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第015話

 翌日午前、魔法歴史学。


「初めまして。このクラスの魔法歴史学の担当教官になったアンナ・ミュラーです」


 濃紺の癖のない髪を腰まで伸ばしたアンナが深く頭を下げる。濃紺がサラサラと流れる。


「まずは、合格おめでとうございます。そして一年間よろしくお願いします。さて、それでは早速問題です」


 授業の開始直後の問題にクラスがざわつく。


「大丈夫です。とても簡単な問題です。みなさん、ちゃんと答えられてましたよ。では問題、『魔法を発明したとされる人物は誰ですか?』」


 簡単な問題だ。入試にもあったし、教本の最初にかかれていること。絵本にもたびたび登場するため小さな子供だって知っている。

 答えは『アルマーニ・アウグスト』である。


「そうです、アルマーニ・アウグストですね。ご存知のとおり、聖光協会の創設者でもあります。では続いての問題です」


 咳払いを一つ。


「『魔法を発明したのは誰ですか』」


 クラスがすこしざわめいた。同じ質問である。

 いや、少し違う。


「そうです。みなさんアルマーニ・アウグストだと考えたと思います。しかし、真実は分かりません。何前年も前から生きている人間はいませんからね。ですから教本などでは『発明したとされる人物』と書かれている訳です。もちろん多くの人はアルマーニだと考えているでしょうし、その認識は間違いではありません。しかしもしも、もしもそうではない本当の事実を見つけた場合、それは世紀の大発見となるかも知れませんね。そしてその発見者がこのクラスにいる生徒だとしても、なんの不思議もない」


 アンナの言葉に生徒たちが引き込まれる。


「さて、すこしは魔法の歴史に興味が持てましたか? 魔法歴史学は暗記ばかりのつまらない退屈な授業だと考える人が多いと思いますが、ただ覚えるのではなく、本当にそうなのか疑ったり、意味を考えたりすると、存外楽しいものです。私も皆様に少しでも魔法歴史学に興味を持ってもらえるように頑張りますね」



 確かにアンナの授業は上手く、引き込まれる事も多い。が、やはりユーリは睡魔と戦っていた。アンナが教えてくれているところは、もうすでにユーリも考え尽くしたところだし、調べ尽くした内容だからだ。

 あくびを押し殺して魔力遊びをする。


「以上で今日の授業は終わりです。ユーリ君はこのあと少し私のところに来てください」


 アンナの言葉にうつらうつらとしていたユーリの肩がビクリと跳ねた。

 時々寝てたのバレてたかな……怒られるかな……

 そんなことを考えながら、トボトボと教壇へ向う。


「あ、あの……」


 上目遣いで伺ってくるユーリを見て、アンナは苦笑いした。


「大丈夫です、怒っているわけではありませんよ。それよりも授業の一番最初の問題です。『魔法を発明したとされている人物は?』」


「えっと、アルマーニ・アウグスト……」 


「あら、そうでしたか? 入試の問題では、違う回答をしていたと思いますが」


「えっと、その、アルマーニの祖父の、パーシヴァル……」


 アンナは一つ頷くと身を乗り出した。


「ユーリ君は入園試験の解答に、それのことがどこに記載してあるかまで丁寧に回答してくれましたね。でも、実はユーリ君の回答していた教典の四巻三章二項にはそんな記述が無いんですよ」


