第153話
「……」
ミネ湿原から少し離れたところまで逃げて来た六人。寒さをしのぐために焚火を炊いて囲む。すっかりと日は堕ちてしまい周囲は暗く、さらに場の雰囲気も暗い。
ことさら落ち込んでいるのがオリヴィアである。折角の大チャンスだったと言うのに、銀の1グラムも採れていないのだ。
「あれ、ぜってータダの銀鉱床じゃねぇな」
レンツィオがナターシャに治療してもらった右手首を、確認するように回しながら言う。逃げている時は分からなかったが、後で痛みに気が付いて確認すると、間接がぽっきりとが折れていた。
それほどの一撃だったというのに、銀鉱床は割れなかった。ユーリから貰ったオリハルコンの籠手を着けていたのにである。
「多分、魔力、通ってる」
ジュエルトータスの背中の鉱床は、おそらくただの鉱床ではない。魔力が通って硬化してあるのだろう。
「僕のふうせん術も弾かれちゃった」
対象の内部に魔力を送り込んで爆発させるユーリのふうせん術も、魔法をはじくジュエルトータスには効かなかった。
「私のマンゴーシュでも駄目だったわ。多少凹んだような気はするけど」
三角座りして膝に頭を垂れて、盛大にため息を吐く。
「それで、これからどうするのかしら」
ナターシャが問う。今のところ打てる手は無さそうに思える。
魔法は効かない、オリハルコンの武器でも歯が立たない、威力のありそうなユーリのふうせん術は弾かれる。
それ以上、何かあるとすれば
「えっと、セレスティアさんのミスリルの剣、とか?」
フィオレが言いつつセレスティアの剣に目を向けると、セレスティアがさっと背中に隠した。
「……嫌」
「こいつ……っ!」
オリヴィアが怒ろうとするもするも、ユーリに止められる。
「最悪の場合、セレスティアの剣まで失っちゃうかもしれない。銀を手に入れてもミスリルを失ったら本末転倒だよ」
「……はぁ。それもそうね」
何か、何か方法は無いだろうか。
「どこかにジュエルトータスの死骸落ちてないかな。寿命で死んだりとか」
「聞いたことはねぇなぁ」
「亀って、長生きのイメージありますよね」
「卵を見つけてふ化させて、手なずけるとかはどう?」
「銀が出来る前に、人間の寿命来る」
「ヒットアンドアウェイでちょっとずつ削るとか」
「命がいくつあっても足りないわね」
あーだこーだと話し合うも、現実的な作戦は出てこない。
それまでだんまりだったオリヴィアが顔上げて、決意したように言う。
「ねぇ、みんな。私に一度だけチャンスをくれない?」
「別に構わねぇけどよ……何か策があんのか?」
レンツィオの問いに、ゆっくりと頷く。
「多分、一回しかできないけど……やってみる価値は、あると思う。これでだめなら、すっぱりあきらめるわ」
他の策など無いのだ。最後にもう一度、悪あがきするのも良いだろう。
「それじゃ、当初の予定通り、早朝にもう一回やってみよう」
大亀へのリベンジマッチ、開始である。
◇
大亀の背の上で、オリヴィアが目をつむり、腰を落とす。少し先に、ユーリの背丈ほどもある大きな銀鉱床。太さは直径三十センチと言ったところか。
左手は鞘を握り、右手は鞘に納められた細剣の柄に添えている。
少しずつ夜明けが近づいてきており、空が白み始める。
今、大亀の甲羅の上にいるのは、オリヴィアとレンツィオの二人だけだ。
オリヴィアがやろうとしていること、それは細剣を使っての抜刀術、居合だ。
オリヴィアは今までのユーリとの訓練の中で、ユーリの偏重強化よりも自分の瞬刻強化の方が瞬間的な力が強いことに気が付いていた。
当然だ。何かを殴る時に、力を入れ続けるよりも、インパクトの瞬間に力を入れたほうが威力は強くなる。
自分にしか使えない瞬刻強化と、ボルグリンから伝え聞いた居合という名の抜刀術。この二つを組み合わせることで、高威力の斬撃が放てるのではないか。そう思い立ったオリヴィアは、それを何度も練習してきた。
居合の型から練習し、それに瞬刻強化のタイミングを合わせる。何度も何度も反復練習し、ようやく様になった。
まだまだ戦闘中に使用できるほど熟練してはいないが、集中する時間さえあれば8割ほどは成功する。
細く長く息をし、集中力を高めること、半刻ほど。もうそろそろ東から太陽が顔を出してしまう。そうすればおそらくこの大亀は起きてしまうだろう。
レンツィオは文句も言わずただじっとオリヴィアを待つ。彼女の集中力を乱さぬように、身じろぎもせずに待つ。
東の地平線から太陽が顔を出した瞬間、オリヴィアが動いた。
深く腰を落とし、右肩を前に出した構えから、左足、右足と瞬刻強化と共に踏み込む。
鞘から細剣を抜く瞬間、両腕の強化。
集中して見ていたはずのレンツィオでさえ見失うほどの速さ。気が付いたらオリヴィアが銀鉱床の向こう側に移動していた。
朝白む空に響きわたる高い高い金属音。
オリヴィアの細剣は耐え切れずに砕け散った。
渾身の一撃。しかし、
「っく!」
断ち切った感触は、なかった。
それよりも前に細剣が限界を迎えたのだ。力、一歩及ばず。
しかしそれでも、7割ほどは切った。
後の役目は、
「ウオオオオオオオラアアアアアァァァァァァァ!!!!」
レンツィオである。
大きく振りかぶった右腕を思いっきり前に突き出す。
先ほどの洗練されたオリヴィアの動きとは真逆。ただただ己の力にすべてを任せた暴力。己の体が壊れることなど厭わぬ、最大の一撃。
ッド!!
右手首、右肘、右肩から、ゴリ、ボギィと嫌な音が響き激痛が走る。
知ったことかそんなこと。あとでナターシャに治して貰えればそれでいい。
そんな懇親の一撃に、しかし、銀鉱床はまだ耐えた。
千載一遇のチャンス、それが棒に振られる。
「そんな……」
『キュアアアアァァァァァァァ!!』
オリヴィアの悲痛なつぶやきにかぶせるように、大亀が無く。
作戦は、またしても失敗……
「俺ぁもう一発撃てんだよボケがああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ッボ!
二の矢。レンツィオの左ストレートが炸裂する。
痛みに悲鳴を上げる体を無視した、渾身の二撃目。
これには銀鉱床もたまらずに根元から折れた。
二百キロはあろう銀鉱床が大きく宙を舞う。
「水の精霊、湿原の水を氷結せよ!!」
フィオレの魔法。ぬかるんでいた地面が固まる。固くなった地面をユーリが駆ける。
あらぬ方向へ飛んで行く銀鉱床に追いつき、ジャンプ。
「セレスティア!!」
セレスティアの方に蹴り飛ばす。
「ん」
風魔法でふわりと受け止め、それを確認したオリヴィアが大声で叫ぶ。
「てっしゅうううううう!!!」
「に! いち! 点!!」
ナターシャの目くらましの後、六人が駆けだす。
今度こそ、銀の収奪作戦成功である。




