第150話
「うげっ、ホッピングバッグじゃねぇか」
地面からもそもそと出て来た蛙を見て、レンツィオがげんなりと呻いた。
「ホッピングバッグ?」
「蛙の魔物だ。爪もねぇし牙もねぇからあんまり恐れることはねぇんだが、打撃が効かねぇんだよ。どんなに強く殴っても威力を吸収されちまう。脚力が強くて飛んできて圧し潰そうとしてくるが、まぁ避けられねぇことはねぇよ。ただ、面倒なことがあってな……」
「面倒なこと?」
小首をかしげるユーリ。
「あぁ。舌がめっちゃくちゃなげぇんだ。しかも結構早い。気を抜いたらパックリ食べられるぞ。……そんな風にな」
レンツィオがユーリの腰を指さす。そこにはピンク色の長いものが巻かれていた。
顔を横に向けそのピンク色の物体の出所を確認するユーリ。
ホッピングバッグが大きな口を開けていた。そう、これがホッピングバッグの舌である。
「へ? ……あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
腰からグンと引っ張られるユーリ。
なすすべもなく、パクリ。ホッピングバッグの大きな口の中にユーリの体がすっぽりと収まってしまった。
「ーーーー! ーーーー!」
口の中でユーリが大暴れするも、気にした様子も無いホッピングバッグ。そのままごくりと飲み込んだ。
あまりの出来事にオリヴィアとフィオレ、ナターシャが呆然とする。
「内側からも打撃が効かねぇから一度飲み込まれると面倒なんだよ。やっぱり刃物の一つくらいは持っておくべき……」
「なに悠長に解説してんのよ!! さっさと助けるわよ!!」
シャランと細剣を抜き放ち、ホッピングバッグに向けて走り出すオリヴィア。
しかし、そんなオリヴィアにレンツィオが声をかける。
「やめとけ。中にいるユーリまで切っちまうぞ」
「だ、だったらどうしたら……っ!」
「わ、私の火魔法で丸焼きにしますか!?」
「それだとユーリまで丸焼きになるだろうが」
オロオロするオリヴィアとフィオレ。そんな二人の前で、ホッピングバッグが急にえづいた。
ヴォエッっという声と共に吐き出されるユーリ。
「まぁ、こいつら服までは消化できねぇから、人間を丸呑みしてもその内吐き出すんだよ」
「そ、それを早く言いなさいよ!」
叫びつつもほっと胸をなでおろすオリヴィア。
全力で暴れたであろうユーリが荒い息をしながらふらふらと立ち上がる。
「んで、こいつ頭悪いからよ。食べられないこと忘れてまた食べようとしてくるんだわ」
息を整えている間に、またしてもユーリの腰に舌を伸ばし、パクリと飲み込むホッピングバッグ。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「まぁこんな感じで、刃物を持ってないと延々と飲まれては吐かれ、飲まれては吐かれを繰り返されるから気を付けろよ」
「言ってる場合か! ティア! 次ユーリを吐いたタイミングで切りかかるわよ!」
「ミスリルの剣、汚れるから、嫌」
「何のための剣なのよそれぇっ!!」
命の危険が少ないと言っても、あまりにも緊張感のなさすぎる面々である。
しかしこのままお手玉され続けるのは流石にかわいそうだ。
オリヴィアが次にユーリを吐いた時に切りかかろうとタイミングを計り、フィオレは魔法を唱え氷の槍を準備する。
いまかいまかと待っていると……
ドッパァン!!
「キャアアァァァァァァ!!」
「ギャアアァァァァァァ!!」
ホッピングバッグの体がいきなり爆発四散した。
撒き散らされる蛙の肉片に叫び声をあげるフィオレとオリヴィア。幸い、肉片は彼女たちとは反対方向に飛び散ったため大惨事は免れた。
息あらく出てきたユーリ。
「はぁ、はぁ。あー、びっくりしたー。そのまま消化されるかと思った」
「びっくりしたのはこっちよ! もう、ヒトコト言ってからやりなさいよね……」
目の前でいきなり蛙が爆発したのだ。心臓に悪いことこの上ない。
しかし、オリヴィアとフィオレ以上に驚いている人が一人。レンツィオである。
「おいおい嘘だろ……。今のどうやったんだ? 殴る蹴るじゃ、ホッピングバッグはぜってぇ倒せねぇはずだぞ」
「あ、それは……」
「待って。まだ、来る」
説明しようとしたユーリを止めるセレスティア。周りを見ると、先ほどと同じように土がモゾリモゾリと盛り上がっている。それもいくつも。パッと見ただけで、30は越えている。
大量のホッピングバッグの出現である。
「おし。それじゃ後は頼んだ。土の精霊、強固な壁となり我を囲い守れ」
早々にに分が悪いと思い諦めたレンツィオが、土魔法でドーム型の土壁を作る。
「私も入れなさいよ」
ナターシャがそこにヒョイと飛び込んだ。
彼女も蛙に対抗する手段は持たないのだ。
「あんたたち! 覚えてなさいよ! くっ!」
悪態を吐きながらも伸びて来た舌を細剣で断ち切る。文句言っていても状況は良くならない。諦めて戦闘開始である。
どこそこから舌が伸びてくるため、フィオレは避けるのに精いっぱいでなかなか魔法が放てない。
「水の精霊、氷槍となりて大蛙を穿て!」
それでも避けなら、着実に一体ずつ串刺しにしていく。
「ほいっ!!」
ドッパァン!
ユーリは触媒を使い、蛙を爆発四散させる。
「ユーリ! それこっちに向けてやったら許さないからね!」
「はーい。……それっ!」
タイミングを計り、着実に倒していく。
触媒を用いて相手を内部から破壊する『ふうせん術』だが、まだまだ流れるようにとはいかない。
タイミングを計り、掛け声をかけねば発動をミスする。
……現に時々暴発し、飲み込まれている。
ちなみにセレスティアは風魔法で空中に逃げて傍観中だ。
「ちょっとティア! あんたも手伝いなさいよ!」
「無理、気持ち悪い」
「戦ってるの仲良し組の初期メンバーだけじゃない!! 何のための新メンバーなのよーー!?」
使えない新メンバー達に悪態を吐きながら、オリヴィアが蛙を切りまくる。ホッピングバッグと一番相性のいいのはオリヴィアである。……セレスティアもであるが。
ユーリとオリヴィアは蛙の粘液まみれに、フィオレは泥だらけになりながら、何とかすべてのホッピングバッグを倒したのであった。