 ドン、と、アンナは聖光教典の四巻を取り出してページをめくる。ユーリがマヨラナ村で何度も読んでいた教典よりもだいぶ新しい。


「ここがその二項です。どうですか?」


 ユーリは読む。読み進め、そして青ざめる。

 無いのだ。確かにユーリが読んだはずの一文が。載っていない。


「あ……あ……」


「これだと、ユーリ君の回答は間違い、ということになってしまいます」


 ユーリは固まった。一問でも間違えたら不合格だったのだ。

 もしかして、入学して二日目で、合格取り消し……

 そんなことを考え、ユーリの瞳に涙が浮かぶ。


「それでですね、ユーリ君が読んだ教典について詳しく……ユーリ君? ゆ、ユーリ君!? どうしたんですか!?」


 アンナが教典から顔を上げてユーリを見ると、静かにハラハラと涙を流していた。


「ぼ、ぼく……退学……なの……?」


「ち、違います違います! 落ち着いてください!」


 アンナは慌てて言う。


「一度合格になった生徒が不合格になることはありません。安心してください」


「ほんと? あー、良かったー」


 ユーリはケロッとして涙を拭く。すぐに泣くが切り替えも早い。

 泣き止んだのを見て、アンナはホッと息をついた。


「魔法の発明者がパーシヴァルじゃないかという話は、確かにあったんです。かなり昔のことにはなりますが。ですがそれは口承だけで、どこにも明記された資料は無かったんです」


「でも、僕が見た教典だと……」


 アンナはユーリの口にそっと人差し指を当て、顔を近づけて小声で言う。


「はい。もしかしたらユーリ君が見た教典には本当にそう書いてあるのかもしれません。この教典、ユーリ君が読んだ教典と比べて、なにか違いませんか?」


 ユーリはアンナが持っている教典を見る。マヨラナ村で読んだ教典と記憶の中で比べてみると……


「その教典、すごく新しい」


「そうなんです。この教典、第六版なんですよ。教典は時々あたらしくなるんです。聖光協会は『常に読みやすいものを提供し、読み違いなどで誤解が生まれないように』という理由で、前の版は全て回収処分し、新しい物を配るんです。見て下さい、ここ」


 アンナは教典の最後のページを開く。そこには7桁の数字が。


「これ、識別番号なんです。第3版以降の教典にはこのように数字が振られ、徹底管理されています。だけど、初版と第二版には無いんです。ということは、ユーリ君の読んだ教典は……」


「処分をくぐり抜けた、初版か第二版の可能性が高い……?」


「正解です」


 賢いですね、とアンナはユーリの頭を撫でる。


「私は教会が教典を新しくするのは『不都合な真実』を隠蔽するためでは無いかと考えています。あ、これは絶対誰にも言っちゃ駄目ですよ? 教会は怖いですから。今、私の研究仲間をマヨラナ村に向かわせています。ユーリ君の見たとおりの文章があれば、これはすごい発見です。魔法の発明者がアルマーニからパーシヴァルに変わる。これはつまり、魔法歴史学の1ページ目が変わることになるんですよ」


 忙しくなりますね、とアンナは嬉しそうに言う。しかしその言葉にユーリは首をひねった。


「それは違うと思うよ」


「え? 何がですか?」


「だって、マヨラナ村の教典には『アルマーニは祖父であるパーシヴァルに魔法を師事した』って書いてあったんだよ?」


「えっと、それならやっぱり魔法の発明者はアルマーニではなくパーシヴァルに……」


「ちがうよ」


 ユーリがアンナの言葉を遮る。


「パーシヴァルが発明者だなんて、一文も書いてなかった」


 ユーリの言葉にアンナが固まる。ゾゾゾっと激しく鳥肌が立った。確かに、ユーリの言う通りだ。これだけの情報では、発明者については何もわからない。

 もしかしたらパーシヴァルも誰かを師事したのかもしれないし、更にその誰かも誰かに、その誰かも……はたしてどこまで続くのか。

 アンナは額に手を当てて肩を震わせた。


「ふ、フフフ……魔法歴史学の1ページ目を変えるだけじゃなく、今の魔法歴史学の全ページを最終ページにまとめろとでも言うんですか……? ユーリ君は、私を眠らせてくれないみたいですね……」


 穏やかだったアンナの目に、激しい好奇心の光が灯る。


「ありがとうございます、ユーリ君。君が合格してくれて本当に良かったです。魔法歴史学の授業は知っていることばかりで退屈かもしれませんが、もしまた何か気がついたことかあれば教えてくださいね」


 では忙しくなったのでこれで。そう言ってアンナは足早に出て行った。

 これからしばらくアンナは大忙しの毎日を送ることになるが、その原因となったユーリはそんなことかけらも思いもしなかったのであった。

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