男の子の制服着てたのに気が付かなくて……でも、大きくなって……少しだけ男の子っぽくなりましたよね」


「ふふ、少しだけ、ですね。どちらかといえば、まだ少女に見えますね」


「ですね。少年にしては可愛すぎます」


 ユーリのいないことをいいことに好き勝手言うアンナとエレノア。


『僕は男だよっ!!』


「キャッ!」


「ヒゥっ!」


 突然手元の魔道具からユーリの声が聞こえて驚く二人。


『全部聞こえてるよ! もう!』


「あ、そうでした、魔道具……」


 エレノアが魔道具に口を近づける。


「あ、あのぅ。聞こえてますかー……?」


『だから聞こえてるってば! さっきの会話も全部!』


「あ、あはは……」


 苦笑し合うエレノアとアンナ。そうだ、今は離れたところでも会話が出来る魔道具の開発中なのだ。成功していれば聞こえるに決まっている。

 ガチャリと扉が開き、憤慨した様子のユーリが帰って来た。


「もー、魔道具のテスト中なのにー」


「ご、ごめんなさい。すっかり忘れてました……」


「ですが、魔道具の作成は成功していたようですね」


 話を変えるようにアンナが良い、エレノアが持っている魔道具を手に取る。


「協力しておいてこう言うのもなんですが……実際に成功するとは思っていませんでした」


 成功すると思っていなかったからこそ、先ほどエレノアとあんな会話をしていたのだ。


「これはかなり、非常に大きな発明になります。実際に成功したものが手元にあると、改めてそう思います」


「そうなの? 確かに便利だと思うけど」


 思案顔になるアンナに対し、ユーリは呑気に首を捻る。


「ユーリ君はこの魔道具、どんなことに使えると思いますか?」


「マヨラナ村にいるお父さんとお母さんと、いつでも会話できる!」


 ユーリの可愛らしい回答に、思わずアンナの笑みがこぼれた。

 大きくなったとは言ってもまだ12歳。家族が恋しいのだろう。


「エレノアさんはどう思いますか?」


「えっと、その。いつでもおばあちゃんと会話ができますね」


「……あなたはちゃんと帰って、顔を見て会話をしてあげてください」


「はい、すみません……」


 ユーリと同レベルのエレノアの回答に呆れてため息を吐いた。


「例えばこの魔道具の片方を教官室に置いておくとします。生徒がいないときには、教官が入園試験や学年末試験の問題の会話をするでしょう。簡単に問題のヒントを得ることが出来ます」


 アンナの言う使用例にユーリが憤慨する。


「そんな悪いことしないよ!」


「ユーリ君がするとは思っていません。そういう事にも使用できると言っているのです。それに、今あげた例は可愛いものです。例えば、領主や国王に献上する家具に仕込むことで国家機密を手に入れることが出来ます。また、戦争をしている国は喉から手が出るほど欲しいでしょうね。各地の戦況を一瞬で把握することが出来るのですから。ユーリ君とエレノアさんが発明した魔道具で、戦争の勝敗が決まる、なんてことにもなるでしょう」


「そ、そんなことが……」


 アンナの口からスラスラと出てくる使用例にエレノアが慄く。どうやらとんでもないものを生み出してしまったようだ。


「ふーん。じゃあ僕かエレノアの魔力が通ってるときにしか発動しないようにしよっと」


 ユーリの口からあっさりと出て来た解決策にアンナが目を丸くする。


「そ、そんなことが出来るのですか?」


「え? うん。エレノアが作った魔力鍵の応用で出来ると思うよ。ね、エレノア?」


「あ、はい。可能だと思います」


「そんなあっさりと……いえ、そうではなくて。この魔道具を大々的に発表しないのですか? 世紀の大発明といっても過言ではないと思いますが」


「え? だってアンナが言ったんじゃん。僕のせいで戦争が決まっちゃうって。嫌だよ、僕のせいで誰かが死ぬことになるなんて。僕は僕の知り合いといつでも会話したいだけだし。エレノアもそれでいいよね?」


「はい、それがいいです! そんな恐ろしいことになるなんて考えもしていませんでしたから」


 この二人、こんなにすごい発明をしておきながら、発表する気はないという。


「これだから、錬金術師という人間は……」


 自分の研究欲が満たせればそれで良く、日の目を見ることなど望んでいないのだろう。なんなら、一生日の当たらないところで過ごすことを望んでいそうだ。特にエレノアは。


「あ、でもユーリ君の夢をかなえるとなると、戦争が変わるどころの話じゃないかもしれないですよ?」


 エレノアが思い出したように言う。


「うーん。それはそうかも……」


 そんな二人の会話にアンナの好奇心が湧く。


「ユーリ君の夢って何なのですか?」


「全ての人が、全ての属性の魔法を使えるようにすること」


 照れるでもなく、意気込むでもなく、ユーリの可愛らしい唇からサラリと出て来た言葉。あまりにも普通に言うものだから、アンナは一瞬それが当たり前の事の様に感じた。しかし、言葉の意味を理解すれば、それはとんでもないことである。


「全ての人が、全ての魔法を……」


 おそらく、魔法史が始まって以来の、全ての魔法学研究者の目標であろう。いや、一度は思い浮かべる夢物語と言ったほうが良い。

 よりにもよってその夢をかなえようとしているのが、何の魔法も使えない錬金術師というところが面白い。

 もしその夢が叶ったら、この世界は一体どうなるのだろうか。どう変わってしまうのだろうか。想像もつかない。


「ユーリ君は、何故、その夢をかなえたいのですか?」


 アンナの問いに、ユーリが満面の笑みになって答えた。


「お父さんとお母さんとお姉ちゃんに、『すごいね』って言ってもらうんだ!」


「そ……」


 そんなことの為に、この少年は世界の常識を変えようとしているのか。アンナはしばし目を見開いた後、


「…………ふふ、ふふふふふ」


 こらえきれず笑い出した。


「アンナ?」


 顔を伏せ、ひとしきり肩を震わせて笑ったあと、深呼吸をしてアンナが顔を上げる。


「良い夢ですね。多分、ご家族の皆さんはとても驚いてくれると思いますよ」


「でしょ! だからがばるんだー!」


 胸を張って言うユーリ。なんて純粋無垢でまっすぐな少年だろう。

 私もこの少年の夢の支えになれたら、アンナはそんな風に思った。


「それじゃ、魔道具も完成したし、いつ行こうか?」


「え?」


 行く? どこへ?

 アンナが疑問符を浮かべる。


「パーシヴァルの地下室。アンナ、中に入りたいんでしょ?」


「それは、入りたいですが……扉は開きませんよ?」


 この少年は一か月ほど前の私の話を聞いていなかったのだろうかと首を捻る。

 そんなアンナに、ユーリが何でもない事の様に言った。


「魔力箱みたいな感じの扉でしょ? 僕、開けられるよ。あ、これ他の人には内緒ね」


「…………………………え?」


 どうやらこの可愛らしい少年、純粋無垢なだけではなさそうである。

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